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第7回 厚生政策セミナー
 
活発な意見をかわすパネリストたち(国連大学会議場で)
 
 
「こども、家族、社会―少子社会の政策選択―」開く
 
 「こども、家族、社会−少子社会の政策選択−」をテーマとする第七回厚生政策セミナーが十一月二十二日、国立社会保障・人口問題研究所主催で、国連大学三階会議場で開かれた。本セミナーは、「こども」に関する欧米諸外国の政策の背後にある社会的合意や価値観を明らかにするために、先進六カ国から経済学、人口学、社会学などの多分野の代表的な専門家を招いた。こどものいる世帯への政策を比較検討し、日本の今後の政策立案への貢献となることを目指した。
 
基調講演 1
先進国における少子化と政策的対応
アントニオ・ゴリーニ(ローマ大学人口学部教授) 
 日本やイタリアは超高齢化の時代を迎えている。将来は、高齢者層の人口が若年層を上回るだけでなく、労働層の人口を上回る可能性が出てきている。こどもを持つことに対しての考え方を変えなければならない。また個人の人生への考え方・見方を変えなければならない。その際、複数の世代から成る世代間の団結の意識をもたねばならないだろう。フランスは出生促進政策を明示的に掲げている。イタリアはファシストの余韻もあり、依然人口過多とする考えが残っていた。そのことを考えても、文化的変化を将来考えていかねばならない。
 重要なことは、十分な数のこどもを持つことを認め、貧困のリスクを下げるような政策を考え、子育ては長年の課題という認識、つまり家族だけが支えるのではなく社会全体が支えているという認識を持つことである。女性が出産に関わる大きな負担を被ることを考えると仕事の軽減化を促進することである。一九六〇―七〇年代は農業・重工業が重要な産業で、男性が労働市場において大きな役割を果たした。しかし現代は、女性が活躍する軽工業やサービス業が重要な役割を担う。さらに女性の高学歴化が男性よりも進み、女性に対する財政的・専門的・精神的なサービスの投入が重要になることを考えれば、女性の立場を十分に考慮した社会政策体制を築いていかねばならない。
 
基調講演 2
ヨーロッパにおける少子化と家族政策
ゲルダ・ネイヤー(マックスプランク人口研究所上級研究員)
 一九六〇年以来、合計特殊出生率(TFR)は一・五以下になってきた。多くのヨーロッパ諸国はその変化は鈍化しつつある。スウェーデンは政策的・経済的効果が大きく、出生率低下の歯止めの一因になったのであろう。東ヨーロッパは出生促進政策をとった。全体としては、一九六〇年代はヨーロッパ各国の多様性があり、二〇〇〇年は地域的な類似化が進んだ。一九七五年までは女性の社会進出が進むと出生率低下が進むという常識があったが、一九九〇年代以降は、パラドックスが見られた。つまり女性の社会進出が進むと同時に出生率が上昇したのである。
 家族政策を考える時には、いくつかの要素を考えねばならない。つまり労働市場、健康、教育、福祉など総合的にこれらの要素を考える必要がある。家族政策はまた、各家庭に向けられるものではなく、本当に必要とする貧しい家庭や母子家庭に重点的に向けることも念頭におかねばならない。
 母性という観点も重要である。働く女性も母親になれるよう、社会全体で助けなければならない。母親も一人の市民であり、母親としての権利は当然の一市民としての権利である。
 北欧では労働力不足と低出生率に苦しみ、女性の労働市場参加を促進させるために育児休暇を与える政策をとってきた。「育児は労働と同じ」という考え方をもっと浸透させることが重要である。他のヨーロツパの地域では育児休暇は無給あるいは薄給である。パートタイムの選択肢もあるが、これは福利厚生面などで労働市場の分断を招くことになる。
 家族政策と出生率の関係についてスウェーデンを例にとると、第一子の育児休暇が二年とれ、三年以内に次の子供が生まれると同じく二年の休暇をとることができる。これは第三子についても同様である。この制度を活用するケースが増加した。この制度を活用した女性は高学歴の女性が多かった。理由として制度のメカニズムを理解し、利用する利点が大きいためではないかと思われる。一九九六年にこの制度は廃止されたが、そのかわり父親が六ヶ月育児休暇をとれる制度にかわった。
 
パネルディスカッション
■司会 勝又 幸子(国立社会保障・人口問題研究所室長)
■問題提起
「少子化への政策対応:何が求められているか」
阿藤 誠(国立社会 保障・人口問題研究所所長)
 日本・ドイツ・イタリアの人口動向は似ている。一九七〇年代以降のTFRの低下の意味は、出産や結婚の高年齢への先延ばしや、未婚率の増加や初婚年齢の高年齢化による、出産機会の低下である。日本などは三十代女性が、結婚や出産の遅れを取り戻すべくキャッチアップ現象があまり見られなかった。なお現在、高出生率の国は、婚外子出生率が高く、低出生率の国は婚外子出生率が低い。
 一九七〇年代以降、女性の社会進出にともなって、家庭と仕事の両立の難しさが目立ってきた。女性の高学歴化が進み、賃金が上昇し、就業すると育児の機会費用(もし就業していれば得られる育児休暇中の所得の喪失)が高まるからである。しかし一九九〇年代以降は、出生率と女性の就業率との間にいわゆる逆説が発生した。
 家族政策には大きく二つの課題がある。一つは家庭と仕事の両立の難しさをどう乗り越えるか。二つ目は、子育てのコストの緩和をいかにするか、である。
 最後に問題をなげかけたい。果たして北欧やフランスの児童手当ての厚さが、高出生率に影響を与えるのか。英語圏(アメリカやイギリス)は政策がさほど強力ではないにも関わらず、なぜ出生率が回復しているのか。
 
アナ・カブレ(バルセロナ自治大学人口研究センター所長)
 スペインは二十五年で劇的に人口動向が変化した。家族政策に関わる法律も変化し、人々の生活も変化した。その結果女性の立場も変化し、出生率低下に繋がった。
 
リズベッド・クヌズセン(南デンマーク大学人口研究センター助教授)
 デンマークは人口置換水準以下のレベルで、極めて出生率は極めて低い。女性の立場を男性と同じように保障する必要がある。女性は本当は子供を持ちたいが、どうしても経済的背景などから遅くなってしまうのである。労働市場の方を優先し、家庭がその次になってしまう。デンマークでは、高齢化社会と少子化社会とは別個に議論される。
 出生政策に対しての意識は、デンマークでは積極的である。子供を持つあるいは家族を持つということは、もともと個人が決めることである。しかし社会が各家庭をサポートすることは必要である。そのサポートを経済的支援と子育て支援の上手な組み合わせが求められる。
 
マリーテレーズ・ルタブリエ(フランス雇用研究センター上級研究員)
 フランスでは、その両方の調整についての議論はなされない。デイケアや保育を地方自治体だけでなくこれからはNGOにもどんどん参加してもらいたい。
 
デイビッド・ブラウ(ノースカロライナ大学経済学部教授)
 アメリカでは一九九三年から両親が、子育てのために十二ヶ月休暇をとる法律ができた。しかし実際に休暇をとったのは半数であった。低所得家庭に対しての経済的な支援も重要だが、仕事と家庭の両立には何が重要かを念頭においていく必要がある。アメリカの場合、州政府が大きな役割を担い、基本的に税制を通じた手当てが特徴である。
 
カブレ
 スペインも税控除を認めている。スペインでは家の所有率が八割に上る。若い夫婦を支援するために、住宅など生活に大きく関わる部分で、総合的にあるいは間接的にサポートする体制にある。
 
ルタブリエ
 フランスでは、首相が長年実施されてきた児童手当を若干縮小しようとした。右派や労組などが激しく反対した。子育てに対するサポートとして、児童手当ては国民には定着した方法であった。最終的には税控除の仕組みを変えることに落ち着いた。
 
ブラウ
 日本では、三歳まで母親自身で育てねばならないという神話がある。アメリカでは女性の就業率が高く、乳幼児を持つ女性の半数が働いている。低所得家庭の場合は特に、女性の所得が重要な収入源となる。一方で、高学歴で高賃金の就業機会も多く、家計に余裕がある女性でも、働きたいと思う。そうした社会的背景を踏まえた上で、子育て環境を整えることが重要である。
 
カブレ
 スペインも、日本のような神話は支持されない。女性も働くのが良いというのが一般の認識である。アメリカと同じで、一人が稼ぐより共働きの方が家計にとっては良いという意識が高い。
 
ルタブリエ
 フランスも、女性は働くものと考えられているので、そのような神話はない。男女が共同して働き経済的に支えたいと思っているようだ。
 
クヌズセン
 デンマークでも共働きは当たり前となっている。しかしその考え方は変化してきている。産時休暇は数十年前に比べてかなり長くなり、一年以上とっている。父親も二週間休めるが、ほとんどの父親は休みをとっており、育児休暇は非常に充実していると言える。
 
ルタブリエ
 父親が育児に参加することは良いこと、と認識されている。しかし育児手当が使うまでもない低水準なので、使っていないのが本音かもしれない。
 
ブラウ
 アメリカは市場メカニズムを利用し、民間に保育サービスを任せる。競争により価格が低いが質は低いとも言われる。日本のほうに公的サービスの場合は、質は保たれるかもしれないが、供給量が追いついていないのが問題である。どちらが正しいというのではない。また、全ての夫婦にサービスを提供するのか、低所得家庭を優遇するのかの議論も必要。
 出生促進政策が出生率に影響を与えたとする見方には、全くは賛成できない。なぜならアメリカはそのような政策は明示的でないにも関わらず、出生率は先進国の中では比較的高いからである。しかし確かに子育て環境の整備には努めている。
 
ルタブリエ
 フランスが出生率回復をしつつあるのは、家族政策が強力に実施されたからではないかと思う。しかし同時に経済的な要因もある。一九九〇年代後半以降、経済は回復し、失業率も低下した。それまで出産を先延ばしにしてきた夫婦が子供を持つようになったのではないかと考えられる。労働力の短縮もそれらの相乗効果に一役買ったのではないかと考えられる。そのような社会経済的要因と政策の要因が総合的に関わるのが実情ではないかと思う。
(津守美江子)







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