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III 援助者の心得
 うつ状態に陥っている人に対して,どのような姿勢が求められるのでしょうか。ここでは効果的な援助者の心得についてお話ししたいと思います。
1.援助者の姿勢
 効果的な援助者というのは,共感できる人だということです。昨今,カウンセリングがブームのようになっていて,共感という言葉もよく使われていますが,共感するということはもって生まれた性格ではないということです。もって生まれた性格が共感的だと思われる人が,必ずしも共感できる人ということではありません。それはどういう意味かといいますと,共感というのはトレーニングされてつくられるものだからです。この点で非常に誤解があると思います。
 [1]共感は同情ではない
 共感についてお話ししたいのですが,まずそうではないという意味では,共感は同情ではないということです。同情に含まれているニュアンスは,相手を弱者として見るということです。これは共感ではありません。共感というのは,相手を弱者として見るのではなく,傷ついて悩んでいる人への深い感情です。英語では,“respect(敬う)”という言葉をよく使いますが,深く相手を敬う心です。自分が健康な人間で相手が悩んでいる病人なのだというように相手を弱者として見るのではないということをしっかりと弁えなければなりません。
 では何なのかといいますと,それは心理学的な用語ですが,感情移入ができる人ということです。相手が悩み,苦しみ,傷つき,もがいている感情の中に,自分というものが入っていくことができるということです。その目的は何なのかといえば,相手を理解するためです。理解するというのは,病んでいる人,傷ついている人は,本当に理解されたときに癒しを体験するからです。それが共感です。共感の中には,すでに癒しというものが含まれているということです。これが非常に大事です。共感できるようになるということは,非常に高度なトレーニングが必要です。
 [2]援助者としての決意をもつ
 効果的な援助者の心得としての第2は,援助者としての確固たる決意をもっているということです。
 私のところに見えるクライアントから共通して聞くことは,援助者の態度があまりにも中立的だということです。援助する側がメンタルヘルスの専門家であるのに,本当に自分自身の問題に興味をもち,そしてそれを本気で癒していくプロセスを援助してくれるという覚悟が伝わってこないというのです。
 効果的な援助者は,どんなに困難な問題や困難なクライアントであっても,たとえ自分は完全ではないとしても,その援助者のできる範囲をしっかり援助していくことです。そしてその援助者のできない領域は,別の人に委ねればいいのです。しかし自分のできる領域についてはしっかりと援助していくという決意が伝わると,そこからクライアントは希望が出てくるのだということです。
 [3]傾聴する
 第3は,傾聴です。積極的傾聴ということです。援助の道具は,話すことと,聞くことですが,人間の傾向としてはどちらかというと話すことを好みます。しかし,私たちの口は1つですが,耳は2つです。
 では聞くということの意味は何かというと,相手の問題に対してしっかりと向き合うということです。相手に受け止めているというメッセージを伝えることです。話しているということは,こちらの問題はどうでもよくて,自分のことのほうが大事だというメッセージです。ここからは癒しは生まれてこないのではないでしょうか。聞くということは,問題をきちんと受け止めているということです。しかし,多くの人たちはそれを受け止めたくないのです。受け止めきれないために,話しこんでしまうのです。
2.援助者の基本的ルール
 さて,援助者の基本的なルールについて触れておきましょう。決してしてはならないことですが,それは“安易な慰めをしてはならない”ということです。これは何を意味するかといいますと,その人の問題を理解しようとしない,理解していないということだからです。相手もそれからは自分が理解されているというフィーリングをもつことがむずかしいのです。そこからは癒しは生まれてこないということです。
 そして,“クライアントに近づきすぎてはならない”ということです。近づきすぎて逆効果になることは非常によくあることです。はじめは積極的に援助する。夜でもいくらでも電話で相手をしたりするのですが,それが何日もつづくと恐ろしくなって,混乱してくる。それは水に溺れている人の中に,泳げない人が飛び込むようなことです。近づきすぎても決して援助にはならないということを胸に刻んでおくことです。
 沈黙はある意味では非常に大事な“時”なのですが,なかなかそれに耐えられずに,どうでもよいような質問をしたりして,沈黙を破ろうとします。しかし,それはしてはいけないのです。なぜかといいますと,うつの人はどうでもいい質問には興味がないからです。沈黙を破らないで,その人がある意味では相当考え,絞り出すように“言葉を発するのを待つ”ことです。うつの人は,黙っていることはそれほど苦痛ではないのです。援助者がそれに耐えられなくなって,天気のことを話したり,家族のことを話したりしますが,それはよくないことなのです。
 また,うつそのものに関して早急に“意味づけしたり,解釈してはならない”ということも大事なことです。たとえば妻を亡くした夫に,「あなたは奥さんを亡くしたのでうつになっているのですよ」と言ったとします。おそらく早い段階には,そのようなことが何度も言われていると思います。援助者からまた繰り返して言われるとうんざりしてしまうでしょう。そのような場合でも,必ずしも妻を失ったがゆえにうつになっているとは限らないことはたくさんあります。妻を失ったこと以外にたくさんの問題に気づき,うつになることもあるのです。
 では,どういうようにすべきなのでしょうか。
3.援助者のなすべきこと
 [1]フィーリングを合わせる
 援助者はその人のうつのフィーリングに合わせて,それについて検討していくことです。どういうことかといいますと,今うつの状態にあるといっても,さまざまのフィーリングがその中にはあるのですが,どのようなフィーリングなのかということを正確に把握していく努力をするということです。自分の今感じているフィーリングがどんなものであるかが正しく理解され,把握されますと,そのときにその人の癒しが生じてくるのです。うつの人は,今,自分が感じているフィーリングに焦点を合わせてそれについて話したいのです。それを上手にとらえて,そこに焦点を合わせながら話を進めていく,援助をしていくということです。
 [2]聞く
 第2は,先ほども言いましたが,聞くことに最大の関心をもつということです。
 [3]依存を受け入れる
 第3は,クライアントの依存を受け入れるということです。うつ的な人というのは依存したいのです。その依存を受け入れてあげるということです。例えば,うつの人は,次に会いたいということをストレートに言わずに,「先生,次も来たほうがいいでしょうか」と聞きます。そのとき,「来たかったらどうぞ」と言うと,相手はその依存が受け入れてもらえないので,ある意味ではまたそこで喪失を感じてしまうことになります。そのときに「次週の何日何時に約束しましょう」という形で,その依存を受け入れてあげるということが非常に重要なことなのです。
 対応の仕方については,ある立場の人は,「あなたがもし来たかったら」という言い方をしてしまうことがありますが,このような場合にはあまりそれは得策ではないということなのです。ですから,みなさんも「このときにお会いしましょう」と,その依存をはっきりした形で受け入れてあげてください。
 [4]事実を強調する
 第4は,現在感じているうつのフィーリングは,フィーリングであって,事実ではないということを強調することです。うつの人は,ある意味ではさまざまな色彩で彩られてはいないのです。感情が落ち込んでいますから,周りの色彩がなくなり白黒のような光景になっています。それは事実ではなくて,あなたの感情が周りの世界を歪めているのだということを強調してあげることです、
 そして必ず気をつけなければならないことは,自殺をほのめかすような症状には非常に注意するということです。たとえ本当に自殺に至らなくても,自殺願望や仕草などは真剣に受け止める必要があります。そして,もしそのような徴候が見えたら,素早く適切な方法をとるということです。家族に連絡することも大事でしょうし,あるいは病院に行くことを勧めることです。
 [5]過去を聞く
 第5は,過去にうつになったことがあるかどうかを聞いてみることです。もしあれば,そのときの治療とか,その治療の効果はどうであったかを聞いてみます。過去に受けた治療で効果があったのであれば,その治療で回復していく可能性が大きいともいえるからです。必ずしも同じではないかもしれませんが,可能性はあるからです。
 [6]家族歴を聞く
 第6は,家族でうつ的傾向の人がいるかどうかを聞くということです。うつには,はじめに説明したように遺伝的な要素があります。家族にうつの人がいれば,その人と同じような可能性があるということを疑うことも大事なことだと思います。
 [7]援助のリソースを確認する
 第7は,クライアントの長所,あるいは対処の仕方,そしてその中では何に効果があったかということ,そして周りのサポートはどの程度あるかということを聞くということは,援助の場合のリソースとなりますから,しっかり把握しておくことが大事です。
 [8]態度を見極める
 第8は,クライアント自身のうつに対する態度を見極めることです。クライアントは2つの態度をとることがあります。ひとつはうつを過大視することです。自分のうつの状態を過大視してしまうのです。この場合には,治るという希望をもつようにしっかりと確約してあげることが大事だと思います。逆に過小化する,軽く見てしまうようであるならば,その人が現実を認め,それを受け止めることができるように援助していくことです。
 [9]専門的な援助を勧める
 最後は,専門的な援助を受けるようにすることです。
 自分が専門家にかかったほうがいいかどうか悩む方がいます。周りも悩むことがあります。しかし,やはり一度専門家にみてもらって,診断をつけてもらうということが非常に大事だと思います。専門家でない人が自分の病気を客観的に理解することは非常にむずかしいことですし,間違っていることもありますから,専門家にみてもらって判断してもらうことが重要です。
 
 うつというのは,特別な人生の状況に対する反応です。それに適切な方法で対処していき,それが癒しのプロセスの機会であるということを感じることが大切です。うつの状態の人へ敬う心をもって対応する,その機会が与えられたのだという受け止め方をすることです。うつの人を理解し,共感していくプロセスの中で,適切な援助をすることができるならば,うつで悩む方々にとって大きな助けとなるのではないでしょうか。
 なによりもまずうつの正しい知識をもって,援助の対応を理解していただきたいと思います。








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