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新老人の生き方に学ぶ[9]
私の挑戦
―超小型飛行機免許の取得を80歳から―
小林 弘人(小樽)
 一生の仕事を離れた時の淋しさは、持っている趣味が多いほうが、その淋しさを紛らわしてくれるように思います。
 私がなかなかかなえられなかったことは、自分で空を鳥のように飛ぶことでした。なぜか子供の頃から飛行機が好きで、竹と紙で懸命につくった模型を飛ばし、やっと飛んでくれた姿がとてもいとおしかったことを、大森海岸のにおいと共に、今でも覚えています。
 あこがれの北海道へ居を移してからもう8年になります。4年前、偶然に残雪の石狩河口の空を、なつかしいエンヂンの音を響かせ、小さな機体が飛んでいる姿を見かけました。「オッ」と、その着地地点まで追いかけて、クラブ組織を知り、年齢制限を心配しながら申し込むと、「やってみますか」というリーダーのことばに、すぐ入会しました。ウルトラライトプレーン(超小型飛行機)の免許取得まで80歳からの挑戦第一歩です。航空力学、法規、航空気象学、構造、性能などの基本を、昔を思い出しながら本と首っ引きで勉強し、納得できないことはJALの友人に教えてもらったりもしました。働き盛りのもちろん飛行機野郎のメンバーとの仲間づきあいも楽しいことでしたが、とても彼らの習熟の早さにはかないませんでした。しかし、訓練に飛び立ちました。プロペラ、エンジンの鼓動、風の手応え、それらはこの機体でなくては味わえない「鳥のように飛ぶ」感動を与えてくれます。この機体は、飛行原理そのものがむき出しで構成されており、分解組み立ても自分の目と手で充分に確かめて納得して飛び立つので、信頼する教官の存在もあって、初めから不安や恐さはありませんでした。広々とした北海道は、思わざる人生の夢の一つをかなえてくれました。
もう1つの挑戦
 一昨年、思いがけず病気で妻を亡くしました。その悲しみは体験者でなければ分からない深いものです。と同時に、生活の「活」の部分に、大きな空白が生まれました。生活技術に無知で、細かいことが分からず、それが「何か空しさ」の原因の一つだろうと考え、何もかも一人でやってみることにしました。それまでも外回りの力仕事はやってきましたが、買い物からはじまる食事、その他の細かい仕事が、土曜日曜に関係なくあります。あたりまえですが、する方は大変です。それまでは、身にしみて分かりませんでした。しかし挑戦してみると、発見の楽しみもあります。よい家庭を築き、それに存分に愛情をそそぎ、維持していくこと、それは地味ではありますが、人間が一生をかけるに値する仕事だと思うようになりました。そして外に出かけて働く人は、男であれ、女であれ、若いうちから家事を分担することで、お互いに理解が深まり、感謝の気持ちもわいてくるでしょう。元気な老人が立派に家を、家族を守って生活していくことも生産的な生き方の一つだと思えるのです。
 飛行機の操縦で大切なのは、ソフトランディングです。人生の終焉もそうありたい。そしてその静かな滑らかな着地のためにはやはり勉強とエネルギーが必要なのだと思います。
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