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1.2 雇用流動化
(1)雇用流動化とは
 「雇用流動化」の言葉は、近年とみに人口に膾炙している。しかし、膾炙はしているが、使う人それぞれに違って解釈されている恐れがあるので、本報告書で使用する定義を明らかにしておきたい。
 
 「雇用流動化」とは、地域あるいは社会全体、または特定の産業で、被雇用者が必要に応じて、仕事の内容、作業時間を選択可能な状態をいう。雇用者の側にたてば、必要なときに、必要な職種を、必要な期間だけ雇用できる状態と言うことができる。
 
(注)表現の仕方、細かいニュアンスの問題もあって、「雇用流動化」の定義が統一されているわけではない。ここでは、野口旭/田中秀臣「構造改革論の誤解」(東洋経済新報社、2001年12月)、八代尚宏(日本経済研究センター理事長)「新しい成長産業創造のための構造改革の方向」(経済産業部会講演緑、2001年5月30日)の文献をもとに筆者がまとめた。野口・田中によれば、雇用流動化は欧米では、「離職しやすく、再就職しやすい」と極めてシンプルな形で使用されているという。
 
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図1.6 雇用流動化の社会的背景
(出典:リクルート 大久保幸夫(ワークス研究所所長)「日本的雇用システムの未来デザイン」)
 
 図1.6は、雇用流動化の企業と個人の利点を図示したものである。
 図でわかるように、企業(雇用側)にとっては、長期継続雇用制をやめて期間限定で労働市場から広く人材を獲得できることは、コスト削減や高付加価値生産性の向上につながる大きな利点がある。一方、個人(被雇用側)にとっては、自己責任で能力を発揮する機会が増え、自己実現欲求に基づき行動を選択できる利点がある。
 
(2)雇用流動化の条件
 雇用流動化を上のように定義すると、“雇用が流動化”するには、必然的に、下記の状態が前提となる。
(1)雇用側の工事量の変動が大きい
(2)非熟練者(素人)から熟練者まで多様な仕事がある
(3)熟練度が増すことで相応の特典(収入とか名誉、安定した仕事など)が得られる誘因がある
(4)労働力の供給と需要のマッチングの仕組みが確立され、機能している
a. 雇用側、被雇用側とも望んだときに所要の仕事が得られる、あるいは所要の技量を備えた人を採用できること
b. 技量を判定する指標が社会的あるいは業界全体として認知されていること
 現在のわが国中小造船業界では、これらの条件が満たされていない。(1)、(2)は十分合致しているが、(3)、(4)の制度、仕組みが未整備である。これらの条件が満たされれば、仕事量の変動に伴う人のアイドル(待ち時間のロス)を防ぐことができ、ひいては現在の低船価時代に対応した国際競争力を増大することができる。換言すれば、繁閑の激しい業界において雇用の流動化は、経営視点からは“望ましい”。被雇用者側にたてば、職務時間、作業内容を選ぶことで、多様なライフスタイルを選択できる利点があることは先述したとおりである。
 
(3)雇用流動化の過程
 このような個人ベースでの雇用流動化の本来の長所をわが国造船界が享受するには、しかし、幾つかの過程を通るものと思われる。すなわち、現在の雇用需給マッチングが専ら協力会社間の人的ネットワークにより機能しているので、
(1)まず協力会社間での情報交換の場が創設され(造船労働市場Webの創設)、
(2)次いで工事量、必要職種と時期に関する造船所の情報が加わって(工事量に関する情報の共有化)、
(3)ボーシンを中心としたグループベースでの労働需給調整が続き(期間限定でのグループ単位の雇用契約)、
(4)個人の技能データベースが全国的に把握、構築されたところで、最終的な個人ベースでの雇用流動化
の過程を通るものと思われる。なお、(2)までのシステム化と実施については、当工業会人材確保対策部会が提案しているところである。
 
 わが国中小造船業における雇用流動化状況はどうなっているのであろうか。平成13年、14年と各地を訪問して、造船所の経営者・管理者、協力会社社長と懇談し、おかれている環境や流動化に対する意見を聴取した。要約すれば、下記のとおりである。
(1)造船所
・ 所要の技量、人格、管理能力があると判定した技能者の他社への移動はもとより、スポット的な応援従事も望ましくない。
・ 流動化により生産性が低下し、ひいては相対的に競争力を喪失するのではないかとの危惧が、背景にある。
・ さらには、技量がよく性格のよい技能者の需要が増し、結果的に単価上昇につながるのではないかとの不安もある。
・ ただし、先述したように直接作業が協力工に移行するのに伴い、雇用権や直接の指揮命令権も協力会社に移りつつあるので、上記意見は「心情的に反対」あるいは「希望意見」ということが言える。
 
(2)協力会社
・ 繁閑の調整機能を期待されている企業として、技量、人数、管理力を考慮したバランスに腐心している。必要人員、期間の変動には、他地域の造船協力会社との労働力融通や、陸上工事への進出で対処している。
・ しかし、特に上級技量者、管理能力のある技能者が流動化することは、即、企業存立を危うくしかねないので、流動化には「抵抗」感がある。
・ また、技量の高い人を相応に処遇して自社に定着させる収益力がないことも、流動化を望まない一因である。
・ しかし、個人の一本釣りは大反対だが、ボウシンをリーダーとした“グループ単位での流動化”は、自社の仕事確保につながるのではないかとの期待もある。
・ 自社の規模が大きくなると(おおよそ30人以上)、造船所からの仕事量に変動があるので、造船所と同様、固定人員を最小にせざるをえなくなる。いきおい、孫請会社の活用を図ることになるので、発注側として雇用流動化が望ましくなる事情もある。
 
(3)技能者
・ 造船作業に経験と技量を備えた50代になると、職場の変更・移動はノウハウ喪失につながる恐れもあり、億劫。したがい、頻繁な職場移動は心情的に「避けたい」。
・ さらに全国的に高失業率とあっては、流動化によって失職不安もある。
・ 10代、20代の若年者にとっては、作業環境や体力的にきつい仕事の割りに報酬が少ない(負荷と利得のアンバランス)との判断からか、造船所、協力会社とも定着率がよくない(もっとも、若い世代の比率をあげて仲間意識を醸成したり、高能率・高賃金を旗印に定着率改善に取り組んでいる協力会社もある)。
・ 若年者の定着率が良くない背景には、都会に行きさえすれば、流通業を中心として仕事があるので、流動化するなら「都会地、他産業」という選択肢がある、という事情もある。
 
 以上のように、当事者はいずれも「雇用流動化には消極的、ないしは不賛成」である。しかし、神戸地区の修繕船事業では、繁閑差が余りにも大きいため、必然的に「外注に依存」せざるをえなくなり、これが、労働力供給、技能者派遣業の起業、発展に寄与している例もある。このことからすれば、雇用流動化に対する消極的な意見・見方は、
(1)流動化の利点が当事者に認識、理解されていないこと、
(2)業界としての流動化条件(上記1.2(2))が満たされておらず、環境が整っていないこと
が大きな要因と思われる。







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