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毎日新聞朝刊 1995年10月5日
社説 コメ支援 不透明さをぬぐえぬ交渉
 
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対するコメの追加支援に、日朝双方は三日合意した。食糧難に苦しむ隣人への支援は当然である。しかし、日本政府の交渉と対応には、理解に苦しむ点が少なくない。
 北朝鮮へのコメ支援問題で、なお納得し難いのは、支援したコメがきちんと一般国民の手に渡っているかどうかが不明な点である。コメの配給方法と結果についての報告を、なぜ支援の条件にしなかったのか。また、日本国民の善意が北朝鮮の国民に伝えられているかどうかを、問いただしたのだろうか。
 今回の追加支援の交渉の中で、支援したコメの行方と一般国民への配給の結果について、少なくとも中間報告程度のものを求めるべきではなかったか。国民の税金で購入したものを、購入価格よりはるかに低い価格で供給したのだから、差額は国民の税金で負担したことになる。それなら、これは事実上の援助である。なのに、なぜ契約文書を国民に公表しないのだろうか。
 北朝鮮へのコメ支援は、六月末に三十万トンの供給で合意し輸送された。この内訳は無償十五万トン、有償十五万トンで、差額分の約百八十億円は国民の税金で負担されたことになる。そうである以上、透明度の高い交渉と報告が求められる。
 今回の交渉に関連して、コメの支援が日朝正常化交渉の再開につながるとの声が、外務当局者や政治家の間から聞かれた。だが、こうした発想は単純過ぎないか。
 日朝正常化は、日本の国家戦略とアジアの国際関係を見極めながら、アジアの平和と安定のために進められなければならない。相手の準備が整っていないのに、日本側がいたずらに「正常化交渉再開」を叫ぶ必要はあるまい。
 日本は交渉を呼びかける立場にあるのか、待つべきなのかを見極めるのは、外交駆け引きの初歩である。北朝鮮はこれまでも、相手の要請が強いほど、じらして環境を有利に整える巧みな外交を展開してきた。
 またプライドの高い北朝鮮の立場からは、コメの支援を受けたのだから日朝交渉再開に無条件で応じるというわけにはいくまい。北朝鮮は、日朝正常化交渉再開の前提として、なお「三党(朝鮮労働党、自民党、社会党)共同宣言」にこだわっている。こうした北朝鮮の立場への理解なしに、日朝交渉再開への期待をいたずらに公にすべきではあるまい。
 北朝鮮へのコメ支援では、外交に直接責任を負わない政治家が仲介に立ち交渉の内容にまで口をはさむ傾向がみられた。外交は国家の長期戦略に立って進められ、冷徹な計算と駆け引きを必要とする。戦略を持たない政治家の思い付きや名誉欲、さらにはなんらかの利権のために外交交渉が利用されてはかなわない。
 また対朝鮮半島外交は、直接日韓関係に影響を及ぼすのだから、韓国への事前の説明と緊密な連絡を忘れてはなるまい。
 前回と今回のコメ支援合意で、なお釈然としないのは「供給されたコメは専ら民生用消費のために適正に使用される」との表現である。これは極めてあいまいな言い回しである。軍事転用が可能な余地を残している。日本語の「専ら」という言葉が、朝鮮語にどう翻訳されたのかも、公にされてはいない。
 
 
 
 
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