日本財団 図書館


読売新聞朝刊 1988年1月16日
五輪妨害狙い大韓機爆破 韓国発表、「真由美」も記者会見
「金正日書記が指令」 本名は金賢姫 荷物棚に時限爆弾
 
 【ソウル十五日=山岡特派員】大韓航空(KAL)八五八便B707型機が、昨年十一月二十九日ビルマ沖のアンダマン海域上空で墜落した事件で、韓国の国家安全企画部(安企部、旧韓国中央情報部)は十五日午前、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日書記の指令による爆破テロ事件と断定、主犯の「蜂谷真一」は朝鮮労働党中央委員会調査部所属の特殊工作員、金勝一(キム・スンイル)(六九)、「蜂谷真由美」は同部所属の女性特殊工作員、金賢姫(キム・ヒョンヒ)(二五)であると発表した。安企部で行われた記者会見には、「真由美」こと金賢姫も姿を現し、十五分間にわたり小さな声で質問に答えた。安企部は、犯行の目的について「ソウル五輪の参加申請締め切り日(一月十七日)まで約五十日に迫った時点で、ソウル行き航空機を爆破することにより、参加予想国をしりごみさせ、最終的には開催不可能にさせようとしたもの」と、ソウル五輪妨害が最大の狙いだったとした。しかし、事件が北朝鮮工作員の仕業だとする金賢姫の供述を直接裏付ける物証は乏しく、北朝鮮側は全面的に否定している。ソウル五輪への北朝鮮の出方が注目されている時だけに、発表は南北朝鮮関係の行方に重大な波紋を投じることになろう。(捜査結果と「金賢姫」の陳述要旨4面、関連記事2・4・5・社会面に)
 
北朝鮮に謝罪要求 韓国
 
 記者会見は午前九時(日本時間同)から、(1)李相淵・安企部第一次長によるKAL八五八便爆破事件捜査結果発表(2)「真由美」担当捜査官との質疑応答(3)「真由美」本人との質疑応答――の三部構成で、一時間三十分にわたり行われた。
 まず李第一次長が三十分間にわたり、全文十九ページの捜査結果を読み上げ、犯人は日本人を偽装した北朝鮮の対南工作員であることが「立証された」と指摘した。
 発表によると、金勝一と金賢姫は八四年七月から「父娘工作組」を編成、三年四か月にわたり訓練を積んだ。二人は昨年十月七日、(1)党は、南朝鮮の五輪単独開催と「二つの朝鮮」策動を食い止めるため大韓航空機一機の爆破を決定(2)時期的に、世界全国家の五輪参加意思に冷水を浴びせるようにする――との金正日書記直筆のテロ工作指示を、党中央委調査部長を通じて受けた。
 父娘を装った二人は平壌からブダペスト(ハンガリー)に飛び、さらに陸路ウィーン(オーストリア)に入り、航空券を購入した後、オーストリア航空便で昨年十一月二十三日、ベオグラード(ユーゴスラビア)に到着。別途、列車でベオグラードに入った直属上司の崔課長から日本製小型ラジオ「パナソニック」に擬装した時限爆弾と酒瓶に見せかけた液体爆発物を受け取った。二人は、五日後の二十八日夜バグダッドで、アブダビ―バンコク経由ソウル行きKAL八五八便に乗り込み、この爆発物を座席番号7Bと7Cの上方にある荷物棚に置いて、アブダビで降りたという。
 発表では、金勝一は平壌市牡丹峰地域に妻と七人の子供がある朝鮮労働党中央委員会調査部所属の特殊工作員で、日本語、中国語、英語、ロシア語に巧みなほか電子技術の専門知識を持ち、長年にわたり海外工作活動を続けてきた精鋭工作員。
 また金賢姫は平壌市東大院地域トンシン洞生まれ。父親は北朝鮮の外交部(外務省)勤務で、一男二女の長女。金日成総合大学予科一年終了後、平壌外国語大学日本語科に入り、二年で中退して八○年三月から八七年十一月まで朝鮮労働党調査部所属の工作員として教育され、八二年四月、党員となり、功労メダル、国旗勲章三級を受章した。
 父親の金元錫氏(キム・ウォンソク)(五八)は現在はアンゴラ駐在の北朝鮮貿易代表部水産代表として勤務中とのことで、韓国外交当局が確認作業中という。
 発表によると、金賢姫は外語大在学中、容貌(ようぼう)と日本語能力、家柄の良さがかわれて工作員に選抜され、八一年四月から八三年三月までは、平壌の東北里招待所と呼ばれる施設で、日本人の女子工作員と生活を共にしながら日本人偽装教育を受けた。
 「真由美」こと金賢姫が昨年十二月十五日にソウルに到着してからの捜査の進展については、(1)初日は服毒後遺症で目をつむったまま陳述を拒否(2)翌十六日から中国語と日本語で簡単に陳述(3)十八日、中国語でハンバーガーを要求、食事を取り始める(4)「孤児で中国・広州生まれ、八六年七月にマカオに不法移住」など虚偽の供述で捜査をかく乱した(5)二十三日、突然、横にいた女性捜査官の胸を軽くたたきながら「オンニ、ミアネ(ねえさん、ごめんね)」と初めて韓国語でしゃべり、その時から自白し始めた――と安企部は説明した。
 最後に登場した金賢姫は、一か月前、捜査官に支えられながらよろよろと特別機のタラップを降りてきた時と同じ服装。しかし、すっかり健康を回復した様子で、ほおはふっくらとし、目にはアイシャドーも。低く小さな声で質問に答えた。
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。

「読売新聞社の著作物について」








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION