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4 対象地域の文化的特性の評価
(1)マクロな視点から見た特性の評価
「多様性のある「境界」の文化積層地帯(横の流通・情報回廊)」
 茨城県西部特定地域の文的な特性を歴史軸、空間軸から直感的に把握すると、この地域は風土や文化の境界立地にある「多様な文化積層地帯」で、その特質は「気ままで自由度の高い分散志向性のある(大きく結集しない)風土文化」と捉えることができるのではないか。
 対象地域の文化的特性をマクロにみると、次のような姿が浮かび上がる。
 
気候帯の境界立地
茨城県西部特定地域の北は、古代は「陸奥の国(みちのく文化)」、南は「大和朝廷の文化圏」で当地域はその境界域且つ中央直結地域(日本列島東西文化の重層性)
茨城県西部特定地域を挟む南北軸は、古代は東が流通・情報回廊・東海道で西が同じく東山道、近世は東の水戸街道・陸前浜街道及び那珂湊を基地とする海の流通情報回廊と西の奥州街道・日光道中。当地域はこれらを結ぶ「海・内陸の大動脈(回廊)を直結する横の回廊性」をもった。
 明治以降、南北軸の西の大回廊は東北本線、国道4号、鬼怒川水運へと変化し、東の中央直結の海の回廊は陸へと転換。一方で水戸線による東京・東北との直結が実現し、「首都に直結する横の回廊性」をもった。
江戸期の小藩分立と直轄領等は分散的地域特性を育み、これが今日的な中小都市や農村の地域構造や気質へと繋がっているようだ。
すなわち、これらの西部地域を挟む東西大回廊(歴史的には国土軸)を横に繋ぐ流通・情報の回廊性や中小都市の分散的風土が育んだある意味で自由度が市場活用センスとノウハウや豊かな農村を土台とする商工文化の集積地帯として今日まで息づく。
一口で言うと、気候風土、異質な東西文化の「境界性(文化の重層性)」を基盤に、中小歴史都市と豊かな農村が形成する「境界の多様性ある文化積層地帯」の様相が窺える。
したがって、「境」「中央直結」の立地にあって、豊かな農村、それを背景として成立した酒屋、藍染め、繊維産業などの商工資本の育んだ文化は、市場に敏感で、したたかな感じがするとともに、その自由度の高い開放感は多様な文人墨客などが出入りする「芸術の温床」を育み、これを産業・地域づくりに活かしてきた特性もあるのではないかと考えられる。
 
 これらの程々の豊かさを背景として、境界の多様性の中で育まれた自由度と気ままさのある流通・情報に敏感な文化は、豊かな田園的風土の中での「インターローカル」で多様で個別性の高いシティセンスや国際センスを受け入れる現代文化性吸収の素地を持つ感じもする。
 ただ、「脇(横)」の流通・情報回廊としてのよき時代の価値観が、多様な地域文化を一面的にしか眺めない傾向につながっている感じもうける。地域の育んだ多様な財産を相対化して眺めている面は薄く、「文化財があってもそれを活かす文化がない」側面もあるように感じられる。
 その意味で、大きく結集はしない、むしろ個々の自由度と気ままさを活かす分散的でスローな人間的風土精神性を地域の固有性・優位性として再発見し、「地域の光を観(しめ)す」内発的な生活文化の活性化と、地域を相対化して再点検する契機となる多元的な交流の仕掛けが必要と考えられる。
 
(2)文化資源の賦存・活用状況からみた特性の評価
穏やかな筑波嶺と田園風景の下に歴史絵巻が潜む土地、アートを育む風土がある。
オリジナリティ豊かな歴史・文化資源、首都近郊で自然豊かな芸術基地性がありながら、その資質がみえにくい。歴史資源の風化などもみられる。
 
●ドラマチックな歴史絵巻の賦存
 対象地域は、湿潤な関東平野の中央奥部で東北に連なる山地帯を背に豊かな自然環境を擁し、太古から今日まで豊かな生活史を抱えてきた。点在する埋蔵文化財、古墳群、複数の城跡や城下町に、旧くからの繁栄の足跡をたどることができる。時の政権と密接につながる勢力が攻防を繰り返しながら郡や藩を形成し、群雄割拠の濃厚な歴史を感じさせる遺構も少なくない。常陸国風土記の時代、南北朝時代、江戸時代のはじめと終わり頃の物語をひもとくと、この地をめぐる壮大な攻略のドラマが描かれることとなる。
 多数分布する社寺、結城紬や笠間焼といった地場産業も、中央や地元の権力との密接な関係の中で育まれた賜ともいえる。いずれも、広域的な交流体系の中で浮き立つ文化であり、技術を支える地元の人々の地道な努力と、芸術まで高めたエネルギーに「人間くさい」ドラマが感じられる。そしてそれらは、一市町村の境界を超え、より広い地域レベルでみたとき、より鮮明に浮かび上がってくる物語性(文化の脈絡を伝える資質)を有している。
 
●過去と未来を結ぶ「アート」地帯の形成資質
 特に、笠間市は、笠間焼と美術を核に一大観光地を形成し、公民の多様な施設が集積する。研究や産業振興のための仕組みもあり、芸術文化・観光・産業をインテグレートした拠点として、固有性の高い地域イメージと広域的役割を形成している。
 周辺町村(岩瀬町、真壁町、大和村、友部町等)にも、石材・石工芸や陶芸品の生産がみられ、現代アートへの展開もみられる。広域的・共同的な取り組みは未だ目立たないが、「陶炎祭」や「ストーンフェスティバル」など、その萌芽はみられる。
 結城紬、桐工芸なども、土地に育まれた温かく柔らかいイメージの文化といえる。真壁町では、真壁藍の復興、真壁(しんかべ)塗り技術の伝承・発信などの動きがみられるなど、地元の「土」に根ざした産業・文化地帯形成の資質がみとめられる。
 土・石・布・木の素材感、人や芸術の(広域的な)組み合わせにより、現代人を癒し、あるいははっとさせるような芸術文化へと高められないか。
 対象地域には、行基、親鸞、青木繁、板谷波山、木村蕪山、田中嘉三、山下りん、北小路魯山人など、歴史的に文化人・芸術家の輩出・逗留がみられ、今もこの地を創作活動の地に選ぶ芸術家の流入などがみられる。多くの武将たちが物語を遺した地でもある。各時代の偉人たちは、この地の自然や歴史からインセンティブを受け、インスピレーションを出現させてきたのではないか。この地には、多くの美術館・資料館が立地するだけでなく、偉人たちも観たであろう田園風景、歴史的町並みを今も観ることができる。この地の歴史を識った人々は、古人の鼓動、「人間くささ」をもっと感じたくなるのではないか。
 
●日々の生活に根ざした文化形成の資質
 対象地域は、入間居住にふさわしい穏やかな自然環境をベースに、今も昔も、人と自然との対話により息づいている一帯といえないだろうか。
 対象地域内にある有形無形の文化的資源は、未だ広域的・戦略的に活用されているものが少ない。保全・整備が進んでいない資源もある。歴史のドラマも、地元の星霜の中で風化し、あるいは馴染みながら自然な形で土地に混在しながら融合し、地元の人々の日々の生活から離れることなく受け継がれ、比較的観光化もされることなく、無垢な存在として人々のそばにある。
 真壁町や下館市では、歴史的建造物の積極的な保全活動がはじまっている。その特徴は、「棲みながら」(生活を自然に続けながら)、「本物」の価値を未来に残していこうという、生活に根ざした考え方に基づいていることである。その方向性は、歴史の中で飄々と生き抜いてきたこの地にふさわしいあり方であるとともに、成熟社会における地域・個人の生きぬき方の一つであるように思われる。
 また、内原町に新設された「内原町郷土史義勇軍資料館」は、戦争という真実と、地元がどう関わってきたかを正面から見つめる姿勢があり、我が国の歴史を客観的にみつめる貴重な第一歩としても価値があると考えられる。
 日常生活の中にある文化的な意義・価値を再認識しながら、普通の生活を続けていくこと、言い換えれば、普通の生活をしながら、文化的価値を創造的に継承していくということを考える基地となる資質が感じられる。
 
●地域・個人が文化ストックを認織し、価値を磨き、未来の創造へと活用していくことが課題
 モータリゼーションの進行、情報化の進展などにより、地域的な連続性が意識されにくい時代となり、対象地域もその例外ではない。しかし、今後は、高齢化の進展、健康や環境への意識の高まりがみられる中、人にやさしいあり方への憧れも高まっているのではないか。
 対象地域では、古くから交流を前提に繁栄してきた資質、東北・常磐の国土基軸に挟まれて未だ地域色豊かな佇まいを残してきた資質に着目し、今後は高速交通網や情報通信ネットワークのメリットを挺子としつつ、人と自然にやさしい生活文化(従来の構築的・装置的文化を卒業したアルタナティブ・システム)の構築を試みられないか。今後は、風化しつつある歴史的環境、懐かしい北関東の山河、田園の風景の価値を地元住民が認め、風化に歯止めをかけ、自らの生活に引き寄せながら創造的に継承していくことをより積極的に進めていきたい。
 国道50号・JR水戸線でつながった(高速ではないが快い連担性のある)資質を活かした、さりげない日常のとなりに歴史やアートがあり、それを意識した住民の文化活動が各地で呼応しあっているような、次世代型の地域づくりがこの地で進むとよい。それは過去と未来、人と風土、人と人を結ぶ「地元文化」づくりにほかならない。外国人からみて、日本は色々な要素が混在して「わけのわからない国」との印象もあるという。この地で文化資源これが目指されるとすれば、茨城県のみならず、日本全国の「地元」づくりに貴重な一石を投じることとなるだろう。







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