日本財団 図書館


第6章 造船業における資格認定制度
 技能者に技能向上のための教育を施し、自ら訓練に励ませ、また自分の技能に自信と誇りを持たせるには、技能レベルの客観的評価尺度が有用である。造船業における技能の資格は溶接作業や安全関係などに部分的には適用されてきたが、技能の全てをカバーする資格制度は未だ存在せず、このため技能者のレベルアップの動機付けとなる資格制度の確立は、訪問した多くの企業が要望したところである。ここに資格制度を提案する大きな意味がある。
 
(1)インセンティブとしての資格制度
(1)技能教育の目標として
 技能伝承手段としての技能教育の必要性については既に述べてきたとおりであるが、技能教育の各段階と技能資格とを関連付けて教育修了者の技能レベルを客観的に評価できれば、教育の内容目標も明確となり、また被教育者の習得意識も高まり教育効果が向上するものと期待される。
(2)自己啓発、自信醸成の手段として
 生産現場に配属された若年層が、職場で孤独感を味わい肩身の狭い思いをして自信を失い、やがて辞めて行くケースが多い。しかしながら、定着率は良くないという声が数多く聞かれた反面、定着率は良好という声も2、3あった。そのような会社に共通していることは、上層部が常に新人と接触して、個人の資質に応じて挑戦的な仕事を与えたり、造船とは必ずしもマッチしない資格を取得させたりして、仕事への意欲を引き出し、自信を与える特別の配慮をしていることである。
 このように、自らの技能の向上を意識させ、また自らの技能に誇りをもたせ、より高いまた複合的技能に挑戦する意欲を引き出すことができれば、技能資格制度は、期待も大きく確立が望まれるところである。
 更に、将来、技能資格が社会的な認知されるようになれば、造船技能に対する好意的な理解につながることも期待できる。
(3)職場のモラール向上策として
 各社に聴取した限りでは、現存の資格取得技能者を特別扱いしているところは少なく、待遇向上に直結するという期待を持たせることには、必ずしも全ての造船所、協力企業が積極的に賛意を示しているわけではない。
 しかしながら、実際には資格を取得して頑張っている技能者には、実質的に相応の評価がなされているものと思われる。資格制度が確立されると、資格取得で職場における存在価値が上がるのであれば、必要な知識を吸収してゆこうという意欲も上がるであろう。そのための具体策は、各社の実情によって差異はあろうが、職場のモラール向上へ直結させる労務対策としても有効なことである。
 
(2)流動化を円滑にするための資格制度
 すでに述べてきたとおり、多くの製造業が空洞化する中で、造船業がそうした現象に比較的煩わされずに健闘して来た背景には、造船業の製造現場では、多くの職種が同時に作業を進行させる混在作業の必然性、前工程から後工程への引継ぎにあたっての作業内容の確認といった工程進捗過程において、作業従事者は自己の創意工夫を駆使し、自らの裁量によって作業内容を質的に向上させうる領域が相対的に広い組立産業であることも預かっているであろう。長年造船業で働いた経験を有し、その経験に裏打ちされた技能・知識を有する技能職員(本工、協力工)の存在が空洞化へと向かわせない大きな要因とも考えられる。
 しかしながら、長年にわたる造船不況のあおりで、多くの造船所は定期採用を手控えて来たために、ここに来て、技能職員の高齢化をもたらし、更には、年齢構成が極端にいびつな状態になっている。ウエイトが非常に大きい56〜59才が定年到達するここ2〜3年のうちに、中堅層を補完する有効な対策を講じず、このまま放置すると特定の年代の空洞化は避けられず、円滑に事業を進めることが出来なくなる恐れがある。
 このような事態に対処するには、先ず定年到達者を含む高齢者の活用策を確立することが重要である。この場合かつての部下の指揮下に入って仕事をするというようなケースでも、その者の能力を生かすことが出来る適切な対応策が用意されていなければならない。
 働く意欲と能力を有し、造船業に愛着を持ちながら再雇用されない人々を造船業界全体の共有財産として、雇用の場を提供する雇用流動化対策の確立は、造船業界活性化の一手段である。
 この対策確立のためには、再雇用を希望する人々の経験・技能・知識を判断するための尺度が明確かつ客観的に認識されるような、資格制度の整備確立が望まれるところである。
 またすでに実質的な流動化が進んでいる協力企業間あるいは造船所と協力企業間においても、客観的評価により技能のレベルが判断できれば、意図に反した配員を避けることができ、無駄を省くことが可能となる。
 今後社会の変化により雇用形態が業務内容を明示する契約的方式に移行してゆくと考えられるが、このような変化に対しても資格制度は柔軟に対応できると思われる。
 
(3)その他の有用性:ISO 9001/2000への対応
 ISO 9001:2000の規格要求事項「6.2 人的資源」には、次の要求事項が記載されている。すなわち、
 
6.2.1 一般
 製品品質に影響がある仕事に従事する要員は、関連する教育、訓練、技能及び経験を判断の根拠とした力量があること。
6.2.2 力量、認識及び教育・訓練
 組織は、次の事項を実施すること。
a)製品品質に影響がある仕事に従事する要員に必要な力量を明確にする。
b)必要な力量が持てるように教育・訓練し、又は他の処置をとる。
c)略
d)略
e)教育、訓練、技能及び経験について該当する記録を維持すること。
 
などの記述があり、造船業においては現在技能の力量を表現する具体的な方法がない。あまり詳細な力量の表現は必要ないと思われるが、力量の表現方法として、資格制度をベースにした技能評価表で個人の力量を表現すれば、ほぼ完全にこの要求事項を満足できる。
 
 中堅造船所では、約400社の関連取引業者登録コードを有しているといわれ、組立産業である造船業がいかに多くの関連製品を必要としているかを示している。しかしながら、造船業従事者はこうした多くの製品についての知識を必要とするにも関わらず、造船特有の資格は意外と少ない。
 造船に関わる資格は、昨年の報告書に網羅されているが、大別して次の2つに分けられる。
(1)公的資格制度(国家資格の分野)
(2)造船関連団体等の資格制度(社団法人/財団法人から付与される民間資格)
 なお、特に造船業特有で関係が深いと思われるものについては、添付資料6に詳細を示した。
 職業能力開発法に基づいて実施される国家資格・技能検定科目の中には、造船業で実務経験を積んだ者には受験資格があり、かつ魅力ある科目も含まれているが、実際には受験希望者が殆どいないために、船舶艤装技能士のように休止になっている科目もある。造船従事者が受験を敬遠する理由として次があげられるが、結局は実際に造船工作に携わっている者の技能評価に適していないせいとも思われる。
a. 実技試験、学科試験が遠隔地で、しかも別々の日に実施されるので、相当日数職場を離れざるを得ない。
b. 実技試験の内容が造船業の実態と乖離したものになっていて、造船技能者には必ずしも自己の技能を発揮できないものになっている。
c. その資格自体が業務を進める上で義務付けられていなければ、資格を取得していなくても、日常の作業遂行に支障を来すことはない。
d. その資格取得が社内で技能を評価される尺度にはなっていない。
e. 造船特有の個別分野が欠落している。
 
 造船特有ではないが、資格取得が法的に義務付けられていて、造船所の作業に不可欠なフォークリフト運転技能者、高所作業車運転技能者、クレーン運転士、移動式クレーン運転士、玉掛技能者といった資格は、当該作業に従事する本工・協力工全員に対し、造船所・協力企業が費用を負担して取得させている。これら職種に受験者が比較的多いのは、構内作業全般の安全にかかわる作業であることが大きく左右している。
 造船関連団体等の資格制度のうち(社)日本舶用機関整備協会の舶用機関整備士、(社)日本船舶電装協会の船舶電装士の資格取得にも講習会への参加、学科・実技の両試験があり、受験者には事前準備がかなり必要である。
 更に、日本海事協会船級の鋼船溶接工事に従事する作業者は、(財)日本海事協会の溶接士資格を取得する必要がある。試験に合格して溶接士資格を取得した者には技量証明書が交付されるが、この証明書は溶接士が作業に従事する企業に交付されるのであって、個々人への交付ではない。即ち、個々人がその企業を離れた場合には、その本人は溶接士としての資格を喪失することになってしまうが、雇用流動化の観点からは、個々人の能力が客観的に評価されることが好ましい。現行法規の枠内で支障があるとすれば、そうした制約の除去も業界として取り組んでゆくべきであろう。
 
 現状の造船従事者向けの資格制度は、前述のように安全や品質について公的機関などが規定するものに限定されているといってもよい。これからは製品の品質保証、技能者のモチベーション、雇用流動化への対応といった企業自らの必然性に根ざした、新しい資格制度をつくりあげていかなければならない。このような意義を認識した上で、下記を実行することを提案する。
 
(1)作業要件書の試行
 当部会では平成13年度の船殻工事に引き続き、平成14年度は艤装工事の基準となる作業要件書を作成した(添付資料1および昨年度報告書添付資料参照)。
 この要件書を更に実用的なものにするため、来年度の事業として実際の現場の技能者に試行的に適用して問題点を洗い出し、そのフィードバックをもとに作業要件書を更新することを提案する。この際、留意すべきは、これを組織化された技能者の集団に対して意図的に適用することである。即ち、技能のレベルを判定するのに適切か、技能者のモチベーションに有効かなどを判断し、フィードバックするために行うのである。
 工場組織に全面的に試行することが理想的ではあるが、労力を省くため部分的に特定の組織を選んで試行するなどして、できるだけ多くの企業に試行していただき、多面的かつ数多くのフィードバックを受けたい。
 造船各社の新造船分野、修繕船分野では、それぞれの会社が進めて来た建造工程、地理的・場所的な制約、多能工化の進捗状況等々によって職種の内容に若干のバラツキが見られる。しかしながら、陸機企業と造船業の間のような職種の差があるわけではないから、若干のバラツキはあっても、造船業の実務的職種の共通項を規定することはそれほど困難を伴う作業ではないと思われる。各社の職種や作業区の作業内容を分析して、その作業を遂行するに当たって必要な要件を、作業要件書の中よりピックアップして、適合する項目、適合しない項目、不足する項目などをチェックしていただき、共通の資格として適用する為の問題点を指摘いただきたいのである。
 造船業として客観性を持つ資格制度とするためには、当部会メンバー各位にそれぞれの造船所で内容を掘り下げた検討をして貰い、問題点を提起していただき、そこで提起された問題点への具体的な対応策も制度の中に織込むことが肝要である。各企業への試行依頼状案を参考までに添付資料7に示す。
 
 なお、資格制度の確立を指向して作業要件書に基づいて各人技能の認定作業を行うに当たっては、協力企業にもお願いすることになるので、(社)日本造船協力事業者団体連合会(日造協)には、事前に説明して了解を得ることが必要であり、日造協から何らかのコメントがあれば、それを織込みたい。
(2)実用化
 上記の作業要件書の試行と改善が済んだ後、次の段階へ入る。
a. 工場
 造船所・協力会社の別なく、工場組織に全面的または部分的に適用する。技能教育計画に織り込んで物心両面でのモチベーションに役立つよう組織的に運用する。
b. 技能教育制度
 第5章で提案している地域主体の教育システム(新入社員教育、レベルアップ教育)に対して、その到達レベルを判定するために、この資格認定制度を適用する。
 この段階では、企業や地方訓練センターが独自に判定基準を決めて、レベルの認定を行うことになる。当初は企業の判定が裁量的になるのはやむをえないであろう。実用化は適用可能なところから始め、順次その範囲を拡大していくことになる。
 また、当然のことながら、ここでも不具合点はその都度フィードバックされ、修正されていかなければならない。
 
(3)認定レベルの統一
 一方、地域の技能教育が普及していくにつれて、判定基準も確立され、そこでの資格認定者が増えていくと、地域内では認定レベルは自然に統一されてくる。
 このようになると同一地域内の技能者に対するレベルアップのモチベーションは高まり、本章の最初に述べた定年退職者の再雇用などにも有用なものになっていくことが期待できる。そのためにも地域内の認定レベルの統一は意図的に早めていかなければならない。
 
(4)雇用流動化促進基盤
 技能教育制度、資格認定制度が全国的、広範囲に普及していくにつれて、全国レベルでの認定レベルの統一の機運は自ずから満ちてくるであろう。
 この段階では、本資格制度は、溶接の資格制度のように造船技能者にとって必要不可欠なものとなり、全国的な雇用流動化促進のための有効な手段にもなりうる。認定機関も業界全体が認めるものでなければならない。
 しかし、そのためには登録制度のあり方も含めて、まだまだ幾多の試行錯誤や検討を重ねて行かなければならないであろう。
 
 資格制度が業界全体の活性化、技能者全体のレベルアップ、モラール向上に資するよう機能させるには、必要な留意事項が論議され意思統一が図られていなければならない。
 
(1)円滑な流動化推進のための配慮
 流動化の対象には定年制到達者層も含まれるが、雇用者はその者の知識レベル、技能レベル、職歴等々、あらゆる事項を知りたいであろうが、プライバシーへの配慮と、本人の新天地への出発を支援するにはどのような手助けが効果的か、考慮すべきである。
 
(2)職場の中核となっている人々への配慮
 資格制度は、自らの知識、技能レベルの向上や職場のモラール向上に資するために活用されるべきで、そうした各人の努力・意欲を阻害しないように、職場の中核の人は、運用に配慮する必要がある。
 
(3)後継者育成への配慮
 中堅層に対しては後継者育成のための要件項目も含められるべきである。ただし、企業人としての全能力を測るものではなく、技能要素に対する資格制度を指向していることに留意すべきである。
 
(4)制度の弾力的運用
 諸般の事情で、こうした資格制度への参画を見送った企業並びに従業員が何らかの不利益を蒙るといった事態が起こらないように配慮し、更には、そうした企業並びに従業員が資格制度の取り入れを希望する時は、参画出来るようなルールを予め決めておくことや、人材引き抜きなどの防止策も配慮されていなければならない。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION