◎神々の住まい◎
今日見ることのできる祠廟は、ここ20年間あまりの間に、改築されたものである。多くの改築が改革開放政策の後に、中国大陸を自由に行き来できるようになった華僑・華人の寄付により実現した。
被害が最も少なかったのは石獅王である。彼らの住まいが最も小さい。幅、高さ、奥行きが40センチ足らずの獅子が納まることのできる小さな祠である。文化大革命の時は、漆喰で塗り固めて見えないようにしたそうだ。近年、片流れの屋根を付けたものも散見できる。獅子の前には香炉が置かれ、線香が上げられるのである。獅子にも生誕日があり、廟会が開かれる。建物がない石獅王の廟会は、路上がその舞台となる。
現在、厦門において回復している祠廟のうち、最も多いのは、中庭のない一つの建物からなる小規模なものである。こうした祠廟の壁や柱はかつての遺構である。装飾が施されていたことによって、破壊の激しかった屋根は架け直されている。しかし、当時のまま復元されていることはない。以前は、前面街路にも屋根が架けられていたが、現在では単に切妻の屋根が架けられているに過ぎない。かつては前面街路に半戸外の空間が設けられていたのだ。
このような祠廟では、神像は室内の後方に置かれる。門と対峙する中央に置かれるのが、その祠廟の主である主神である。主神だけが祀られることはなく、ほかにも配神と呼ばれる神々が両脇を取り囲む。一般的に、神々は中案卓と呼ばれる長方形のテーブルに祀られる。中案卓の前には、八仙卓と呼ばれる正方形のテーブルが配され、香炉や供え物が置かれる。八仙卓の手前にある小さな椅子のようなものは、人々が祈
する時にひざまずくためのものだ。また、街路には紙銭を燃やすひょうたんの形をした炉がある。(写真[9][10])
写真[9]中案卓と八仙卓
これは同安の媽祖廟のもの。ここでは、八仙卓に媽祖の新しい神像が置かれている。この背後に、元々の媽祖の神像が祀られている。普通、媽祖の神像は顔がうっすらと紅いが同安の媽祖は顔が黒い
写真[10]紙銭を焼くための炉