VI うつ反応のサイクル
うつ対応にはサイクルがあり,大きく分けると3つの段階になっています。そして,各段階での症状も対応も違ってきます。
1.初期
うつ反応には確実に始まりがあります。たとえどんな原因によるうつ反応でも,必ずその始まりがあるということです。その始まりは,突然であることもあります。あるいは徐々に始まっていくということもあります。それはそれぞれの状況や病理,あるいは性格などによって違ってきます。そして,中期‐ここがいちばん重いのですが‐から,回復期へ向かっていくことになります。
もちろんこれと同じようにすべての人がこういうサイクルで回復していくということではありませんが,大体,典型的なパターンはこのような形でうつの反応が回復していくのです。うつ反応の初期は,突然かあるいは徐々にかは別にして,うつの始まりがあるわけです。
では,うつ反応を起こしやすい人というのはどういう特徴をもっているかについて,2つお話しします。
●うつ反応を起こしやすい人の特徴
[1]誤解しやすい
第1は,日常の出来事を誤解しやすい人だということです。たとえば,上司に仕事のことで注意された場合,うつ反応をしやすい人は,自分に対する信頼まで失ってしまったと考えてしまいます。誤解をしてしまうのです。あくまでも仕事のことで注意されただけなのに,その人は人間としても上司からの信頼が失われてしまったのではないかと誤解するのです。
[2]大げさ
第2は,失ったものを必要以上に大げさに受け止める人だということです。たとえば,無二の友人が遠方に引っ越したとします。うつ反応を起こしやすい人は,自分の人生はもう終わりだと大げさに受け取ってしまうのです。確かにそういう受け止め方をしたのであれば落ち込んでしまうでしょう。しかし,よく考えれば,たとえ遠くに行ったとしても今はEメール,電話などが発達していますし,その地に旅行するのも可能でしょう。
●初期の段階での対応
それでは,初期の段階での対応はどうすべきかということです。
[1]うつを自覚する
まずは,自分がうつ状態であることを自覚できるようにすることです。今,自分はうつ的であると自覚するのです。もし初期の段階でうつ的であると認識するならば,専門家にかかることが可能です。反応性のうつ病であるならば,うつを引き起こしている原因が何であるかを見つけることが可能だということです。もちろんこれは容易なことではありません。
どのようにすればうつの原因を見つけることが可能かといいますと,うつになったその直前にどういう人と会ったか,どういうことを考えていたか,あるいは何をしていたかをチェックすることです。たとえば,仕事上で注意された後にうつ反応を示したとします。そのときは注意をされたということでうつ反応をしているとは考えないかもしれませんが,そうであるということを理解しているとすれば,もしかしたら自分自身が仕事で注意をされたことが,その仕事のミスだけではなく,人間として,また会社員として信頼を失ってしまったと誤解していることに思い当たるかもしれません。その誤解を自分自身で解いていくことができれば,初期の段階である程度うつを止めることが可能になるのです。しかし,それに気がつかないと,うつの度合いが強くなってしまいます。
[2]誤解を解く
次は,その原因になっているものを誤解していないかどうかをチェックすることです。注意されたことによって信頼まで失われてしまったと考えるならば,落ち込まないほうが嘘かもしれません。そのときに果たして本当に自分は信頼まで失ってしまったのだろうかとチェックして,その誤解を解いていくということです。
うつのサイクルでは,初期の段階でうつ反応を解決できなければ中期に入っていきます。
2.中期
初期の段階で専門的な治療を求めてくることは非常に少ないようです。多くは,中期の段階に入って,本人というよりは,周りの人から強制されてといいましょうか,そういう形で専門家のところに行くことになります。
この時期は症状が最も重いのです。
●その症状
[1]自分を責める
中期の特徴は,まず自分を強く責めてしまうということです。自分のちょっとした欠点やミスが許せないのです。たとえよい結果が出たとしても,それさえも自分を責める道具にしてしまいます。たとえば学生ならば,試験の結果がよかったとしても,中期のうつにある人は,一夜漬けでいい結果が出ただけであって,本当の実力ではないというように,その一夜漬けそのものを責めてしまうのです。たとえよい結果を生んでいるとしても,それで自分を責めるひとつの道具にしてしまいます。何をしても自分を責めてしまうのです、そうすると,次に罪悪感をもつようになってしまいます。自分を責めた上に,罪悪感をもってしまうのです。特に罪悪感の場合には,自分がよいか悪いかの両極端で揺れ動いてしまうのです。何かよい結果が生じても,うつ反応を示す人にとっては,完全によくなければ,自らを受け入れることができないのです。両極端で揺れるのですが,大体悪い方向に感じて,罪悪感をもつようになってしまうほうが多いようです。
[2]空虚感
もちろんうつでない人も空しいと感じることがあるかもしれませんが,うつ状態でない人の場合には,何かをすればその空しさはある程度取り除くことは可能です。ところがうつでも特に中期に入っている人たちは,もちろんやること自体がむずかしいのですが,この空虚感の中で悶々としてしまうということです。
[3]怒り
うつだけではなく,最近は過食症,拒食症,またはギャンブル依存などの依存症は,病気の背後にうつがあることが非常に多いのです。私は,そういう問題を扱っていくときに,怒りが抑圧されているということに気づきます。いったんその怒りが出ますと,自分の中に本人も驚くような怒りがあったのだということに気づくのです。
[4]疲れやすい
疲れやすいとかだるいということです。今までしてきた日常的なことができないのです。こういうときは,自分が怠け者だと自分を責めることが多々ありますが,これはあくまでうつの症状であることを自覚することが大事です。
[5]集中力・記憶力の低下
●中期の段階での対応
中期にはどんなことが対応として可能なのでしょうか。
[1]新たな喪失を防ぐ
第1は,新たな喪失をつくり出してうつ状態を増幅させることを防ぐということです。この時期にあるうつの人には,励ますことがいけないということはわりと知られるようになってきました。家族の場合,はじめはある程度受け入れることはできるのですが,長期にわたりますと,周りの人も一体どこが悪いのだといわれたりして,当人には相当ストレスになってしまうのです。そんなこともあって,うつ状態から解放されることを求めていろいろなことを試みてしまうのですが,それはまずうまくいくことはないのです。その結果,自分は何をしても駄目だと思ってしまうようになります。つまり,新たな喪失を起こしやすい状況が中期なのです。それが増幅していきますと,この中期を長引かせてしまうことになってしまいます。
この時期は,薬物療法をしっかり受けて,必要な休養を十分にとることです。このような状況でのカウンセリングは,来談のたびにこのことを確認させることが重要となります。
[2]喪失の事実を受け入れる
中期の段階でできる第2のことは,喪失というのは,当然悲しいことであり,つらいことであるので,その事実を受け入れていかなければならないということをしっかりと理解していくということです。さまざまの喪失は,当然悲しいことなのです。そのときに喜んでいるならばそのほうがおかしいのだということを理解してもらうということです。喪失をしっかりと受け止めていく。事実として受け止めていくということです。
[3]新しい見方をする
第3は,新しいものごとの見方をするような援助をしていくということです。たとえば,うつの状態のために仕事を6割までカットされた中年の男性が,もう自分の将来はないと感じているとします。そういう場合にある意味では喪失が新しくつくられていくわけですが,そのとき新しい見方をするように援助するということは,今まで仕事に使っていた4割の時間をどう使うのかということです。その間に,今まで疲れていた体,あるいは精神的なもののマイナスの部分,これまで一生懸命励んできた疲れ,負の部分をそのときにしっかりと受け止めて癒していく。休んでいくことによって自分のマイナス部分を取り戻していくことができるのです。だから,安心してその期間を休む。休むということを以前はネガティブに受け止めていたとしても,それを乗り越えて疲れや傷が癒されていくときに,次の段階でいくらでもそれを取り返すことが可能なのだと考えることです。
ものごとの新しい見方ができるような援助をしていくときに,中期の段階を回復に向かわせる助けになるということです。
3.回復期
●その特徴
[1]わずかな光
いろいろな人たちがうつと闘っている中で,回復期のしるしを見ることは,大嵐のあと厚い雲がまだ残っていますが,その隙間からわずかな光が射し込むような状態にたとえられます。まだ厚い雲がかかっていても,嵐は止んで,天気はよくなるのだという望みをもつことができます。今まで本当に気持ちが重かったものが,何かどこかに軽い部分を見出すことができる。これが回復のしるしの第一歩です。
[2]楽になる
落ち込みはまだあるのですが,中期よりは確実に軽くなっています。そして,いままでほとんどなかった集中力も少しは出てきます。なかなかまとまらなかった考えも少しはまとまるようになるという方向へ行きます。
そして,回復の後半に入りますと,ほとんど普通と変わらなくなってきます。薬を飲んでいる人の場合,ここで薬を止めてしまったりすることがあり,それも自分の判断で止めてしまうことが多くあります。しかし,しばらくはいいのですが,また病状がもとに戻ってしまいます。ですから,薬を止めたりすることを自分の判断でしてはいけないということを理解しておくことが大事です。特に薬は,ある程度よくなってからもまだしばらくは飲みつづける必要があります。
●回復期の対応
[1]運動を増やす
まずは,運動量を増すことです。これは非常に大事なことです。中期では運動すること自体が非常に困難で,無理してまで運動をすべきではないのですが,しかし,回復期においては今までよりも動く量を増やしていくことが大事です。なるべくおだやかな運動であることが大事です。
[2]責任が増えるのを覚悟する
第2は,責任が増えることを覚悟することです。うつで休職して,そしてよくなって復帰するときですが,会社に戻りますと同僚も喜んで,よくなったということで仕事もどっと増えてきます。そうするとまた,病状が元に戻ってしまうということがよくあります。私は回復期で会社に戻るとか,学生が学校に行くようになるときには,そのことを相当強く注意します。仕事ができるような状況でも,なるべく最低限の責任から始めるように,そして,仕事量を急に増やさないようにと言います。周りの人,特に上司などには,これで完全によくなったというよりは回復の過程にあるのだということを説明しておくようにと話します。
[3]セルフトークを変える
第3は,セルフトークを変えていくということです。これは認知療法のひとつです。どういうことかというと,うつ反応をしやすい人というのは,自分自身について語るメッセージが非常に否定的です。それを自分について肯定的に語るようにするということです。
心理療法としては,セルフトークを変えていくトレーニングをすることがよくあります。特に私がセルフトークについて話すのは,自分を責めるようなセルフトークではなくて,どのように自分で責任をとるかというセルフトークをするように指導します。たとえば仕事でミスをしたときに,うつ反応を起こしやすい人は自分についてどう言っているかというと,「もう使いものにならない」と自分を責めます。そういうセルフトークではなくて,どうしてそのような失敗をしたのか,その原因がわかったら,ではどうすればその原因を乗り越えることができるかというトレーニングをしていきます。これまで自分を責めるようなセルフトークを長期間にわたってしてきているのですからそう容易には変わらないのですが,心理療法の中でも同じセルフトークが繰り返されてきますから,そのたびごとにそのセルフトークを変えていく認知療法を継続していくことが非常に重要なのです。たとえよくなっても,このセルフトークが変わらないと,結局はまた戻ってしまいますから,このセルフトークを変えることが非常に大事だということです。
[4]うつになりやすい状況を避ける
第4は,うつ状態になる状況を避けるということです。
このことに関して4つのことをお話ししたいと思います。
現実的な期待:まずひとつは,自分の期待を現実的なものに変えていくということです。つまり,うつになりやすい人というのは,真面目な人,完璧主義の人が多いといわれますが,10%悪ければ,90%よくてもそれでは満足できないという人です。うつの人は,否定的であるということについてはプロであるということです。否定的に考えることについて,うつの人たちはプロなのです,専門家なのです。ですから,中途半端な態度でそれを覆そうとしても,それはむずかしいことです。うつの人は自分への期待が非常に高いものですから,その回復期の中で,自分への期待を現実的なものに変えていくということが必要になります。先ほどのように学生が一夜漬けで自分を責めたときに私は何と言うかといいますと,「では一夜漬けでしない人はどれくらいいるのでしょうか」と言います。そうするとその人は笑うのです。自分でもある程度はわかっているのです。
他人の期待を下げる:次は,自分への期待だけではなくて,他人からの期待をも下げることです。他人に何でもできると思われるような期待を抱かせていると,必死でそれに応えようとします。それは駄目なのです。周りの人にも,現実的な,自分の身の丈に合った期待をしてもらうように変えていくことが大事です。
私はいろいろなところで講演をしますが,私の話を聞いて,それでは私のカウンセリングを受ければよくなるのではないかと思い込んでしまうかもしれません。それはよくならないわけではないのですが,私のところでカウンセリングを受けるとすぐによくなるのではないかと期待をしてしまうのです。もちろん,そのような期待をさせるような話をするのもよくないので,私はとにかく現実的な期待をもつようにと話します。私はもちろんベストを尽くすけれども,共に忍耐をもってその問題に対処していきましょうと,私への期待を現実的なものにしていくということがとても大事です。会社でも,その人に頼めば何でもできるのだというような期待をもたせているのであれば,それは現実的なところまで下げなければならないということです。
決断に確信をもつ:第3は,自分が下した決断に確信をもつことです。これも非常に大事です。確信がないと,いつも不安になります。そしてその不安が非常なストレスになります。そして,ちょっとした障害に対しても自信を喪失してしまうのです。そうすると,またそこに内面的な喪失が生じてしまいます。自分が下した決断には,確信をもつことです。
では,失敗したらどうなるのか,間違っていたらどうするのですかと聞かれます。そのときには私はこのように答えます。「確信していたことであっても失敗したのであれば,なぜ失敗したのかを考えて,それを乗り越えていく努力をすればいいのです」と。しかし,一度下した決断には確信をもって当たりなさい。そしてうまくいかなかったら,その失敗を受け入れて,次のステップを踏みなさいと言い添えます。
感情を表現する:第4は,自分の考えや感情を表現できるようにするということです。自分が今,どんなことを感じているかさえ気づかないことが多いのです。今みなさんはどんな感情をもっているのでしょうか。もしかすると,自分は今,こういうフィーリングですと言える人は少ないのではないかと思うのです。たえず自分の中でどんな感情をもっているのかということを自覚するようにトレーニングしないと,私たちは自分というものを抑圧してしまう傾向があります。なかなか自分の感情を感じようとすることが少ないということです。
もうひとつ言えることは,そういった感情,とくに否定的な感情を感じないように抑圧してしまうと,肯定的な感情も感じることがむずかしいということです。否定的な感情が私たちの中にあるとすれば,正しい方法で表現しなければならないのです。たとえば,怒りがあるとします。抑える人はどんどん抑えます。ところが,ある一定のレベルを超えるとキレてしまうのです。
では,早い段階で怒りを感じたとします。夫は妻に怒りを感じた,あるいは子どもに怒りを感じたとします。早い段階で「私は,あなたのこういうことが気になります」とか,「怒りを感じます」ということを,私はよく“Iメッセージ”というのですが,自分の思いを口に出すことを勧めます。このことで自分に対して怒りを感じているのだということがわかり,そしてそれを冷静に指摘されたのであれば,それを口にされた人も脅威に感じるのではないでしょうか。効果があります。ぜひ家庭の中で使ってみてください。カッとなってヒステリックに怒鳴ったりするのではなく,「このことに関して私は怒りを感じます」と冷静に言えば,その方の問題行動は変わるかもしれません。
このようにすることによって,自分がうつになる状況を避けることができます。