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5. 結論と展望
 本章ではこの報告書の主要な所見をまとめ、ドライバルクおよびタンカー船隊の主要部門における船腹需給に対する影響を検討する。それに基づいて、将来の新造船引合い状況がどのような影響を蒙るかを推定する。
 
5.1 船舶解撤の展望
 本報告書の中で、これまで述べてきた各章から、船舶解撤が現状では一般的に単純な労働集約型産業であることは明白である。世界の船舶解撤活動は主にアジアの発展途上国に集中していて、ほとんど専門技術といえるようなものを利用せずに遂行されているのである。この状況は、大半の船舶が主要工業国のドックで解撤されていた30年前の状況と対照的である。今日の方法は多くの場合、船を海浜に乗り上げさせて、主として未熟練の労働者により解撤を実施するというものである。このような慣行はインド亜大陸において支配的であり、労働者の高い事故率が広く蔓延している上に、船内に残存する廃油、その他有毒な物質による汚染の恐れを伴う。
 
 現在解撤に用いられているやり方に環境保護団体が危惧を抱いたことから、老朽船の処分方法の安全性、クリーン性を改善させようとする圧力が高まった。「公認」技術の採用を強制できるような正式の国際規則はまだ採択されていないが、国際海運集会所、IMO、ILO、バーゼル条約など、各種の組織、制度がこの目標実現を目指している。さらに一部の主要船舶解撤国内においても、現在使用されている方法の改革を奨励する手段が採用されつつある。既にかなりの規模の船舶解撤活動が海浜ではなくドック内または岸壁際で実施されている中国はさることながら、インドも一連の改革実施を計画しているようである。インド西海岸における解撤工事の大半を監督しているグジャラト海事局は、環境保護団体が主に問題にしている、解撤活動から生じる労働者の安全と公害の問題を克服することを目指して、各種の改革導入を図っている。
 
 中国やインドと対照的に、バングラデシュのような国では現在の船舶解撤慣行の改革に対する抵抗は相変わらず強硬で、監督当局が近い将来に改善を実施する見通しは暗い。トルコやベトナムのような国でも同様の状況が見られるが、これらの国は解撤量からすれば、その比重は遥かに低い。
 
 解撤量は、運賃市況、各船隊の船齢構成、立法措置の動向、用船者の選好の変化、スクラップ鉄の価格など、様々な要因に左右される。特に以下の要因は、2010年まで高水準の解撤量をもたらすものと考えられる。
 
・世界の船隊からシングルハル・タンカーを排除する動きの進展。
 
・多数のポートステート当局が老朽船の使用への反対を強めていること、そしてドライバルク海運業界内部における「安全文化」の昂揚。これは既に有力船級協会およびポートステートにおけるサブスタンダード船排除の努力に明確に示されている。タンカー部門では、石油会社用船者が用船候補船を厳密に吟味する慣行を適用していることから、以上の努力は今後も強化されるに違いない。
 
・一般貨物船隊における、膨大な数の旧型船の商業的陳腐化。
 
 現在見られる兆候から、船舶解撤方法を大きく変容させるには、業界自体の自発的改革努力に依存するよりも有効な国際法の制定が必要である。解撤事業者自体が改革に抵抗することもさることながら、多数の船主は老朽船腹の安全かつ環境にやさしい処分に伴う費用を受け入れたがらない。新しい規則が制定されなければ、改良された船舶解撤方法が世界的に普及させるにはどうしたらよいか、その答えを見出すことは困難である。これは、バーゼル条約締約国の船主でさえ、安全かつクリーンな船舶解撤を奨励する動きを出し抜こうとする可能性が存在するからである。現在は、バーゼル条約締約国でない国に本拠を持つ現金取引投機家に船主が解撤対象船を売れば、この規制回避が可能なのである。大抵の船が既にこのような仲介者を通じて売却されている以上、これでは現在の業界の慣行は何ら変るものではない。
 
 船舶解撤業界は改革に向けて明らかに何らかの手を打ってはいるが、その変化のペースを過大視してはならない。EUは具体的に解撤向け船舶を、その有毒廃棄物の定義から除外し、また「公認」される解撤方法の実施を保証する国際規則はまだ存在していない。さらに、バーゼル条約で負わされた義務を各国が今なお避けることができる、各種の抜け穴が存在する。このような抜け穴が新立法により塞がれない限り、または塞がれるまで、一部の船主は引き続きその抜け穴を利用するであろう。
 
 多数の解撤事業者および船主の改革への反対と各解撤国政府の既得権から見て、老朽船の安全かつクリーンな処分に向けた歩みは遅々たるものと予測される。それでもなお、若干の改善は進められている。海浜での解撤に頼らない新ヤードが中国とインドで開設された。同様にインドのアラン(過去における批判の的の一つ)もグジャラト海事局が策定した新基準に従うことになる。より長期的に見れば、安全かつ無公害な船舶解撤という目標の達成は、造船における改善や危険物質に代わる無毒の代替品の利用によっても促進されつつある。
 
 改革のペースが上昇しても、それにより海浜での解撤作業が著しく減少しても、代替解撤能力がやはり必要とされる。これは新規の高度に機械化された施設という形をとり、現在の主流である労働集約的方法よりも遥かに高い生産性を示すことになろう。その能力の一部は理論的には先進工業国でも老朽修繕船設備や海軍工廠に設置することができる。しかし収支の面から見れば、地価も人件費も遥かに低い発展途上国に新規解撤能力を設置した方が経済的であるかもしれない。このようなプロジェクトでは、少なくともその資金の一部を、先進工業国の資本が参加した合弁事業が提供することができる。
 
 今後の解撤を船種別に展望すれば、シングルハル・タンカー船腹は解撤が累進的に進むことになろう。「プレスティージ」号の沈没とその後のEU加盟諸国の措置から、これは以前の予測よりも急速に進展する可能性が高くなった。38,000dwt未満のタンカー船隊の平均船齢上昇からして、この船型は引き続き急速に解撤が進み、このパターンが定着することになろう。ヨーロッパにおいて重質油(特に残留燃料油)の輸送に対する規制が強化されたため、この趨勢は促進されるものと思われる。
 
 それ以外のタンカー船隊においては引き続き多数の旧型船が存続しているが、一部の船型は他の船型よりも持続的な解撤が遥かに進みにくい。ハンディマックスおよびスエズマックス部門においては、両船型とも新型船が比較的多いため、解撤候補船が不足している。しかし逆にいえばVLCCおよびULCCの集中的解撤は今後も進み、それを抑える要因としては、改造、すなわちオフショア・プロジェクトへの転用のための売却の余地があるのみといえる。
 
 ドライバルク部門では、引き続き40,000dwt未満の船腹がスクラップ売船の主要な供給源となろう。旧世代のパナマックス(50,000−59,999dwtの船舶)とスモールケープ(80,000−139,999dwt)の船齢構成からして、両船型も処分の有力な候補と見られる。バルクキャリアの安全性問題が再び脚光を浴び、また50,000−79,999dwtの発注残が大量にあることから、現在の需要回復が特に底固いものでない限り、この船型の旧型船にとって競争はきびしいものとなろう。
 
 その他の船種では、兼用船隊の縮小は不可逆の趨勢で、2010年に向けてさらに縮小が進むものと予測される。一方、一般貨物船および、それより程度は軽微なものの、旧型コンテナ船とLPG船も解撤船の主要な供給源となろう。
 
5.2 今後の新造船発注に及ぼす影響
 本報告書における以上の分析から、過去2年間に解撤された船型と船種を同時期に発注された船型と船種と比較すると、各種の乖離が生じていることは明らかである。一部の例では、その乖離は船主および用船者の選好の長期的変化を示すものである。しかし他の例では、現有船腹の船齢構成と、それに伴う今後の高水準の解撤が、船腹供給を補充するための新造船発注の機会を創出することになろう。
 
 上記でも明らかなように、今後の40,000dwt未満のタンカーとバルクキャリアの解撤は、向こう数年間で各船種とも極端に縮小するほどのペースで進むことになろう。しかし両船型の中でも比較的大型船に人気があるものの、一部の新造船意欲は今後も40,000dwt未満に向けられるものと思われる。
 
 タンカーおよびバルカー船隊の一部について、現在の発注残は既に高水準にあり、したがって2005年前後には新造船需要が軟化することも考えられる。これは特にアフラマックスならびにスエズマックス・タンカーおよび40,000−49,999dwt型バルカーについてもいえることである。しかしこれに対してVLCCおよびスーパーハンディマックス、ラージケープ両船型のバルクキャリアについては、造船所は今後も高水準の受注が期待できるものと見込まれる。
 
 他の船種については、新型コンテナ船が大量に発注されているからといって(中でもオーバーパナマックスの契約が支配的である)中型船の発注の余地がないと考えてはならない。この船型部門には多数の旧型、低効率の船舶があって、いずれも新型船の速力や経済性に太刀打ちできない。すなわち、造船所が出してくる船価に競争力があると思われれば、この部門では若干の補充需要が生じることもあり得る。
 
 液化ガス部門では、LPG船の新造需要は、現在の大量の発注残が通常に近い水準まで減少するまでは、沈静が続く模様である。発注が再び増加するとすれば、それにはLPGの輸送量とLPG船の稼動率がある程度回復することが前提である。運賃市況が現在のように軟調では、あまり投資意欲はそそられない。
 
 LNG生産はさらに大きな伸びが見込まれ、2000年代が進むとともに輸送量、船腹需要ともに上昇することになろう。したがって増加した供給量の輸送に十分な船腹を確保するため、今後も新規発注が予測される。しかし過去2−3年間に見られたLNG船の大量発注がいつまでも続くものではない。2004年以降さらに長期にわたってブームが続くためには、現在検討中の新規LNG生産能力増強計画の実現が必要である。何らかの理由でこれらのプロジェクトのうち相当な件数が中止あるいは延期ということになれば、LNG船新規発注は2005年頃から先、急速に減退することも考えられる。







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