春日野(かすがの)(復元)
(三下り) 春日野の、若紫の摺衣、忍ぶの乱れ、限り知られぬわが思ひ、置く露は、しづごころなき秋風に、移ろうふ色の濃紫、花紫の萩が枝に、乱れ乱るる心のつらさ、
その(本調子)操りことのまたの夜に、きみならで、よんよん余所にはさんへ、色はうつざじさんへ、紫の色に心はあらねども、深くぞ人を思ひそめ、かひも渚に我が袖しほる、ひとめ人目忍ぶの我が通ひ路に、舟にうち乗り、お敵たちは来ぬかの、浮き名を乗せて、幾たび思ふ宿の首尾、とは思へども、ただ一筋に、この訳知らぬ人ならば、たとひ万にいみじきとても、玉の盃手にふれよ、しやんとさせ、底はいよいよ知られねど、きみに逢夜は待乳山、
(二上り) 手につみて、いつしかも見む紫の、ねに通ひゆく転寝に、君の君のあふせには実とは見えぬへ、しんぞこの身は、しんぞこの身は涙もろふて、憂ひぞ辛ひぞ、枕も浮くばかりへ、わけのわけのよひには、いよほださるるヘ、しんぞこの身は、しんぞこの身は、涙もろふて、憂ゐぞ辛ひぞ、枕も浮くばかりへ。