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 この報告書は、モーターボート競走公益資金による、平成14年度日本財団助成事業である「中小型造船業における雇用流動化対策及び人材の確保」の一環として実施した「雇用流動化対策」事業の調査結果をまとめたものである。
 
まえがき
 日本の造船業は他産業に比較してグローバル化に早くから晒されて来たにもかかわらず、生産の空洞化を生じる海外移転に逃避することなく、苦しみながらも度重なる難局を乗り越え輸出製造業として健闘してきた。世界単一船価、世界共通購入品価格の下、世界最高賃金の労働者によって競争力を維持してきたのである。
 このことは、先輩たちが残してくれた技術・技能ならびに管理ノウハウの蓄積がいかに大きかったかを物語るものであり、この蓄積された遺産を業界内で流動的かつ効率的に活用し、生産性を向上させてきたことが競争力の維持につながってきたものである。見方を変えれば、造船業は単純化が困難な自己裁量範囲の広い技術・技能や管理ノウハウを駆使して、生産効率を向上させる余地のあるハイヒューマンテックともいえるわが国に適した魅力ある産業と言える。
 
 本部会は、平成13、14年度の2年間にわたって、中小造船業界の国際競争力を維持向上する為に必要な高度技能に関し、現状を調査した。その結果として、継承の危機を訴え、継承のための施策につき提案をおこなうと共に、施策を実施するに当って必要と考えられる技能評価基準の試案として作業要件書を纏めた。
 
 以下に調査の結果を概観する。
 中小造船業の技能が世界的競争力の一端を支えているのは
(1)多能化・複合化された高度技能
(2)高度技能を効率よく活用する高いモラルに支えられた自己裁量管理
(3)協力企業との協力関係による人材の有効活用
が柱である。
 高い技能と高い生産性は、
(1)大手造船所による養成工教育
(2)造船専門学校、学科による教育
(3)層の厚い職場におけるOJT
(4)大手からの人材供給
(5)協力企業経営者による家族的教育
等によって継承されてきた。
 特に中小造船業においては、長年の不況による建造隻数の減少と繁閑の差、特に作業職種ごとの繁閑の大きさに悩まされ続け、この対策として協力会社の比重を高め、構内構外協力会社からの派遣人数や構外協力会社への外注量の増減による調節に頼ってきた。そして、協力会社は、それぞれ独自のネットワークを持って2次下請等を活用し、親会社の要望に沿うことが競争力となり存在意義となっている。この場合、造船集積地では主として造船経験者を中心として、造船非集積地では陸上経験者を中心として、また中には全国規模で融通が図られていて、広い意味での造船業界としては、実質的な流動化がすでに始まっていると言える。
 
 しかしながら長年にわたる効率追求施策の弊害として、
(1)技能を協力企業へ依存する傾向に伴う本工の管理工化傾向
(2)協力企業の専門分野への特化による造船特有の複合的技能の欠落傾向
(3)機械化や工作図化の拡大に伴う高度技能者の減少
(4)若年者の減少と高齢化による年齢構成のギャップ、造船専門学科や技能養成学校の消滅、本工と協力工の役割の変化、OJTを行う余裕の無さ、等に伴う、図面読解を含めた技能継承の連続性の喪失
(5)造船技能特有のスパンの広さと深さによる、技能継承の困難さ
などもあって、貴重な遺産である造船特有技能の維持継承がおろそかにされたきらいがある。
 
 上記のごとき背景から予想される
(1)高度技能者の払底危機
(2)所要技能者の調達不能危機
に伴う国際競争力喪失危機を克服するために、協力企業を含めた造船業界全体の共有財産としての技能者を効率的に活用すべきものと思考する。すなわち、業界としての競争力維持のため、実質的に行われている流動化を、現存の利害関係を損なうことなく効率的に行えるよう手助けすることを視野に置きながら、技能の伝承を効果的に行うための施策として、協力企業と一体となった技能の
(1)教育育成制度
(2)資格制度
(3)登録制度
を提案すると共に、これらの施策を推進するための共通の基盤として技能の評価基準の基礎となる“作業要件書”を作成した。
 
 教育育成制度については時間的また費用的余裕の無さから、新人教育を
(1)ポリテクセンターへの派遣
(2)安全および一般社会人教育
(3)職場におけるOJT
のみに頼っているところが殆どであるが、ポリテクセンターでは造船特有の部分が欠け、先手としての即戦力指向と若年者の考え方の変化によってOJTの効果がはかばかしくなく、将来に対する危機感を抱いているところが多い。
 一部にOB等を活用し、専任の指導員による指導や造船専門の技能訓練センターを共同設立し効果を上げているところもあるが、そのようなところも含め多くは、造船特有の技能教育システムが身近に設けられ、造船特有の基礎知識と基礎技能につき公的補助を受けて、効率的教育が成されることを強く希望している。
 また、技能の高度化および技能スパンの拡大を狙った経験者に対する教育方法についても模索が続けられている。
 このような背景から、この報告書では新卒、中途採用の新人に対する基礎集合教育、並びに経験者の技能向上に対するOJT教育の補完の実施、更には、多能化、複合化、高度化に対するカリキュラムと教材を早急に作成し、造船非集積地におけるポリテクセンターの活用も含めた教育制度を実現に結びつけることを提案している。
 
 資格制度については、造船業界に特有の資格が少ないことは驚きであり、また、数少ない造船関連資格も実務にマッチしておらず、広い意味での業界共通に使える資格があれば従業員の目標や意欲増進に繋がり、また、運用による少々の整合性の欠如があったとしても、技能レベルを目安として客観的尺度で評価できることは人材活用の効率化につながるとして要望が強い。
 しかし一方、各社によって職種の名称が異なりその内容が異なっていて、各社特有の資格があり、あるいは明瞭に定義されていない場合もある。技能評価の試行を通じて、作業ごとの資格のみを共通のものとするか、適当な括りによる資格とするか、考慮の上成案が得られることを 期待している。
 
 登録制度については、別の部会で検討されてきたので多くは触れないが、数人のグループを単位として運用することを基本とし、更に退職者等の希望者に拡大することが、現状の仕組みをアシストする意味で現実的と想定される。
 
 作業手順書については、造船所によりまた設備の違いにより詳細が異なるので、例を挙げるのにとどめた。
 作業要件書は、各社の固有職種に捕らわれず作業ごとの要件を客観的に把握できるように、標準的職種区分の単位作業ごとに必要とする技能と知識を示し、仮に1、2、3級に分けて習得するべき範囲を示した。各社に特有の職種は、この単位作業を複数集めたもので定義し評価されることを期待している。
 
 以上に述べた問題は、人材育成にかかわる問題であるだけに対応策が効果を表すのに時間を要し、足元の競争力向上施策に追われる個別企業では対応に限界があることを考慮すれば、業界として行政や日本財団のご協力の下、早急かつ効果的な対応施策が実施されることを求められるところである。
 
 わが国の生活物資輸入を保障するために欠く事の出来ない海運を支える、造船業界全体の競争力を維持向上させるためにも、本報告書で提案した各種制度の実現の可否を試行を交えて調査し、必要な修正を経て、早期に実現に繋げてゆくことが望まれる。
 
平成15年3月
社団法人 日本中小型造船工業会
雇用流動化対策部会
部会長 田淵一郎
 
平成14年度 雇用流動化対策部会 委員名簿(順不同・敬称略)
部会長 田淵 一郎 四国ドック(株)顧問
委 員 遠藤  博 学識経験者(元石川島造船化工機(株)代表取締役)
竹末 敏昭 (社)日本造船協力事業者団体連合会業務部長
吉岡 孝友 石川島造船化工機(株)総務部長
森川 克美 墨田川造船(株)製造部長
生駒 剛人 金川造船(株)常務取締役
中村 一徳 神戸船渠工業(株)船舶グル−プリ−ダ−
安倍 公博 (株)三和ドック工務部部長
浅海 通弘 浅川造船(株)取締役品質管理本部長
五島  宏 (株)栗之浦ドック常務取締役
江藤 憲二 (株)臼杵造船所取締役
(オブザ−バ−)
砂川 祐一 (株)エスエス・テクノロジ−代表取締役
藤野 宏 藤野技術士事務所 技術士(船舶部門)
廣江 正臣 学識経験者(元四国ドック(株)取締役工場長)
森川 昌人 学識経験者(中谷造船(株)取締役)
(事務局)
鈴木 實 常務理事・坂本 一総務部付部長・仁禮 茂幸総務課長代理
 
調査日程
 作業内容・作業要件等を確認するため、規模別に会員造船所の7事業所を選定し、下記の期間において調査を行った。
調査員: 田淵・遠藤・砂川・藤野・廣江・事務局
日 程: (1)広島地区:8月20日〜23日(2事業所及び因島技術センター)
(2)九州地区:9月 4日〜 6日(2事業所)
(3)東北地区:10月 3日〜 4日(1事業所)
(4)兵庫地区:10月21日〜23日(2事業所)
(5)四国地区:11月 6日〜 9日(1事業所及び協力企業2事業所)







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