日本とイタリアの親子関係 少子化との関連で―
●独立行政法人大学入試センター研究開発部助手 中畝 菜穂子
●中畝菜穂子(なかうね・なおこ)
1972年埼玉県生まれ
〈現職〉独立行政法人大学入試センター研究開発部助手
〈学歴〉東京女子大学文理学部心理学科卒業
同大学院文学研究科修士課程修了
東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了
同校より博士(学術)取得(1999年)
〈職歴〉1999年より現職
〈主な著書・論文〉『リスク学事典』分担執筆 TBSブリタニカ 2000年、『エイズリスク認知とマスコミュニケーション接触』共著 1998年 日本リスク研究学会誌 10巻 58−64頁、『日本の医師と看護婦のHIV感染者・AIDS患者に対する態度の構造』1994年 社会心理学研究 10巻 208−216頁など。
一 はじめに
厚生労働省が来年度予算の概算要求に少子化対策として一兆円を計上するなど、近年、我が国では少子化が取り組むべき重要な課題となってきている。海外でも先進諸国を中心に少子化は進んでおり、女性一人が生涯に産む子供数の推計である合計特殊出生率は、おおむね低下傾向にある。中でもイタリアと日本は合計特殊出生率が極めて低い水準にあり、イタリアは一九九九年時に一・一九、日本では二〇〇〇年時で一・三六となっている。本稿では、少子化が進むこれら二ヶ国で実施された調査結果を中心に、日本とイタリアの親子関係や、結婚・性モラルなど少子化に関連する価値観の親から子への継承について概観する。
二 日伊大学生比較調査の概要
ここで紹介する調査結果は、二〇〇一年から二〇〇二年にかけて日伊の大学生を対象に実施された「若者のリプロダクティブ・ヘルスとパートナーシップ形成に関する国際比較調査」によるものである。日本調査は阿藤誠(国立社会保障・人口問題研究所)、イタリア調査はジャンピエロ・ダラズアンナ(イタリア:パドバ大学)を代表者とする研究チームによって調査が行われた。
(一)回答者の年齢、性別分布
日本データの回答者の年齢分布は十八歳から四五歳、イタリアデータは十八歳から二六歳であった(図1)。比較に際しては、年齢による影響を考え、日本データで二七歳以上と回答した三名を分析対象から外した。有効回答数は、日本は九六八人(男子三六三人、女子五九六人、無回答九人)、イタリアは四七九二人(男子二〇〇一人、女子二七九一人)である。
図1 回答者の年齢分布
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注:日本データから、27歳以上と回答した3名除外後の割合
(二)回答者の居住形態
大学の学期中の居住形態について尋ねる項目では、日本データの五三%、イタリアデータの六七%が両親と同居していると回答している。この数値は他の西欧諸国と比較してどうなのだろうか。母集団が異なるため、単純な比較はできないが、世界青年調査(一九九七年総務庁実施)の十八歳から二四歳までの青年の居住状態を問う項目においては、アメリカ、イギリスなどと比べ、日本では親との同居率が二〇%程度高いことが示されている。今回の調査では、イタリアの親との同居率は日本を上回っているので、この二カ国に関しては他の先進諸国と比較し、青年期後期における親との同居率が非常に高い国であるといえるだろう。
三 日本とイタリアの親子関係
同居率の高さが示すように、他の西欧諸国と比較し、親子の結びつきが強い日本とイタリアでは、結婚、出産、またそれに関連した性に関する価値観についても親の影響を受け易いものと思われる。ここではまず回答者の両親がどのようなライフスタイルを持ち、また彼らがどのような親子関係を形成しているのかをみていく。
(一)両親の就業状況
回答者が十一〜十三歳、十四〜十五歳、十六〜十八歳、現在の各段階における両親の就業状況について尋ねている。父親の就業状況については、イタリアの方が若干低いものの、両国ともほぼ全段階において九〇%以上が何らかの形で就業している。一方、母親の就業状況については両国で違いがみられた。イタリアでは、就業している母親の割合はどの段階でもほぼ六割であるのに対し、日本では回答者が十一〜十三歳の段階では六〇%の就業率が、十四〜十五歳では六五%、十六〜十八歳の段階では約七〇%となっている。我が国では育児が一段落した段階で働きに出るというライフスタイルを選択する母親が多いことがわかる。
(二)両親の第一子出産年齢
両親の第一子平均出産年齢について比較する。その際、父親の場合は十歳未満、母親の場合は十歳未満五十歳を超える者については、外れ値として除外した。日本の第一子平均出産年齢は父親二九・六歳、母親二六・九歳、イタリアデータでは父親二九・四歳、母親二五・七歳であった。父親についてはほぼ同じであるが、母親についてはイタリアの方が一歳ほど若い。先述した母親の就業状況や第一子出産年齢からみると、イタリアの母親の方が伝統的な「母親」や「妻」としての家族役割を担う傾向があるといえよう。
(三)思春期における親子関係
思春期に両親が生活面でどのような規則を課し、また回答者がそれにどのように対応していたかは、その後のライフコースを予測する上で非常に重要である。回答者が十六歳から十八歳だった頃の規則として、「事前の断りなしに食事に遅れる」、「土曜の夜、遅く帰宅する」、「その他の日に夜遅く帰宅する」、「家にあなたを異性の友人と二人だけにしておく」の四つを取り上げ、比較してみる(表1)。
表1 思春期に親から課された規則について(%)
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日本 |
イタリア |
|
全く許さない |
時々許した |
しばし許した |
ほとんど許した |
全く許さない |
時々許した |
しばしば許した |
ほとんど許した |
事前に断りなしに食事に遅れる |
13.9 |
21.6 |
17.2 |
47.3 |
64.8 |
28.2 |
4.7 |
2.3 |
土曜の夜、遅く帰宅する |
20.1 |
26.5 |
22.3 |
31.2 |
11.0 |
42.1 |
29.2 |
17.6 |
その他の日に夜遅く帰宅する |
22.9 |
28.5 |
21.5 |
27.1 |
36.6 |
50.1 |
9.0 |
4.3 |
家にあなたの異性の友人と2人だけにしておく |
45.3 |
17.0 |
10.4 |
27.3 |
76.7 |
14.4 |
5.8 |
3.2 |
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事前の断りなしに食事に遅れることを許さなかったという回答はイタリアで六五%、日本で十四%である。子供の塾通いや父親の残業などによって、食事の孤食化が進む日本と異なり、イタリアでは家族が揃って食事をするという習慣が、現在でも根付いていることが分かる。土曜の夜、遅く帰宅することに関しては、日本の二〇%、イタリアの十一%が許さなかったと回答している。この回答に関しては日本の親の方が厳しいようだが、その他の日に夜遅く帰宅することに関しては、日本は土曜日とほぼ変わらないのに対し、イタリアでは三七%が許さないと回答し、平日と土曜日では約三倍の違いがみられた。また、家に回答者と異性の友人と二人だけにしておくことについては、日本では四五%、イタリアでは七七%が許さなかったと回答した。イタリアの親は、週末に遊ぶことに関しては、ある程度の寛容性を持っているが、それ以外に関しては、子供に対して厳しく規則を課していることがわかる。
これら親から課される規則に関しては、イタリアの回答者の六四%は「もう少し緩くして欲しいと説得に努めた」と回答しているが、日本の場合は「たいていは反発せずに従っていた」という回答が六二%となっている。イタリアの場合、親は厳しく規則を課すが、子供もそれに対して親を説得するよう努めるという関係にある。しかし、日本の場合、親から課される規則自体も緩やかであるが、それに対して親への不満などを持つこともなく、そのまま受け入れる姿がうかがえる。今回の調査では、日本では自分の性的な事柄について両親と話し合う機会が圧倒的に少ないという結果も得られている。同じように親子の結びつきが強い二ヶ国ではあるが、日本では、子供は親に対し、自立した大人ではなく、いつまでたっても「子供」の立場として接する傾向にあるといえるのではないだろうか。
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