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選考委員長ご挨拶
 本日は常陸宮同妃両殿下を初め、たくさんの方々のご臨席を賜り、平成14年度の社会貢献者として選ばれた方々に日本財団賞をお贈りできますことを、ほんとうに嬉しく存じております。お寒い中をおいで頂きましてありがとうございました。
 毎年のことですが、この受賞式ほど、昨今の催しの中で感動に満たされるものはありません。それはここに出席する者すべてが、尊敬と感動をもって、受賞者の方々の人生の姿にいささかなりとも立ち会わせて頂ける、ということに尽きています。尊敬と感謝ほど、私たちの心を自然の暖かさで満たすものはありません。
 小説家としての私は、本来なら、お一人お一人の人生をもっと長くご紹介したいと思うのですが、長くなってはいけませんので、本当に数人の方々のご紹介に留めたいと思います。
 今年はノルウエイからはるばるキャプテン・リンナンにおいで頂きました。どこの国でも難民問題が非常にむずかしくなっている時に、キャプテンはたった一つの原則を貫かれたのです。それはいかなる国の複数の政治的圧力が、複雑な問題を投げかけようと、私たちは、困難な立場にある人を見捨てることはできない、ということです。それは時には、まことに不都合な犠牲を伴いますが、それでも人間は、するべきことをしなければならないという勇気を、キャプテンは示してくださいました。その人間的行為のすがすがしさを褒めたたえ、お礼を申し上げたい、と思います。
 今日の受賞者の中には、実に五人もの亡くなった方がおられます。実は、そのことを私が人に話しますと、中には、「えっ、授賞が決まったのに、式の前に亡くなられたの?」
という人が少なからずいたのです。そうではありません。これらの方々は、自分の命を差し出して、他人の命を救おうとされたのです。このような方々がおられる、ということは、どの民族にとっても誇りです。私もここにお一人お一人の生涯を長く記憶し、深い尊敬を払い続けたいと思います。
 人間はすべていつかは死ぬ者ですが、生をいかに激しく燃焼させて使うかどうかだけが人生の成功か不成功を決めるものでしょう。これらの方々は間違いなくその生を燃焼し尽くされました。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(『ヨハネによる福音書』11・13)と聖書は記しておりますが、この愛の行為には、今問題になっているような宗教の対立などありません。愛は地球上のどの地点に在っても、人々の胸を打つのです。
 その中の一人シスター・永瀬小夜子さんは、中央アフリカのチャドという国でこの四月に急死されました。首都から数百キロも離れた奥地で、今日ここにおられる「ショファイユの幼きイエズス修道会」のシスターたちは貧しさと様々な困難の中で、小さな診療所を開いておられます。私は現地で或る日、その診療所に一人の病人が入院してくる光景を見ました。牛に引かせた車に病人とその家族が、布団、食料、薪、鍋釜、それに三個の石を乗せてやってきたのです。石はどこででも竈を作って煮炊きをするためでした。そしてこの牛車は、この国の救急車だったのです。
 シスター・永瀬は今でもチャドの地に眠っておられます。恐らく地平線まで降りて来るようなみごとな星空が、シスターのお墓を見守ってくれているとは思いますが、そのような最期こそ、完結したみごとな人生なのだろう、と私は思い続けています。
 改めて、このようなたくさんのすばらしい人生をお示しくださいました方々にお礼を申し上げます。もっとも、まだお若い方々には、これから先も、どうぞ人のためにずっと「こき使われて」くださいと申しあげたい思いです。けれど、今日の賞金は別にいいことのためにお使いにならないでください。ご自分のために、疲れた心と体を癒すために、のんきに楽しくお使いくださることを、私としては希望しております。
2002年11月19日
 
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