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海から教わった「自分で生きていく精神」
日下公人
 
日下
 片山市長にはもちろん及びませんが、5年間は同じような生活をいたしました。私が通っていた高松の二番丁小学校は浜辺にひっついていましてね。海へ学校の先生が連れて行って泳ぎを教えてくれた。これはもう一生感謝をしているんです。東京へ行ってから、これが自分の一生の自信のもとになりましたね。東京では海で泳いだことのない子供ばかりですからね。プールなら知っているけれど、プールと海は全然別です。
 海は自己責任で泳ぎますからね。大的場から高松の築港のほうまで、風を見て潮を見て、自分の能力を測定して、危ないと思ったら途中で帰ってくる。引き潮のときは水面のすぐ下まで藻が伸びていて、足にからまれたら生死にかかわります。だから足をからまれないような泳ぎ方も教えてもらったんです。自分で生きていけという、いい勉強になったと思います。
 あのとき教わった泳ぎ方を後で本で読んでみたら、水府流っていう泳ぎ方なんですね。これは、中川の急流を泳ぎ切るため水戸藩で盛んになった、半分クロールみたいな泳ぎ方なんです。なぜかというと、高松の殿様は水戸光國の子孫で、そちらから来たんですね。ああ、そうかと、日本歴史をちょっと知ったような気がいたします。
 いまだに深く感謝しているのは、危険な水泳に連れて行ってくれた先生です。危険でも連れて行ってくれた。あるいは、瀬戸内海の島に夏休みに合宿に連れて行ってくれまして、お寺に泊まったと思うんですけれど、夜になると「山のてっぺんの神社へお参りしてこい」と、肝だめしだと言って脅かすんですよ。そうやっていろいろなことをしてくれた先生のおかげで、あるいは親のおかげで、その後僕はいろいろと苦労をしたけれども、「荒海育ち」とはいえないですが、ともかく瀬戸内海で自然の脅威を乗り切ってきたんだというのが自信のもとになりました。これは深く感謝しています。
 
瀬戸大橋ができた瀬戸内海の問題点
明石
 きょうのパネラーの方々は、皆さん子供時代に瀬戸内海で泳いだことがある、瀬戸内海の水も飲んだのだろうと思いますが、そういう方ばかりが並んでいるわけですね。
 現在、瀬戸大橋とほかに2つの橋を抱えて、瀬戸内海は新時代を迎えるといわれたのですが、瀬戸大橋は観光客を集めるのも初年度だけで2年目からどんどん落ちている。投資をしたがとんでもない結果になってしまった、という人たちがたくさんいます。
 明石大橋もしまなみ海道も含めて、国家的な巨大プロジェクトが瀬戸内海に押し寄せて、その結果どうなったのか、現状どんな問題があるのか、皆さんの認識されているあたりをお聞かせいただければと思います。
 大林さんは、橋ができたことによって、橋がなかった時代の記憶がどんどん失われてしまうことについて、本にもいくらか記述されているようですが、そのへんからお話をいただきたいと思います。
 
人間が幸福を見失わないための最大限のスピード
大林
 先ほどから皆さんの豊かな思い出話を聞いて、きっと語っていらっしゃる方も、聞いている私も皆さんも、心の痛みを持ちながらなつかしんでいたと思うんですね。私もアサリを堀ったり、シャコを獲ってきて茄でて食べたりしたんですが、今私はそういう思い出を封印しているのです。なぜかというと、若い人にそういう話をしますと、そのシャコやアサリを食べさせてあげなければならない。ところが、残念ながら尾道の海にはもうシャコもアサリもいません。私たちの時代にあって今の若者たちに与えられない楽しみについてなつかしく語ることは、私には耐えられないので封印しております。
 そして、その代償として私たちは、橋というものを得ました。これについて、私はこんなことを思うんです。
 太平洋戦争が終わったとき、私はぼろを着て、ひもじい日本の少年の一人でした。そのとき祖父が、私に言いました。「靴と下駄と、人間の履物としてどっちが上等だと思うか」と。
 当時の子供は、精一杯上等な履物が下駄で、あるいはわらじ、裸足で学校に行っている子もいました。子供たちは元気ですから、むしろ裸足のほうが駆けっこが速くていいやというぐらいで、これはこれで楽しく過ごしていたわけですが、祖父からそういう質問を受けますと、当然それは靴がいいに決まっています。そのころ初めて見た、アメリカやヨーロッパの映画のなかで、ピカピカに磨いた靴を履いている子供たちを見ますと、ああ、戦争に勝った国というのはこういうことか、文明国というのはこういうことか、日本は貧しいなと思ったものです。
 「そりゃあおじいちゃん、靴がいいに決まってるよ」と言いました。すると祖父はこう言いました。
 「確かに人間がより速く、楽に歩くためには靴のほうが上等だろうな。しかし、地面にはアリがいっぱいはっとるぞ。靴を履いて地面を歩くと、そこにはっている10匹のアリを皆踏みつぶしてしまうな。しかし、下駄で歩くと、アリをよけて歩けるぞ。だから人間がこの地球上で幸せに暮らすためには、下駄のほうがよっぽど上等な履物なんだ。
 戦争に勝つためには靴のほうが上等な履物だろうけれど、平和に共存するためには下駄のほうがよっぽど上等な履物なんだ。私たち日本人は、下駄という知恵深き、やさしく、地球と共存できる履物を発明したすばらしい国民だから、戦争には敗けたけれども、これから世界の平和に役立つためには、お前はそれを誇りに思って、生涯下駄を履いて歩きなさい」
 私には残念ながら、今この島々にかかっている橋が、どうやらちょっと下駄を忘れて靴になりすぎたのかな、という気がいたします。私が靴にあこがれたように、戦後の日本人は、自分たちも貧しかったし、子供たちも貧しかったから、モノとお金を豊かにしてやろう、せめてわが子にピカピカに磨いた靴を履かせてやろう、と思ったのです。靴を履くことは当時の私たちにとって幸せを呼び寄せる一つの行動であったはずです。
 しかし、時代というものは常に変わっていて、幸せというものの感覚も変わってしまいます。靴を履きすぎて、下駄を忘れすぎてしまったために、私たちは日本人としての幸福感を見失おうとしている。
 レオナルド・ダ・ヴィンチは、将来の私たちの暮らしについていろんなことを書き残していて、「人間がA地点からB地点に移動する乗り物としては、ウマが一番である」と言っているのです。そりゃあ、あのころはウマが速かっただろうけれでも、今は時代遅れだと、子供のころにその話を聞いて、私はそう思いました。
 けれど今になって、ダ・ヴィンチの気持ちがよくわかります。ダ・ヴィンチはその理由として、「それが人間が幸福を見失わないための最大限のスピードであるから」と言っているんです。つまり彼は、政治であれ、経済であれ、文化であれ、私たちが何をやるにしても、それは人間が幸福になるためで、しかも、その幸福感は時代によってさまざまに変わるから、その変化の先端にいるのではなく、根っこをしっかり見つめて、少なくとも我を忘れて幸福を見失わないようにしなさい、と言っているのだと思います。
 私は、尾道にしまなみ海道の橋がかかるときに映画を撮りまして、私の映画のなかで見事に完成された尾道大橋が見えると皆さん楽しみにしていらっしゃったけれど、コンピュータグラフィックスで全部橋を全部消しました。橋がなかったころの画をつくったんです。
 私は橋を否定しているわけじゃありません。私が子供のころ、300メートルも泳げばたどり着くような、向島という島に住んでいた少年が、ある嵐の夜、盲腸炎で死にました。お葬式に行くと、お父さんやお母さんが「向島から尾道に橋さえあれば、盲腸ぐらいはすぐ治っていたのに、橋がないから死んでしまった」と言われて、本当に橋が欲しかった。
 しかし、いざ橋ができると、人間はすぐ、そのありがたさを忘れるのです。そのころ私は、山口県の錦帯橋に、ダ・ヴィンチの話をしてくださった先生と絵を描きに行きましてね。不思議でしたよ。「先生、この橋は変だね。橋というものは対岸にできるだけ安全に速く渡るものでしょう。でも、この橋は歩きにくいし時間はかかるし、雨がくればすべるし、どうしてこんな渡りにくい不便な、がまんのいる橋をつくったの」と聞きました。
 先生は、「人間というものは願いが叶うとすぐ、橋よ、ありがとうという気持ちを忘れてしまう。そういう人間を戒めるために、橋よ、ありがとうという気持ちを人間に忘れさせないための知恵と工夫として、ゆっくり足元を確かめながら渡れる橋をつくったんだよ。だから、この橋は美しいだろう」とおっしゃったんですね。
 その意味で私は、瀬戸内海にかかっているこの橋が、果たしてどのような形で21世紀に美しくなるのか、あるものをどう生かしてどう使うのかと思います。今はA地点からB地点までサッと行ける時代です。そうしたら、残りの時間でC地点からD地点、Z地点まで行けるからよかった、と思うから不幸になったんだと思います。
 残りの時間をいかに豊かに過ごすかということが、ダ・ヴィンチの旅を今に再現する幸せなんだと思います。そういう橋の使い方、幸福に使える使い方、そういう知恵が試される時代です。だから、これは眉をしかめて考えるものじゃなく、むしろおもしろく楽しく、せっかくつくった橋をどう幸せなものにしてやるかという、使い方を考えるぐらいの余裕がいるんじゃないだろうかと思っています。
 
明石
 人間が幸福を見失わないための最大限の速度というのは、非常に印象深い話です。
 橋の利用方法という話ですが、現在四国内では橋の負担金も含めて、そんな大変な借金は俺たちはもう嫌だという声がたくさん挙がっています。橋の料金も下げろ、いっそのことただにしたらどうだという意見も出ている。
 片山市長、そういった時代を踏まえて、行政の責任者として、地域の人々と橋の利用法について考えると、どんなポイントがありますでしょう。







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