日本財団 図書館


2002年6月号 『東亜』
日韓・日朝関係の新局面
小此木政夫
 
 四月二十九日から北京で日朝の赤十字会談が始まります。南北対話も先般、金大中大統領の特使として林東源(イム・ドンウォン)大統領補佐官が平壌を訪問しました。そういう意味では、朝鮮半島情勢あるいは周辺の国々との関係がやや動いているように思います。ただ、そういった動きとは対照的に、もっと大きなところでは、ブッシュ政権誕生以後、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する非常に厳しい政策がアメリカによって採られております。
 したがって、そういう二つの流れが同時に存在するというのが今の状況ではないかと思うのです。それが夏以降、合流してどういう展開をたどっていくかということに、われわれは注目しています。特に、その中で日朝関係、あるいは日韓関係をどう考えたらいいのかということが、本日のテーマであります。
◆ブッシュ政権の北朝鮮政策
 まず、ブッシュ政権の誕生以後の北朝鮮政策をある程度背景的に検討しておくことが必要ではないかと思います。
 最初の態度表明は、昨年、二〇〇一年三月に金大中大統領がワシントンを訪問し、米韓首脳会談が行われたときになされました。ブッシュ政権の北朝鮮に対する態度がどういう形で出てくるのか、われわれはこの米韓首脳会談を注目していたわけですが、それはやはり相当に厳しいものであったと思います。もっともこの段階では、例えばパウエル国務長官などは、米朝関係はクリントン政権の最後のところからスタートすればいいのだというような発言もしておりましたから、アメリカ政府の中でも意思統一がはっきりなされていなかったのかもしれません。しかし、ブッシュ大統領自身は幾つかの機会に、特に記者会見で北朝鮮の最高指導者である金正日総書記に対してはっきりと不信感を示しました。「私は確かに北朝鮮の指導者に懐疑心を持っている」というような内容だったと思いますが、そういう発言がございました。
 また、金大中大統領が推進している太陽政策に関しても、やはり懐疑心を持っていたというのが実態ではないかと思います。ですから、金大統領としては、大変不都合な事態に直面したわけであります。ノーベル平和賞受賞という威信を背景に、アメリカの新政権を何とか説得しようと考えて行ったところ、壁にぶち当たったような、そんなことだったのではなかったかと思います。それ以後、六月まで北朝鮮政策の再検討が行われまして、その成果が大統領の政策声明として発表されました。これは、昨年六月六日のことです。
 この政策声明には幾つかの特徴があるのですが、われわれの印象としては、非常に高いところにハードルを設定したなということでした。北朝鮮との対話を否定したわけではありませんが、しかしその対話の内容に関して非常に硬い態度を示しました。クリントン政権の北朝鮮政策に対する不信感というものがはっきり感じられたわけであります。クリントン政権は、確かに北との間で平和を達成したかもしれない。しかし、それは「検証されない平和」であって、本当に北朝鮮がミサイルや核兵器等の大量殺傷兵器の開発を中止したのか、その確証がないではないかという声が聞こえてくるようでした。
 三つのことが政策声名で要求されております。第一は、その核兵器開発と絡んで一九九四年の十月に締結された米朝の間のジュネーブ合意、すなわち「合意枠組み」の履行状況を改善しなければいけないというものです。「履行改善」という言葉が使われているのですが、内容的に推測しますと、IAEA(国際原子力機関)の査察を前倒しでやれということのようです。
 IAEAの査察というのは、このジュネーブ合意によれば、軽水炉の建設が本格化して中心的な部分、つまり炉心の部分が導入されるまでに北朝鮮が受け入れなければならないものです。北朝鮮が冒頭報告で示した内容が正しいものかどうかをチェックすることが目的ですが、その過程で疑問が出てくれば特別査察ということも考えられないではない。アメリカ側の理解では、軽水炉建設が進展すれば、軽水炉の炉心部分の導入が二〇〇五年の春ぐらいになるだろう。だから、それまでに査察を終了しなければいけない。しかし、この査察には相当な時間がかかる。北が考えているように、ちょっと査察チームが入って一カ月か二カ月で終わるというようなものではなく、一つ一つチェックしていけば二年も三年もかかるだろう。だから、すぐにでも開始しなければならない、ということのようです。
 また、第二に、ミサイル開発の規制に関しては、これもはっきりと検証が可能な形で行われなければいけないし、もちろん輸出は禁止されます。この「検証」というところに非常にウェートを置いております。つまり、ブッシュ政権が目指しているのは「検証可能な平和」であるということです。
 それから第三に、全く新しい要求として、通常戦力に関しましても、その脅威の削減をしなければいけないと言っております。この「脅威削減」というのは、要するに非武装地帯の北側に配置されている長距離火砲システム、あるいは兵力を後退させろという要求です。北朝鮮にとっては、これこそが最大の抑止力ですから、なかなか受け入れられない要求でありますが、これもはっきりと掲げたわけであります。
 そして、そういった点に対して北朝鮮側が「積極的かつ適切に応じれば、北朝鮮の国民を救済したり、制裁を緩和したり、あるいは政治的な措置を拡大する」と言っております。条件が満たされたからといって、直ちに国交正常化というようなことはうたわれておりません。
 こういった政策声明を見まして、先ほど申し上げましたように、大変高いハードルを設定して、北朝鮮にそのハードルを越えることを要求している。そして、それを越えなければ対話が持たれても進展しないという、そういう政策であるとわれわれは理解したわけです。
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION