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御遺体は 私の第二の生みの親
 長谷川 毅
 医学部に入学して最初に意識したのはやはり解剖学実習についてでした。私は今まで人が亡くなる場に居合わせたことがなく、御遺体に接する機会もありませんでした。そのため自分がいったいどう感じ、何を考えて実習を行うのか想像することができませんでした。
 そして初日、実習室に入るまで非常に緊張していたことを覚えています。しかし、扉を開け実習室に入っていくと不思議と心が落ち着いていくのを感じました。どうしてなのかは今でもわかりません。緊張感がなくなったわけではなく、不思議な感じでした。全員で黙をし、御遺体の上にかけられた白いシーツを取り去り、実習が始まりました。正直言いますと、最初御遺体の御顔を直視することができませんでした。
 毎日実習が進んでいくうち、ふと御遺体の御顔を拝見した時、「なんて優しくおおらかな御顔で眠っておられるんだろう」と私は思いました。そしてそれはあたかも子供を見守る親のような御顔でした。
 初めて御遺体に出会い、メスを入れた瞬間に「自分は医者になるんだ」と本当に実感したのを、三ヶ月たった今でも鮮明に覚えています。この時が私達が医学生として誕生した瞬間だと思います。大げさな言い方かもしれませんが、御遺体は私の「第二の生みの親」と言えるほどに私にとって大きな存在です。学生のうちはもちろん医師になってからも厳しく、また暖かく私のことを見守っていてくれると思います。思えば初めて実習室に入ったときの不思議な感じは、このような優しさに包まれたことを肌が感じとったのかもしれません。
 自分がいかに多くの人々に助けていただき、多くの人々の期待を受けているのかを実感することができました。初心を忘れず精進していきたいと思います。暖かく見守っていて下さい。








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