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おわりに
 
 米国における海事セキュリティ対策を見ると、異常なまでに神経質になっているようにも感じられる。特にコンテナについては、「米国のやり方がいやならコンテナを積み出すな」と言うような印象すら受ける。これについて、米国一国主義と言えばそれまでであるが、世界最大の貿易国でありコンテナ受け入れ国である、という事実も考慮しなければならない。また、最近のコンテナ輸送、特に太平洋航路の輸送量の伸びは著しく、この10年間でコンテナ輸送量は2倍近くに増加している。しかもコンテナは、そのまま鉄道やトラックに積まれ、市街地を通過して全米各地へ配送される。このような事情からコンテナ輸送に焦点が合わされている、と見ることができる。
 
 これに引き替え、原油やLNGといった危険物輸送のセキュリティについては、意外な程、静かな議論となっている。原油や石油製品は主としてテキサス州のヒューストン及びガルベストン港が受け入れ、積み出し基地となっており、相当程度地域が限定されている、という事情があるのかもしれない。また、LNGは大半がパイプライン輸送であり、海上輸送で受け入れているLNG基地は多くなく、輸送回数も少ない。それでも、2001年11月にはボストン港でLNG船受け入れ是非を巡る騒ぎがあった。ボストン市長はLNGターミナル会社とUSCGによる保安対策は不十分として、LNG船の入港を差し止める訴訟を起こしたのである。結局、訴訟は却下されたが、LNG船の保安対策の難しさを示した事例となった。
 
 一方、米の連邦政府、特にUSCGや税関等が現在実施しているセキュリティ対策については、行き当たりばったりという面や、行政機関相互の調整が不十分という面も見られる。本文でも紹介したとおり、クルーズ客船のターミナルには厳しい警戒態勢が引かれ、乗客のID確認や手荷物検査等が頻繁に、厳格に実施されている。しかし、同様の措置を近距離フェリーに要求する必要があるのであろうか。本文で紹介した例以外でも、クルーズ客船ターミナルと同じターミナルを利用しているがために、通勤用の高速船の旅客に対しても同様の措置が執られている事例がある(高速船運航者は過重な負担にあえいでいる、という。)。また、米国到着96時間前通報に添えて提出する貨物の積荷目録も、USCGと税関の双方に提出しなければならず、海運会社等ではUSCGと税関との間の調整、意志疎通が不十分である、とする声が強い。また、議会で審議されている港湾保安法案でも上院案と下院案では主体となる行政官庁が異なっている。これについても海運業界等では、海事セキュリティ対策を主管する行政機関がなく、多数の行政機関が入り乱れて関与しており、困惑しているのが実態である。米国としても経験の無い事態であるが故に多少の混乱はやむを得ないとして、今後、海事セキュリティについてイニシアティブを取っていく行政機関はどこか、どのような規制が有効であり確立するか、等についてモニターする必要があると思われる。
 
 海事セキュリティの問題で、現在まで議論が進展していないと見られる課題は、コスト負担である。連邦政府や議会は、港湾の脆弱性評価の実施や保安対策のためにインフラを整備しようとする港湾に対し補助金を交付することを決定しており、政府による債務保証等の他の支援策も導入される可能性が高い。一方、海運業界とのコスト・シェアリングは全くと言っていい程議論されていない。議会の公聴会でも、この点に注意を喚起した海運関係者はいるが、議会での議論には反映されていない。現在、実施されている各種の対策でもUSCGや税関の機能強化等には連邦政府が、港湾ターミナルの警戒強化等には地方政府や港湾管理者が、規制強化による事務負担増や人件費増等については海運業界が、それぞれコストを負担しているが、コスト負担の原則は確立されていない(海運業界は、ただでさえ戦争保険料率の高騰とカバレッジの縮小という問題に悩んでいる。)。将来、連邦政府がセキュリティ税を徴収したり、港湾使用料にセキュリティ経費が上乗せしたりする可能性もあり、海運業界にとっては頭痛のタネになろう。この点、航空輸送では、旅客や手荷物の検査に従事する職員を全て連邦政府の職員としたのに伴い、新たに航空券に「セキュリティ税」が課税された。受益者負担の原則が適用されたことになるが、海上輸送の場合は誰が真の受益者であるかを特定し、負担させるのは相当難しいと思われる。コスト負担の問題も注目すべき課題である。
 
 ところで米国でも海事セキュリティ問題は自国のみでは解決できない問題であり、多国間で協調しなければならないことが理解されている。このため、IMO等へ各種の提案が提出されているのは本文の通りである。しかし、最近、「2年間以内に国際協定が改められない場合は、米国は単独で所要の立法措置を執る。」という趣旨の法案が議会に提出された。これなど米国一国主義の典型であり、「エクソン・ヴァルディス」号以降のダブル・ハル・タンカー騒動を想起させるが、米国が最大の貿易国であり、事が物流に絡む以上、その影響はダブル・ハル・タンカーの比ではなく、余談を許さない。今後とも、政権、議会、地方政府、関係業界等のモニターが必要と考える。
 
 セキュリティ強化に伴い関連のビジネスも脚光を浴びている。特に新技術を活用した保安対策に期待が集まっている。本文でも触れたが、スマート・カード、コンテナ電子封かんシステム、コンテナ追跡システム等である。現在、米ではこのような新技術を活用した保安対策がさかんに議論され、開発されている。現時点では規則化を念頭に検討や開発が進められているようであるが、実用性の高いシステムができれば、規制だけではなくビジネスとしても有効かも知れない。規則(国内、国際のいずれも)が課されるにせよ、されないにせよ、このようなセキュリティ関連技術は、やがてグローバル・スタンダード化する可能性が高く、今後も目を離せない分野である。
 
 海事セキュリティ強化は船舶の設計にも、大きな影響を与えないかも知れない。ただし、クルーズ客船等一部の船種で、セキュリティ・チェックや不正侵入防止のための配置、設備等が今後の設計に影響を与える可能性は残る。なお、今回は米国造船所のセキュリティ対策は調査しなかった。海軍艦艇を建造、修繕するような造船所であればテロの対象となるリスクはあるが、従前から海軍等が十分な警備を実施しているはずであるし、その内容は調査の対象とは出来かねるからである。海軍艦艇を建造、修繕しないようなマイナーな造船所については、テロのリスクは十分に小さいと思われる。
 
 最後に、ある海事関係者の言であるが、今回の海事セキュリティ対策も石油危機騒動と同様の経過をたどる可能性もある、ということに触れておきたい。この関係者によれば石油危機の時も政府や議会、業界を挙げて大騒ぎとなり、様々な対策や立法措置も考慮されたが、「結局、何も変わらなかった。」という。今回も、今後大規模なテロが発生しない限り、容易に実行可能ないくつかの措置が採られ、やがて沈静化する可能性もある。いずれにせよ、ここ当分の間は、米国における海事セキュリティ対策について継続したモニタリングが必要と思われる。







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