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(2) 物質循環の円滑さを示す項目
 
(A) 滞留時間と負荷に関する指標(物循−1:負荷と海水交換の関係をみる項目)
 流入負荷量や流入淡水量の詳細調査を行う。一次検査では、既存のデータを用い、簡便的に評価を行ったが、二級河川や処理場等の排水・負荷量等を調査し、より正確に淡水の平均滞留時間および負荷量を算定した上で、再度C0の評価を行う。評価には一次検査の基準値を用い、基準値を下回るようならば“健康”と診断する。
 
(B) 潮位振幅の推移 (物循−2:海水交換をみる項目)
 潮位振幅の減少の一要因として、湾外からの入射波の減少が考えられる。近年問題となっている地球温暖化により全球的な水面の上昇が報告されているが、これに伴い全球的な潮汐振幅の減少が起きている可能性がある。そのため、該当する海湾の外側で、比較的閉鎖性の弱い(外洋に面した)地域での検潮所データを調査し、そこの潮汐振幅の変化と該当する海湾内の潮汐振幅の変化を比較する。変化傾向が同じである場合には、海湾内に問題がある可能性は小さいと判断して、この項目については“健康”と診断する。
 
(C) 透明度(物循−3:基礎生産をみる項目)
 一次検査では、透明度の長期的なトレンドをみて変化していない場合のみを“健康”であると評価した。これは東京湾のような富栄養化の進んだ海域で、長期的にみて透明度が上昇している場合についても“不健康”と評価され、二次検査に進む場合のあることを意味している。ここでは、富栄養化が進行している海湾で長期的に見て透明度が上昇し、「物循−4」の評価が“健康”であった海湾については、この項目について“健康”であると診断する。
 
(D) プランクトンの異常発生(物循−4:基礎生産をみる項目)
 赤潮の1件当たりの発生日数や赤潮構成プランクトン種、赤潮による漁業被害等の詳細調査を行い、赤潮の海湾に対する影響度合いを見積る。漁業被害がなく、水産関係者にとって有害ではないことが明らかであり、かつ「物循−3」の評価が“健康”である場合には、海湾の基礎生産に異常をきたしているわけではないと判断して、“健康”と診断する。
 
(E) 底質環境(物循−5:堆積・分解をみる項目)
(i) 底質の化学分析
 底質の化学的な分析を実施する。分析項目はCOD、T-N、T-P、強熱減量、硫化物、粒度組成である。化学分析項目で基準値を超える等、高い値が検出されたときは、底質環境の悪化が明らかであるので、精密検査に進む。
(ii) 生物調査および粒度組成調査
 底泥中の生物調査と粒度組成調査を実施する。詳細な生物調査の結果、ごくわずかの貧毛類やヨツバネスピオなどの強内湾性汚濁指標種しか出現せず、粒度組成調査結果においてシルト分が大半を占めるような場合には、無生物化が進行していることが明らかであるので、精密検査を行う。
 
(F) 底層水の溶存酸素濃度(物循−6:堆積・分解をみる項目)
 【生態系の安定性】の評価項目と同様の考え方で、0.5mg/L以下の無酸素比率(無酸素域の面積比率)が現れる月数(ここでは無酸素状態となっあ出現する月数)が1年間のうち何ヶ月であるかを計数した。計数結果例を図II-27に示す。
 この例から、東京湾において無酸素水塊が現れる期間が多く、継続的に、1年のうち半年程度は無酸素水塊が生じていることがわかる。
 伊勢・三河湾に関しては、【生態系の安定性】の評価項目で検討したように、貧酸素比率が50%を超える期間は3ヶ月程度続いており、東京湾と同じレベルであったが、無酸素水塊に関しては、東京湾より大幅に少ない結果となっている。
 大阪湾は1980年代には夏季の1ヶ月程度は無酸素水塊が現れていたが、近年は見られなくなっている。
 周防灘と有明海に関しては、無酸素水塊はほとんど見られていない。
 ここでは、無酸素水塊の発生が1年のうち1ヶ月以下であり、「物循−5」が“健康”であると診断されている場合には、“健康”であると診断する。
 
(G) 底生系魚介類の漁獲推移(物循−7:除去をみる項目)
 この項目は“除去”について評価する項目であるため、底生系魚介類の漁獲減少においてどのような理由が背景にあるにせよ、除去量が減少しているのであれば、“不健康”と診断し、精密検査を行う。したがって、再検査は行わない。
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図II-27 1年間のうち無酸素率が0%を超える月数
図中のグラフで数字がない年は欠測年を示し、( )内の数字は12ヶ月のデータが揃わない年を示す。
 
 
2.3.2 精密検査
(1) 生態系の安定性
 海湾の生物構成比が大きく変化している、もしくは安定した生態系ならばいるべき種がみられなかったということは、その海湾の生態系が不安定な状況にある可能性を示唆している。この場合、対象海湾の生物組成に影響を与える生息空間と生息環境について詳細な調査を行う。
 
(A) 生物組成(分類群毎の漁獲割合の推移(生態−1))
 再検査において特定した魚種の変化要因を推定し、精密検査を実施する。
 養殖藻類については、他の生物と異なり、自然の生物構成要員と位置付けることに問題が残る。特に、その漁獲高(=資源量)の増加が、生息環境の良好さや生態系の安定さを示すものではなく、逆に生態系を不安定にする要因になりうることに注意が必要である。
(i) 生息環境
 水質については、公共用水域水質測定結果や浅海定線調査結果等既存の調査結果が利用できる場合は、それらを用いて対象魚種の変動との関係を調査する。利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。この場合、魚介類の生態と関係があるとされる水温、塩分、pH、DO、COD等の項目について年間を通した調査を行う。藻類の生息環境については、藻類の成育に関係するとされている水温、光、栄養塩、流動について調査を行う。
 対象魚種が底生系魚介類であった場合は底質調査も行う。底質については、粒度組成、有機物含有量、酸素消費速度実験等について主に夏季を中心に調査を行う。
 測点の配置は、水平方向には対象魚種および藻類の生息域内(貝類の場合は生息場とその沖合い)を網羅するように設定し、鉛直方向には最低でも上中下の3層設定する。また、「生態−5」の結果を参照し、有害物質による汚染の履歴についても調査を行う。
(ii) 生息空間および利用空間
 干潟や藻場等生息空間および生活史のある段階で強く依存する利用空間の変動については、一次検査の「生態−3」で用いたデータを参照し、対象魚介類の変動との関係を調査する。
 藻類の生息空間については、藻類の付着基盤等の変動を調査する。
(iii) 餌環境
 餌環境については、対象魚種の生活史における餌量源を調べ、その量、有効性等について調査を行う。具体的には動・植物プランクトン、小魚、デトリタスの量やサイズ、他の競合種との関係について調査する。
(iv) 漁業被害
 赤潮・貧酸素水塊等による漁業被害については、各県の水産試験場等が有する既存資料を用いて過去に遡り調査を行う。
 
(B) 生物組成(生物の出現状況(生態−2))
 再検査で行った定量的な調査結果から、出現した生物を食性毎に分類して、「何を食べている生物がいないのか」を明らかにする。一方、特定の生物が優先的に繁殖していることなども、海湾の不健康の一因であることが考えられるため、「何が増えすぎているのか」についても調査する。調査対象とする生物および結果のまとめ方の例は、以下の表II-11に示すとおりである。
表II-11 精密検査における調査対象生物
  動・植物プランクトン ベントス 海藻類
マクロ メガロ 付着生物
砂浜 - - - -
干潟
(付着珪藻)
人工護岸
海底 - - - -
 
表II-12 再検査で出現した生物のまとめ方の例(磯場の精密検査の例)
生物分類 生物種名 餌量


懸濁物中の
有機物
堆積物中の
有機物




動物
プランクトン
植物
プランクトン



植物プランクトン 植物プランクトンA                
植物プランクトンB                
植物プランクトンC                
動物プランクトン 動物プランクトンA                
動物プランクトンB                
動物プランクトンC                
マクロベントス フジツボA            
フジツボB            
カサガイA                
カサガイB                
カサガイC                
巻貝A            
巻貝B                
付着生物 巻貝C                
巻貝D              
イソギンチャクA                
イソギンチャクB              
イソギンチャクC              
メガロベントス ウニA                
ウニB                
節足動物A                
カニA            
カニB            
カニC            
海藻 海藻A                
海藻B                
海藻C                
 
 再検査によって出現した生物を食性で分類することにより、低次の食物連鎖構造のどこが悪化しているのかを調べる。表II-12には出現した生物が何を食べているかが網羅的に表示でき、食物連鎖のどの部分が欠損しているのかが理解できるようになっている。
 また、この項目における“不健康”の原因としては、生息環境の悪化、生息空間の不安定化、生物間同士の競合(外来種増殖による在来種の駆逐、死骸による汚濁化、特定生物の突発的増殖による摂食圧など)などが挙げられる。
(i)生息環境
 生息環境として水質調査を行う。公共用水域水質測定結果や浅海定線調査結果等既存の調査結果が利用できる場合は、それらを用いて対象生物との関係を調査する。利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。その場合は海水の栄養塩濃度や底質調査項目(COD・T-N・T-P・強熱減量・粒度組成)を測定する。現地調査は年間を通じて行うことが望ましい。また、「生態−5」の結果を参照し、有害物質による汚染の履歴についても調査を行う。「生態−5」が再検査においても“不健康”であると診断された場合は、現地調査を行い、底質中の人為由来の有害物質や生物体に蓄積が考えられる有害物質濃度(ダイオキシン、カドミウム、鉛など)を測定する。現地調査は年1回程度行うことが望ましい。
(ii)生息空間
 人工護岸には生物の生息の場となるような工夫が施されているか、砂浜の砂の安定性に問題はないか、車両等の侵入など人為的な擾乱の有無について調査する。
(iii)生物的要因による異常
 ムラサキイガイなどの外来種は、天敵もいないことやその生産速度の早さから優占的に増殖する。その後、自らの重量で基質から剥がれ落ち、海底で腐って結果的に海を汚す。このように、特異的に増殖している種が確認されたときも、生態系の安定性を損なう可能性があるのでその生態について調査する。対象生物に関連する既存資料が利用できる場合はそれらを用いて関係を調査する。利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。その場合、対象生物の生活史を調査し、飼育実験などによって増殖速度、摂餌速度を分析する。
 しかし、しばしば起こる突発的な生物の増殖現象などは、自然の治癒能力の一面であるといった可能性も示唆されているので、そのような場合は生物的にも化学的にも多角的な調査や検討が必要である。
 
(C) 生息空間(藻場・干潟面積の推移(生態−3)、海岸線延長の推移(生態−4))
 藻場・干潟・自然海岸線が減少しているということは、その場に生息する生物の減少と、生活史の一部としてその場に依存する生物の減少も示唆し、生態系を不安定にする要因となり得る。また、近年明らかになってきた水質浄化機能の減少についても懸念される。
(i) 人為的改変の履歴
 埋立て等人為的改変の内訳・面積を経年的に整理する。
(ii) 潮位振幅および平均水面
 潮位振幅の変動については、一次検査の「物循−2」の調査結果を参照する。また、平均水面の変動によっても干潟面積が変化するため調査を行う。データは、「物循−2」で用いた朔望平均満潮位と朔望平均干潮位の平均をとって平均水面とした。図II-28に各海湾ごとの平均水面の変遷を示す。これから、長期的な海面昇降の傾向が見て取れる。主な特徴としては、有明海の全ての検潮所および大阪湾の大阪検潮所で海面上昇が顕著な点である。有明海の各検潮所では10〜20cm程度の海面上昇がみられる一方、大阪では50cmにもおよぶ著しい海面上昇がみられた。
(iii)土砂供給および侵食
 河川からの土砂供給量の減少および沿岸流動の変化に伴う場の消滅については、既存の知見を用いる。
(iv)藻類の生息空間
 藻類の生息空間については、藻類の付着基盤等の変動を調査する。
(v)藻類の生息環境
 生息環境については、藻類の成育に関係するとされている水温、光、栄養塩、流動について調査を行う。公共用水域水質測定結果や浅海定線調査結果等既存の調査結果が利用できる場合は、それらを用い、利用できる調査結果がない、もしくは不足している場合は、現地調査を行う。測点の配置は、水平方向には対象藻類の生息域内を網羅するように設定し、鉛直方向には対象藻類の生息層まで多層に設定する。
(vi)磯焼けや食害
 磯焼けや食害等に伴う藻場の消滅については、原因究明のための調査を行うが、磯焼けの原因については、未だに諸説あり明らかになっていないのが現状である。食害についても、食害生物の異常発生等、原因を究明することが困難な場合がある。
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【データ出典】
有明海以外: JODCホームページおよび気象庁潮位表
有明海 : 1970〜1972 気象庁データ
      1973〜1996 気象庁「潮汐概況」
      1996〜2000 気象庁「潮汐観測原簿」
注) ここでの平均水面とは朔望平均満潮位(H.W.L)と朔望平均干潮位(L.W.L)の平均を示す。
図II-28 海湾ごとの平均水面の経年変化
 
 
(D) 生息環境(有害物質(生態−5))
 有害物質が存在するということは、海湾に生息する生物の生息環境が悪化しており、その存続が危機的状況にあることを意味する。
 一次検査で不健康の判定の原因となった物質について、海域および河川域の水質、底質、生物における有害物質調査を行う。また、有害物質発生源(大気、河川、処理場排水、船起源、構造物起源等)についても調査を行う。水質については、通年調査を行い、底質および生物調査は任意の時期に年1回程度調査を行う。
 
(E) 生息環境(底層水の溶存酸素濃度(生態−6))
 海湾内の調査点の過半数で貧酸素(3ml/L以下)が観測されているということは、底生系生物の生息にとって深刻な環境悪化が生じていることを意味する。
富栄養化海域における一般的な状況としては、成層する夏季に上層からの酸素供給量が減少し、底層での貧酸素化を招くことが知られている。これは、植物による基礎生産が可能な生産層が躍層より上に位置するか下に位置するかによって貧酸素化の進行を大きく左右する。富栄養化の進行した海湾では、透明度が低く生産層も薄くなっていることが多い。そのため、生産層は躍層より上に位置し、上層では酸素過飽和、底層では貧酸素状態になってしまう。また、富栄養化海域では、異常発生したプランクトンの死骸や排泄物等が底層に堆積し、その分解過程で酸素消費が増大し、貧酸素化をいっそう早めている。さらに、底層が貧酸素化することにより、底生系生物が減少し水中の懸濁態有機物や堆積物の除去能力が減少するため、貧酸素化しやすくなる“負のスパイラル”現象が生じることもある。
 溶存酸素濃度は、生物の生息環境の重要な要因であるが、貧酸素化の原因については上記のように湾内の物質循環を調査しなければならない。このため、ここでは、湾内溶存酸素濃度の詳細調査を行い、原因の究明については、【物質循環の円滑さ】の底層水の溶存酸素濃度における精密検査を行う。
(i)溶存酸素濃度の詳細調査
 一次検査および再検査で把握した、対象海湾における貧酸素化がもっとも深刻な時期を選び、溶存酸素濃度の詳細調査を行う。調査点は既存のデータから貧酸素化が恒常化している海域を中心として任意の点数を配置し、鉛直方向に連続観測を行う。








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