UNFPAが「世界人口白書2002」を発表
開発を貧しい人々のために
―人口問題への対処は貧困問題への対処であり、貧困問題とは所得が低いだけではなく、開発の可能性から取り残されることである―
国連人口基金は十二月三日「世界人口白書二〇〇二」を発表した。今年の人口白書のテーマは「人々、貧困、広がる可能性」である。主要な項目としては「貧困の多様な側面」、「マクロ経済、貧困。人口及び開発」、「貧困とジェンダー」、「不健康と貧困」、「HIVエイズと貧困」、「貧困と教育」、「人口、貧困と地球規模の開発目標進むべき道」の八章からなっている。人口問題を開発の一部と位置づけ、貧困の撲滅と人口の密接な関係を論じたのが特色。
東京・日比谷の日本プレスセンターでの記者発表では、和気邦夫・国連人口基金プログラム担当事務次長が「世界人口白書二〇〇二」の概要を説明、伊藤伸彰・外務省国際機構課長より外務省のコメント、原ひろ子・放送大学教授が「ジェンダーからみる人口・貧困・開発」についての講話、黒田俊夫・日本大学人口研究所名誉所長(ジョイセフ理事長・APDA理事)が、総括、監訳者としての所感ならびに二〇〇二年度版の特色についての説明を行った。
人口問題の改善は、経済社会条件改善につながる
和気 邦夫・国連人口基金(UNFPA)次長
二〇〇〇年に国連本部で開催され世界各国の元首、首相が集まって採択された、国連ミレニアム・開発目標(MDG)のなかで、UNFPAの活動を位置づけていくことと、その達成が求められている。ミレニアム目標を達成するためには幅広い分野に影響を持つ人口問題の解決に向けた努力が不可欠である。
UNFPAは支援してきた人口に関連する研究の成果によれば人口問題の改善が経済条件の改善につながることがわかっている。一九七四年から九四年にかけて家族計画を実施した実績を分析したところ、出生抑制の一/三は家族計画の実施の成果であることが判明した。これはこれまでの人口分野に対する活動が大きな成果をあげてきたことを証明している。ブラジルの例をとれば家族計画の成功はGNPの〇・七%に相当する効果をあげてきた。
現在世界は大きく三つのグループに分けられる。第一のグループは今なお人口増加が抑制されるメドの立たない国、第二のグループは人口転換の結果、労働力人口が多く年少及び高齢従属人口が少ない、いわゆる人口ボーナスを享受している国、第三のグループは日本やヨーロッパの主要国のように少子高齢化に直面しているグループである。
人口ボーナスを享受している国々も、その恵まれた人口構造を生かす社会的環境がなければ、むしろ社会的に不安定さを作り出すことになる。つまり、雇用創出を行い、経済活動年齢に達した若者に職を提供することができなければ、失業状態の若者が極端に多い状態となり、社会的不安定さの大きな要因となってしまう。人口構造による高齢者や年少者の負担も重要な問題だが労働力人口をいかに活用するかが第二グループの国にとっては重要な問題になっている。
また世界的にみて貧富の格差は拡大しつづけている。また、HIV/AIDSの蔓延も深刻な問題で、サハラ以南のアフリカでは非常に深刻な状況となっている。サハラ以南のアフリカでは両親がAIDSで死亡し、子供が世帯主として幼い兄弟姉妹を養わなければならない状況も多発している。アジアも全般的にみるとそれほどの罹患率ではないが、アフリカの事例と比較すると蔓延の前夜の様相を示している。
世界では人口再生産年齢(十五歳〜四十九歳)に入りつつあるか、または入っている人口が十億人以上おり、その年齢の人口に対して適切な対策をとるかどうかが今後の人口問題の趨勢を決める。その意味で思春期の人口に対する対策が今ほど求められている時はない。
この重要な時期に、アメリカ合衆国は中国における人権侵害を理由にUNFPAおよびIPPFに対する拠出を停止した。アメリカ議会が派遣した調査団によってもそのような事実は認められないとUNFPAの活動に対し肯定的な報告をしているにもかかわらず、アメリカ合衆国が拠出を停止したことは大きな影響を与えている。UNFPAとしては世銀の貧困撲滅プロジェクトなどとも有機的に連携して、貧困撲滅と人口問題に対する対処を進めていくつもりである。
日本のODAは感染症やHIV/AIDSにも積極的に貢献
伊藤・外務省国際機構課長
UNFPAに対して、日本は主要な拠出国である。一九七一年以来、累計で九億ドルを拠出してきた。二〇〇一年度の実績は約四千万ドルである。日本の人口分野に対するODAは二国間援助(バイ)と国際機関を通じて行う多国間援助(マルチ)がある。UNFPAに対する拠出はマルチに相当するもので、バイではなかなか実施しにくい地域や分野に、国際機関としての優位性を生かして活動してもらう目的で拠出を続けている。現在ではマルチ・バイという形でUNFPAを通じた援助とJICAなどを通じた援助を統合して行う援助なども増えてきており、十九カ国で実績を積んできている。また、人口分野だけではなくミレニアム開発目標に従って、「成長のための基礎教育イニシアティブ」に五年で二十億ドルの拠出を行い、九州・沖縄サミット感染症対策イニシアティブや結核・マラリア・HIV/AIDSイニシアティブにも積極的に貢献している。
軍事協力ではなく、平和協力で貧困・開発問題の解決を
原 ひろ子・放送大学教授
ジェンダーというのは途上国だけの問題ではない。日本でも母子家庭に対する補助金の削減などの動きを受けて、男女の経済格差は拡大してきている。神戸の震災でも多数のレイプ被害が報告されている。ジェンダーというのは女が男になることでも、男が女になることでもない。カタツムリのように雌雄同体を目指しているわけではない。女性が女性らしく、男性が男性らしくその違いを尊重して生きていけることを意味している。その意味で男女の識字率、就学率、所得に置ける格差を是正する必要がある。サハラ以南のアフリカにおけるHIV/AIDSの罹患率を見ても、女性の罹患率が上昇しており、感染を拒否できない状況におかれた女性の社会的な立場の弱さをあらわしている。南アフリカのある地域では毎日お葬式を出していては畑に出て農作業を行うこともできないので、お葬式の日を週に一日決めて行うようになった。人口問題は各国だけで対応できる問題ではなく、国境を越えた問題である。また、貧困も開発も国境を越えた問題となっている。軍事的な協力ではなく、平和的な協力が重要で、国民の理解が重要である。
人口爆発の視点が弱い―のが残念
黒田 俊夫・日本大学人口研究所名誉所長
監訳者としての視点からいえばいくつかの優れた点があると思う。人口問題について一九七四年のブカレスト会議から協議してきて、様々な各論を論じ、一九九四年の「国際人口開発会議行動計画(ICPD−POA)」で女性重視が打ち出された後に、最後に貧困の解決の問題にたどり着いたことはたいへん興味深い。これは、人口についての考え方として新しい視点である。
これまで人口転換は経済発展の結果であるとみなされてきた。しかし、ブラジルやアルゼンチン等ではそうではなく、経済発展がなくとも人口転換が起こっており、新しい現象となっている。この人口転換の結果、人口ボーナスと呼ぶべき現象が起こっているがこの人口を以下に活用するかによって二十一世紀の方向性が決定されると思う。
また宗教、国家、地域における人口の変動が大きな影響力を持つことになる。例えば、日本が直面している人口高齢化の問題は社会のシステムを根本的にひっくり返す大きな問題である。
しかし、残念な点がある。それは人口爆発に対する視点が弱まっているということである。人口転換がかなり多くの国で進み、先進国を中心に人口現象も起こってくるとはいっても、二十一世紀の少なくとも前半は明らかに人口爆発が継続し、人類にとって危機となる状況が生み出されることになる。この問題をもっと強く打ち出すべきではなかっただろうか。
質疑応答
●尾崎・人口問題協議会代表幹事:
黒田名誉所長と和気次長に対し、毎年七千万人増加している中で人口増加に対する言及が少ないのはなぜだろうか。
○和気次長:
実際問題として国連職員とはいっても最低開発国(LLDC)=最貧国を見ていない現実があり、世界的な傾向だけをみて記述を行っているために、人口増加の現実から焦点がずれてしまっている場合があるかもしれない。現実には人口増加に伴う、人口移動が内戦を引き起こし、また貧しさがアルカイダなどの温床ともなっている。人口爆発が起これば世界のシステムが維持できず深刻な状況を生み出す。もっと最貧国の現実に焦点を当てていくことが重要である。
これらのほかにも様々な質問が出たが、最後に開発の問題は政治の問題である。まさしく良い統治(Good Governance)が重要であり、政治的な決断が重要になる。貧しい人々の中で女性の比率が高いという現実を考えれば、女性の政冶的発言を増すことが重要である。女性が知識をもち、更に農村であれば土地や資金を利用できる状況を作り上げることが重要であると結んだ。
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