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講演I
座長 高野 陽
(東洋英和女学院大学教授)
演題 「健やか親子21」と保育所の役割
講師 平山 宗宏(日本子ども家庭総合研究所長)
 
 21世紀に向けた健康づくりの国民運動指針として「健康日本21」が、そしてその母子保健版ともいえる「健やか親子21」が20世紀末に厚生省によって策定された。
 その推進を図る「健やか親子21」の推進協議会(金田一郎会長)も発足し、第一回の全国大会も本年6月に開催された。「健やか親子21」は21世紀の母子保健のビジョンを示すものであって、わが国のこれまでの母子保健の取り組みの成果を踏まえ、残された課題新たな課題を整理し、21世紀の母子保健の取り組みの方向性を提示し、当面初頭の2010年までの目標を設定し、関係者、関係機関・団体が一体となって推進しようという国民運動計画である。
 以下に「健康日本21」の骨子と「健やか親子21」の概要を紹介する。
1.「健康日本21」の骨子
 
 急速な高齢化の進行により超高齢社会が到来する。2006年には65歳以上の高齢者が20%を越え、世界一の超高齢社会になると見込まれている。これに伴って、痴呆や寝たきりになる高齢者が増加し、それを支える社会的負担も増大することが心配される。
生活習慣の見直し =栄養、運動、休養、飲酒、喫煙、歯の保健
危険因子の減少 =肥満、高血圧、高脂血、高血糖→健診等の充実
疾病等の減少 =がん、心臓病、脳卒中、糖尿病合併症、自殺、歯の喪失→健康寿命#の延伸と生活の質の向上
 
健康日本21計画としては、
 (1)普及啓発(2)推進体制整備、地方計画支援(3)保健事業の効率的・一体的推進(4)科学的根拠に基づく事業の推進 により国民の行動変容を期している。
 また、10年後を目途に70項目からなる具体的な目標を決めている。
例)20〜60歳男性の肥満者(BMI25以上)を23.3%→15%以下
 心臓病を男性約25%減少、女性約15%減少、糖尿病を約7%減少、など
#:活動的平均余命(健康寿命)Quality Adjusted Life Year(QALY)
 日本のデータ・1995によると、
65歳 男:平均余命 16.48年(自立期間・14.93年) 女:20.94年(18.29年)
75歳 男: 9.81年(8.23年) 女:12.88年(10.20年)
85歳 男: 5.09年(3.56年) 女:6.74年(4.31年)
 
2.「健やか親子21」
 
 「健やか親子21」は、生活習慣病以外の親子を巡る現在の問題点を総ざらいして対策を考えたものであって、「健康日本21」同様に10年後の目標値を設定して努力目標としている。また、この構想のベースになっているのは、WHOが1986年にオタワ会議で提唱した「ヘルスプロモーション」の考え方である。
 「健やか親子21」は、安心して子どもを産み、健やかに子どもを育てることの基礎となる少子化対策としての意義に加え、少子・高齢化社会において、国民が健康で明るく元気に生活できる社会の実現を図るための国民の健康づくり運動の一環と位置づけている。
 「健やか親子21」の四本の柱は以下の通りである
1)思春期の保健対策の強化と健康教育の推進
 近年、思春期におけるいろいろな問題や事件が目につくが、これはいのちの貴さを子どもに伝え得ていない社会の問題でもあり、わが国社会環境の反映である。思春期保健の問題は乳幼児期の発達体験の影響を強く受けていることを認識する必要があり、わが国では児童精神科医療提供体制の遅れが指摘されている。学校における健康教育、性教育、心の問題を持つ子どもたちへの相談治療体制の強化などが重要である。
2)妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保と不妊への支援
 妊娠、出産に関してもQOLの向上を目指すことが時代の要請であり、妊娠期間中の種々の苦痛や不快感を解消、軽減するための社会的支援が求められている。最近では、安全第一の画一的分娩よりも自然かつ家族が希望する形態での分娩をという要望もある。わが国の妊産婦死亡率はなお改善の余地があり、働く女性への職場での健康支援や産後うつ病などの精神疾患にも対応できる支援体制が必要である。一方、不妊に悩む夫婦への相談体制も充実したい。
3)小児保健医療水準を維持向上させるための環境整備
 わが国の乳児死亡率は世界最低となったが、これらの小児保健水準は心身から育児環境までを含めた健全育成やハイリスク新生児の継続的ケア体制、障害や慢性疾患を持つ子どもへのQOLの向上等、保健・医療・福祉・教育などの連携を含む総合的な取り組みがなされる必要がある。予防接種の接種率の向上、不採算をいわれる小児医療の確保、小児救急医療体制の整備、地方自治体の母子保健サービスのための人材確保を含む理解と体制の維持確立が必要である。
4)子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減
 心の健康は20世紀中に解決し損ね、新世紀に先送りせざるを得なかった問題である。子どもの心は社会環境の変化による影響を強く受けること、心の外傷は長く影響を残し、育児の混乱は次世代にも引き継がれることなどを理解し、妊娠・出産・育児に関する母親の不安を除去し、のびのびと安心して育児を楽しみ、子どもに愛情を注げるようにする必要がある。子どもの豊かな心の発達を育むための取り組みを全国的に総合的に講じることは、21世紀の母子保健上極めて重要な対策である。児童虐待の防止もこの中に含まれる。
 
 これらの各柱ごとに具体的対策案が例示され、また各項日ごとに10年後の目標値を設定して努力することとしている。「健やか親子21」は、国が予算をとって配分するなどの事業ではなく、子どもの心身の健康に関係する各団体が、ボランティア活動を含めて努力していこう、という国民運動である。今後、この構想の内容を踏まえ、国民はじめ地方公共団体、国、関係専門機関、国民団体が連携して、21世紀の健やかな親子づくりを目指した運動を展開することをお願いし、期待したい。
 
3.健康とは、ヘルスプロモーション、心の健康の時代
 
○健康の定義(WHO):
 “Health is a state of complete physical, mental and social well-beihg and not merely the absence of disease or infirmity”
 「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」(1951年官報掲載の訳)
 障害や慢性疾患をもっている子どもにとっての健康は、その持てる能力を十分に発揮できること、十分なQOLが保証すること、自己実現ができること、と考えたい。1998年のWHO執行理事会(総会の下部機関)において、WHO憲章全体の見直し作業の中で、「健康」の定義を「完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、spiritual及び社会的(social)福祉のdynamicな状態であり、・・・」と改めることが議論され、総会の議題とすることが採択された。この提案は、健康の確保において、生きる意味・生き甲斐などの追求が重要との立場から提起されたものと理解される。
○WHOはオタワ会議でヘルスプロモーションの戦略を提唱(1986年11月)
 “Health promotion is the process of enabling people to increase control over, and to improve, their health”
 「自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」
○厚生省・母子保健マニュアル乳幼児健診の健康指向型への方向を示す(平成7年)乳幼児健診も、病気の早期発見早期治療目的から、さらに健康の増進、地域の育児機能の確保までを視野に入れ、疾病指向から健康指向へ前向きの健康づくりを提言。
○東京都学校保健審議会は健康診断を健康教育の良い機会と捉えるよう提言(平成9年)健康教育は子どもたちに健康を理解させるだけでなく、健康のための実行力を持たせることであり、健康診断は健康教育の絶好の機会と捉え、学校長以下全教職員が当たるよう提言。学校保健委員会の活用も提言。
○厚生省は「健やか親子21」の基本をヘルスプロモーションにおいて立案(平成12年)
○21世紀は一次予防に重点をおく時代
 一次予防(健康増進・発病予防)、二次予防(早期発見・早期治療)、
 三次予防(機能維持・快復=リハビリテーション)
4.少子化社会における育児不安の増大
 
○赤ちゃんとのつき合いに不慣れな親の増加
・きょうだいが少ない、親戚・近所づきあいが薄くなった→子守の経験がない不慣れな育児→育児不安になりやすい
・親性育成が必要→学校での縦割り活動、地域での子ども会活動、→年齢の異なる子ども同士で面倒見たり見られたりの経験を
・保健福祉体験学習(厚生省補助金による市町村事業) →思春期の中高校生に赤ちゃんにふれる経験を持ってもらう
・三つの健康を重視したい=身体の健康、心の健康、社会性の健康、体力、運動能力、身のこなし、優しい心、思いやりのある心、気力、など
○地域みんなの目で子どもたちを守り育てよう/地域の育児機能を取り戻そう
5.児童虐待防止は地域における育児支援から
 
 児童虐待(疑わしい場合を含む)に気づいた時の児童相談所への通告義務は児童福祉法に定められているが、児童虐待の予防等に関する法律の制定によりさらに明確化され、気づきやすい職種(医師、教師、保育士、保健婦、看護婦等)はとくに注意するよう要望されている。守秘義務は児童相談所にある。
 しかし、通告があってからでは遅すぎるケースもあり、地域の中で育児不安や親の未熟性などのハイリスク家庭に気づき、平生から育児支援をして虐待に至らせないことが最も重要である。すなわち児童虐待対策も一次予防に努めたい。
参考資料:
1.少子化対策推進基本方針(関係閣僚会議決定:平成11年12月)
前提:
[1]結婚や出産は当事者の自由な選択に委ねられるべきものである
[2]男女共同参画社会の形成や次代を担う子どもの心身ともに健やかに育つことができる社会づくりを旨とすること
[3]社会全体の取り組みとして国民的な理解と広がりをもって子育て家庭を支援すること。
基本方針:
[1]固定的な性別役割分業や職場優先の企業風土の是正
[2]仕事と子育ての両立のための雇用環境の整備
[3]安心して子どもを産み、ゆとりをもって健やかに育てるための家庭や地域の環境づくり
[4]利用者の多様な需要に対応した保育サービスの整備
[5]子どもが夢をもってのびのびと生活できる教育の推進
[6]子育てを支援する住宅の普及など生活環境の整備
2.新エンゼルプラン(大蔵、厚生、文部、労働、建設、自治の6大臣の合意:同上)
[1]保育サービス等子育て支援サービスの充実
・低年齢児の受け入れ枠の拡大
・多様な需要に応える保育サービスの推進
 (延長保育、休日保育、乳幼児健康支援一時預かりの推進、多機能保育所整備など)
・在宅児も含めた子育て支援の推進(地域子育て支援センター、一時保育、ファミリー・サポート・センター、放課後児童クラブ等の推進)
[2]仕事と子育ての両立のための雇用環境の整備
・育児休業制度の充実(育児休業を取りやすく、職場復帰をしやすい環境の整備、育児休業給付引き上げ25%→40%、代替要員確保・原職復帰に助成金、等)
・子育てのための時間確保の推進等子育てしながら働き続けることのできる環境整備電話相談(フルフル・テレフォン事業=子育てサービス等)、事業主への補助など
・労働時間の短縮(年間総実働時間1,800時間の達成・定着を)
・子どもの看護のための休暇制度の検討
・出産・子育てのために退職した者に対する再就職の支援
[3]働き方についての固定的な性別役割分業や職場優先の企業風土の是正
[4]母子保健医療体制の整備
・国立生育医療センターの整備
・総合周産期母子医療センターを中核とした周産期医療ネットワークの整備
・小児救急医療支援の推進
・不妊専門相談センターの整備
[5]地域で子どもを育てる教育環境の整備
・体験活動等の情報提供及び機会と場の充実
・地域における家庭教育を支援する子育て支援ネットワークの整備
・学校において地域の人々と交流し、様々な社会環境にふれられる機会の充実
・幼稚園における地域の幼児教育センターとしての機能の充実
[6]子どもたちがのびのび育つ教育環境の実現
・学習指導要領等の改正(自ら学び自ら考える力など「生きる力」の育成)
・完全学校週5日制(平成14年度から)
・高等学校教育の改革及び中高一貫教育の推進(総合学科、単位制高校など)
・子育ての意義や喜びを学習できる環境の整備(子どもの発達の学習、幼児とのふれあい体験学習、保育・介護体験を推進)
・問題行動へ適切に対応するための対策の推進
[7]教育に伴う経済的負担の軽減
・育英奨学事業の拡充
・幼稚園就園奨励事業等の充実(第2子、第3子について負担軽減、3年保育推進)
[8]住まいづくりやまちづくりによる子育ての支援
・ゆとりある住生活の実現
・仕事や社会活動をしながら子育てしやすい環境の整備(職住近接型市街地など)
・安全な生活環境や遊び場の確保
3.文部省・中央教育審議会報告「幼児期からの心の教育の在り方について」(平成10年7月)
 
 この報告書は、国民に対して呼びかける文体で書かれており、しつけは親・家庭で、地域は親子を支援するよう要望している。要点は以下の通り。
○未来に向けてもう一度我々の足元を見直そう
・生きる力を身につけ、新しい時代を切り拓く積極的な心を育てよう
 生きる力=自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考える力、正義感や倫理観等の豊かな人間性、健康や体力
○もう一度家庭を見直そう
・家庭の在り方を問い直そう
・悪いことは悪いとしっかりしつけよう
・思いやりのある子どもを育てよう
・子どもの個性を大切にし、未来への夢を持たせよう
・家庭で守るべきルールをつくろう→家庭での年中行事などを大切にしよう等
・遊びの重要性を再認識しよう
 自然の中で伸びやかに遊ばせよう
 心の成長をゆがめる知育に偏った早期教育を考え直そう
 子どもの生活に時間とゆとりを与えよう
・異年齢集団で切磋琢磨する機会に積極的に参加させよう
○地域社会の力を生かそう
・地域で子育てを支援しよう
・異年齢集団の中で子どもたちに豊かで多彩な体験の機会を与えよう
 自由に冒険遊びのできる遊び場をつくろう、地域の行事等の体験の機会を広げよう
・子どもの心に影響を与える有害情報の問題に取り組もう
○心を育てる場として学校を見直そう
・幼稚園・保育所の役割を見直そう
 →家庭と連携して道徳性の芽生えを培う、動植物の飼育・栽培、地域行事への参加、幼児キャンプなど自然体験プログラム、親の保育参加、未就園児の体験入園など
・小学校以降の学校教育の役割を見直そう
4.厚生省・中央児童福祉審議会「今後の児童の健全育成に関する意見」
 ―子育て重視社会の構築を目指して―(平成10年)
 
 児童による犯罪・非行が増加しつつあり、大きな社会問題となっている。こうした状況は現代の大人社会の病理の反映であり、また、親としても根気強く子育てに取り組む余裕を失っていることが大きな要因。こうした事態はこれまでの子育てのあり方に関し、家庭、学校、企業等社会全体に根本的反省と新たな対応を迫るもの、として意見をとりまとめた。
・父親の子育て参加の促進
・子どもの家庭活動への参加
・企業における子育て支援
・地域における児童の育成環境の整備
・入所施設における児童の自立支援
・関係機関との連携
・児童の福祉に関する民間ボランティア活動の支援
・出版・映像分野における自主規制等
 厚生省と文部省は、関係担当者会議を開き、現在も子ども家庭を巡っての協力体制はよい。








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