■質疑応答
学生―コミックエディターになる人たちの経歴はどういうものでしょうか。共通したものはありますか。何を先にやらなければならないといったことはありますか。
堀江―基本的に日本でマンガの編集者になるために特別な訓練は必要ありません。理由があります。マンガはとても分かりやすいメディアだから、見れば誰でもすぐに批評ができます。小説などと違って、完成品の批評は誰でもできるのです。マンガ編集者に必要なのは、マンガが完成品になる前のストーリーボード、絵コンテを見る力です。しかし、絵コンテは普通目にしませんから、やはり出版社などに入って初めて訓練されるわけです。だから、マンガ編集者になるためには、人間に興味があって、一生懸命に遊んだり、勉強したり、たくさん本を読んだり、映画を観るといったようなことをして、普段の遊びの中で蓄積されている素養が役に立ってくるのだと思います。
僕達が日本のマンガの作り方で教えられたことは、マンガというメディアに読者がどんな情報を望むかということです。それは生き方の情報です。例えば、友情はどうすればうまく結べるのかといった情報を、うまく伝えられるのが上質なマンガなのです。だから、そういうことを感じて、それを表現することです。
リービー―アメリカでは、編集チーム全体の構成を考えて、編集者を探すようにしています。ですから編集チームが、例えば、年齢層8〜13歳の動向をうまくつかめないという時には、その市場に精通している人を探します。ヤングアダルト小説やティーネイジャー雑誌の編集経験があるような人です。私達は特定の読者層を把握している人を探すようにしています。それが、日本と違うところだと思います。
アメリカの編集チームは、マーケティングに主眼を置いています。私達の会社では、よいマンガの表紙をいかに作るかを、編集者に教えています。極めて重要なことです。少なくともアメリカではそうです。日本の場合、雑誌の存在感は大きなものですので、それほど重要ではありません。マンガを簡単に入手して、どんなものか読むことができます。アメリカの場合、書店に入って本棚を見たときに、目に飛び込んでくるかどうかで決まってしまいます。注意を引きつけようとするものは他にもたくさんあります。ですから、いかに目に飛び込んでくるようにするか、いかに手にとってもらうかが大切です。それが、編集者としてまず意識しなければならない課題です。
皆さんもお気づきになったかもしれませんが、私達が手がけたアメリカ版の表紙と日本のオリジナル版の表紙を比較しますと、私達が表紙にとても力を入れていることがお分かりいただけると思います。幸いにも、日本の出版社を通じて、日本の漫画家の方に、アメリカ版の表紙の方が日本のオリジナル版の表紙よりもいいとおっしゃっていただいています。日本では通常、漫画家は表紙の構成を担当しないものだからです。
ですから、市場を読んで購入者層を把握することが大切です。読者の口コミもあります。そして、面白いものを書くことも大切です。それは、日本同様アメリカでも同じです。編集者として、面白いと思えるマンガでなければなりません。自分が編集しているマンガの何が面白いのか理解できなければなりません。そうでなければ、いい製品などできるわけがありません。リライターであれ原作者であれ、同じことが言えます。
どうすればマンガ編集の世界に入れるかという質問にお答えしますが、少なくともアメリカでは、先ほど申しましたように、別の業界から多くの人を採用しています。でも、フリーランサーとして始めることもできます。私達の会社では原稿整理、翻訳、リライトに多くのフリーランサーを使っています。原稿整理から始めて、才能を発揮して編集者になった人も何人かいます。今は上級編集者に昇格しています。そういうふうにこの世界に入ることもできます。
学生―日本では、子供向けというよりアダルト向けの題材が多いようです。アメリカで、検閲や販売方法などの問題はありませんか?子供への販売を制限しなければならないというようなことはありませんか?
リービー―とても興味深い問題です。私達の会社でもそれについて冗談を言ったりすることがあります。お気づきになっているかもしれませんが、日本の連載マンガには、例えば8〜10歳の年齢層を対象にしているように見えて、内容もおとなしいのに、第6巻になるといきなりセックスシーンが出てくるようなものがあります。いったいどこから出てきたのかと考えてしまいます。なぜなのか私達にもまだ分かりません。そうですね・・・分からないというわけでもありません。文化の違いです。今後も状況が変わるとは思いませんので、私達の対処の仕方としては、事前にタイトルをよく見て、将来どんなことが出てくるのか判断するしかありません。しかし、連載が始まったばかりの段階では分からないのです。なぜなら、人気が落ちてくると、切り札のようにセックスを使うからです。
アメリカでは暴力シーンは別に問題になりません。暴力が多い方がいいくらいです。もっと扱いが難しいのがセックスです。マンガでは10歳の少女がヌードになっていることがありますが、アメリカでは許されないことです。日本では大手出版社でもしていることですが、どうしてこんなものを出版できるのか考えてしまいます。しかし、文化が違うだけなのです。ですから私達は、きわどさはあってもポルノではないものを、事前に確かめて選ぶようにしています。そのバランスをとるようにしています。また、私達は年齢指定表示もしています。
回覧している本の裏表紙を見ていただきますと、A(全年齢)、Y(青年)、T(ティーネイジャー)、OT(十代後半)などの表示があります。どのような種類のマンガをどの指定にすべきか分かってきました。しかし、これは自主規制で行っていることです。アメリカでは年齢確認の身分証明書提示は行われていませんので、親が子供の読んでいるものに気をつけるか、何歳であっても読者本人が自分にふさわしいものかどうか、確かめなければなりません。私達は、ある年齢以下にはふさわしくないということを、できるだけ明記するようにしています。しかし、日本のマンガの場合にはミスを犯しやすいものです。なぜなら、子供向きのマンガに見えるから6歳の娘にぴったりだと思っていますと、セックスシーンが出てきたりするからです。これは問題です。私達はそういったことにきちんと配慮するようにしています。
学生―日本の週刊マンガ誌をアメリカで出版する時は、どのようにするのですか? 連載が十分たまるのを待って、まとめて出版するのですか? 日本で連載が終わるまで待つのでしょうか? 雑誌など、2年ぐらいすると打ち切りになってしまうものもありますので、話がその後どうなるか分からなくなってしまいます。最終回まで読めるように、何かしていますか? また、日本で非常に人気のある連載中のマンガの場合、アメリカでの出版は最初の回から始めますか?
リービー―まず最初に、日本でシリーズが終了していても、始まったばかりでも、読者がストーリーを理解できるように、私達は第1話から始めます。実は、会社を始めた頃は、シリーズが終了したものを選んでいましたが、最近は日本で第1巻が出たばかりのものでも、翻訳を決めることがあります。途中で近親相姦のストーリーが出てきたりしないように祈るばかりです。でも、気に入った作品であれば、いちかばちか賭けてみます。
雑誌の連載マンガですが、MIXXZINEで試してみました。問題だったのは、あなたがおっしゃったように、月刊誌であるため長い間連載が続きます。そうすると「お願いですから、次回の分を読ませてください」という多くの投書が来ます。それではよくありませんし、読者に失礼だと私達は思いました。しかし商売として無理があり、週刊化は断念しました。アメリカでは不可能なことでしたし、試してみるのも無謀でした。私達が今出版しているグラフィック・ノベル判では、一度に150〜200ページが可能です。月一回の出版を試みた作品もいくつかありますが、書店にいやがられました。「お願いだから、速度を落としてくれ」という感じでした。本棚に並べて売れるかどうか確かめる時間が必要なのです。ですから、2ヶ月に一度、厚いグラフィック・ノベル判で出版するようにしています。
学生―アニメやマンガの小説版がありますが、その翻訳を考えたことがありますか?多くの作品は小説、アニメ、マンガの三形態で出ています。小説版の翻訳を考えたことはありませんか?
リービー―実は、『セーラームーン』の小説を8冊出版しました。しかし、これは翻訳したものではありません。日本には小説版がありませんので、私達が独自に創ったものです。小説についてですが、まず、ストーリーの展開の仕方が日米で大きく違います。皆さんも日本語で新聞が読めるくらい上達すれば、考え方が非常に違うということに気づくはずです。アメリカではまずストーリーの準備をして、要約を書き、ストーリーの背景を説明し、論点を証明し、結論に至ります。信じられないかもしれませんが、日本では、私が勉強していた時はこんな感じでした。まず、起こった事実を並べ、別の事実を書き、結びです。結論がありませんし、通常、最後の一文はまったく違うことがいきなり書かれています。いったいどこからやってきたのか、という感じです。ニュースの伝え方も違えば、ストーリーも違います。日本語では直線的なつながりが弱いのです。
マンガの場合、絵がありますのでストーリーを追っていくことができます。小説の場合は、アメリカのものと比べて、理解が少し難しいようです。ですから、小説を出版するなら・・・実際にいくつか検討中ですが・・・アメリカでマンガを直接小説化することになるだろうと思います。私達の会社が扱っている『ピーチガール』の小説化は、契約間近のところまで行きました。
面白い話がありますのでお話ししますと、『ピーチガール』の日本人作者は、台湾ヘテレビドラマ化の権利を売りました。私達がアメリカでの小説化の交渉をしていた時に、台湾ではテレビドラマの制作が行われていました。作者はいろいろなものが出れば出るほどいいと考えていたようです。『ピーチガール』は日本で大当たりしている少女マンガです。台湾でテレビドラマが始まり、どんどん回を重ね、日本のマンガのストーリーを追い越してしまいました。ドラマで突然、二人の登場人物が恋に落ち、子供ができてしまうというようなことになったのです。作者はそのことを知らされず、「一体どうなっているのか」と憤慨しました。そしてこの作者は、マンガ以外はもうやめようと決めました。そのような訳で小説化は実現しませんでした。
小説化のもうひとつ難しい点は、ストーリーがどうなっているか、日本人作者が知りたがることです。許可をもらうためだけに小説全体を、日本語に翻訳し直すというのは、骨が折れます。それが実現へのもうひとつの障害です。
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