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2 分析手法
(1)基本モデル 
 産業連関表は、ある期間における産業間の原材料の取引や生産物の需給を記述した表で、産業の相互依存関係を数量的に把握する手段である。産業連関表は、産業間の取引額や経済主体の需要構造を記述した取引基本表や、産業間の原材料の需要供給関係を係数化した投入係数表、生産波及効果を求めるための逆行列表など、一連の表の総称である。
 取引基本表をそのまま式の形にすると、下式のとおりである。 

 X + Y + e = x + m・・・・[1] 

 ただし、
 X:第i産業から第j産業への中間投入を第ij要素とするn×n行列
 Y:第i産業の第h項目の市内最終需要をih要素とするn×1行列
 e:第i産業の移輸出を第i要素とするn×1ベクトル
 x:第i産業の市内生産額を第i要素とするn×1ベクトル
 m:第i産業の移輸入を第i要素とするn×1ベクトル

 以下、英大文字で行列、英小文字でベクトル、または、スカラーを表す。 
 以下、この[1]式から出発して、市内生産額を決定する基本モデルを導出する。
 [1]式の左辺は、中間投入X、市内最終需要Y、移輸出eの和であり、域内・域外で生まれた広島市への総需要を表わしている。一方、右辺は、市内生産額x、移輸入mの和であり、これは、広島市内・外から広島市への総供給を表している。[1]式は、1年間の経済活動の結果として、総需要と総供給は常に等しいという需給の恒等関係を示している。
 投入係数行列をA、移輸入係数を対角要素に持つ対角行列とする移輸入係数行列をMとして、上記モデルを書き換えると下式のとおりである。 

 Ax + Y + e = x + M (Ax + Y )・・・・[2] 

 [2]式において、市内最終需要と移輸出を外生変数と考えると、[2]式は、総需要(左辺)と総供給(右辺)が等しくなるという需給均衡条件の下で、市内生産額xの決定式と見ることができる(以上のような仮定の下で導出された[2]式を「競争移輸入型モデル」と呼んでいる。)。
[2]式を市内生産額xについて解くと、次のとおりである。 

 X = { I - ( I - M ) A } -1 { ( I - M ) Y + e }・・・[3] 

 投入係数と移輸入係数は固定されているので、[3]式は、市内最終需要と移輸出が与えられれば、市内生産額xが決定されることを意味している。この[3]式の経済的な解釈は、数式自体の解釈と異なる点に留意する必要がある。取引基本表で与えられた[1]式は、各変数が取引基本表に記されたある特定の水準において成立したものである。したがって、[1]式から展開した[2]式、[3]式は、そうした[1]式の持つ意味を継承している。つまり、[3]式は、[1]式における各変数の水準の周辺で成立していると考えるべきである(経済学でよく使われる限界分析である。)。 

(2)逆行列係数の列和と行和 
 [3]式の右辺{( I - M ) Y + e}にかかる係数{ I - ( I - M ) A}-1は、市内生産額を決定する特定の産業構造を表しており、この産業構造は、生産技術を表す投入係数行列A、財・サービスの移輸入関係を表すMで決定される。この{ I - ( I - M ) A}-1の各要素を逆行列係数と呼んでいる。
 逆行列{ I - ( I - M ) A}-1の列の要素の和を列和、行の要素の和を行和と呼ぶ。列和は、ある産業に1単位の最終需要が発生したとき、その最終需要を満たすために各産業に求められる生産額の総和である。また、行和は、各産業に1単位の最終需要が発生したとき、ある産業が各産業に供給すべき生産額の総和である。前者は、ある産業の生産の変化が各産業の生産に及ぼす影響の大きさ、いわゆる需要面の波及効果を示しており、後者は、ある産業の生産が各産業の生産から受ける影響の大きさ、供給面の波及効果を示している。列和と行和は、産業間の相互依存関係の強さをある産業と地域内の各産業の需要・供給の大きさにより、総合的に見るものである。
 一般的に、列和を列和の平均で、行和を行和の平均で除して、相対的な指標に変換し、前者を影響力係数、後者を感応度係数と呼んでいる。しかし、本稿では、各年の逆行列係数の大きさを見るため、列和、行和をそのまま使用する。 

(3)市内生産額の変動要因の分解 
 各産業の市内生産額の増減変動は、市内・市外の需要の変化、生産技術の変化、市外からの供給の変化などにより、変動する。この市内生産額の変動について、需要面、供給面から変化要因を分析する。
 そのため、[2]式から出発して、市内生産額の2時点間の変動要因を分析するモデルを導出する。
[2]式において時点を明示するため、各変数の右下に添字tを付けることにする。この表記法により、t−1期、t期の需給均衡式を表すと、下記のとおりである。なお、式の展開を容易にするため、市内最終需要行列Yは各行の和をとり、各産業の市内最終需要として、ベクトルyと表す。 
 
t−1期  At-1 xt-1 + yt-1 + et-1 = xt-1 + Mt-1 (At-1 xt-1 + yt-1)・・・[4] 
 
 
t期  At xt + yt + et = xt + Mt (At xt + yt)・・・[5] 
 
 これら2式の差をとり、第j産業の市内生産額の変化分を近似すると、次の各項の和で近似される(以下の式の展開は、本稿末の注参照)。 
 
Δx j ≒ {bi (At, Mt-1) −bi (At-1, Mt-1)} ft-1
 + {bi (At-1, Mt) − bi (At-1, Mt-1)} ft-1
 + bi (At-1, Mt-1) Δy + bi (At-1, Mt-1) Δe・・・[6] 
 
ただし、
bi(At, Mt−1) :t期の投入係数行列とt−1期の移輸入行列を持つ逆行列の第i行
bi(At−1, Mt−1) :t−1期の投入係数行列と移輸入行列を持つ逆行列の第i行
bi(At−1,Mt) :t−1期の投入係数行列とt期の移輸入行列を持つ逆行列の第i行
ft−1 :t−1期の最終需要ベクトル
Δy :市内最終需要yのt期とt−1期の変化分
Δe :移輸出eのt期とt−1期の変化分

 [6]式の両辺を第j産業の第t−1期の市内生産額Xt−1で除すると、左辺は、市内生産額の変化率となる。そして、右辺第1項は、移輸入係数は変化せず、投入係数のみが変化した場合の最終需要の市内生産額への生産波及効果、第2項は、投入係数は変化せず、移輸入係数のみが変化した場合の最終需要の市内生産額への生産波及効果、第3項は、市内最終需要の変化分の市内生産額への生産波及効果、第4項は、移輸出の変化分の生産波及効果を表している。こうした各項の意味から、第1項を技術効果、第2項を移輸入効果、第3項を市内最終需要効果、第4項を移輸出効果と呼ぶ。これにより、第j産業の市内生産額の変化率は、4つの効果の和で近似される。この各効果は、市内生産額の成長寄与度にほかならない。
 投入係数は、技術進歩による生産技術の更新や原材料、賃金、資本コスト等の相対価格の変化(低価格品への代替)などを反映して変化する。
また、移輸入率は、市内産業の生産能力や市内需要の大きさなどを反映して変化する。こうした変化がある産業で起これば、産業間の財・サービスの需給の相互依存関係を通じて、他産業にも影響する。
 要約すれば、技術効果と移輸入効果は、広島市の産業構造の構造的な変化の結果を表し、市内最終需要効果と移輸出効果は、産業構造の変化では説明できない外生的な変化を表す。つまり、市内生産額の増加を考えた場合、増加率のうち技術効果と移輸入効果で説明される部分の割合が高い産業は、需要増などの外的要因よりも構造変化などの構造的要因によって生産を増加させた産業であり、市内最終需要効果と移輸出効果で説明される部分の割合が高い産業は、構造的要因よりも外的要因によって生産を増加させる産業である。 

(4)利用する産業連関表 
 広島市産業連関表には、1985年表(13部門、30部門、81部門)、1990年表(13部門、33部門、88部門)、1995年表(13部門、33部門、89部門)があり(産業連関表における「部門」は「産業」と同義である。)、その価格表示は、生産者価格表示である。また、部門分類は、国の13部門、統合大分類表(1995年表では32部門)、結合中分類表(1995年表では93部門)にほぼ対応しているが、広島市産業連関表は、製造業における自動車のウエイトが大きいという広島市の産業特性を考慮したものとなっている。例えば、1995年表の統合大分類表については、国が32部門であるのに対して、広島市は33部門であり、その相違は、国の32部門表の「輸送用機械」を広島市では「自動車(内訳は自動車、自動車部品・同付属品)」と「その他の輸送用機械・同修理」に分割し、33部門としている点にある。
 本稿においては、33部門表を利用して分析を進める。ただし、1985年表については、30部門であるため、同年の81部門表を部門統合することにより新たに1985年33部門表を作成した。








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