国内における生物試験の現状
生物試験については、環境省で平成7年度から化学物質の生態影響試験を実施してきている。この試験はOECDの試験ガイドラインに準拠し、環境省によるGLPを取得している試験機関により実施されている。この試験で底生生物は対象となっておらず、今後底質評価への適用にあたっては底生生物の試験が必要になると考えられる。
(1) 概要
表3−1 化学物質に係る生態影響試験法(環境庁テストガイドライン)
試験方法 |
試験生物 |
試験期間 |
エンドポイント |
魚類急性毒性試験 |
メダカ、グッピー |
96時間 |
半数致死濃度(LC50) |
藻類成長阻害試験 |
Selenastrum capricornutum |
72時間 |
半数影響濃度(EC50)、無影響濃度(NOEC) |
ミジンコ繁殖試験 |
Daphnia magna、D. pulex の生後24時間以内の幼体 |
14日以上で対照区に3回の産仔 |
半数影響濃度(EC50)、無影響濃度(NOEC) |
ミジンコ遊泳阻害試験 |
Daphnia magna、D. pulex の生後24時間以内の幼体 |
24時間 |
50%が遊泳を阻害される半数影響濃度(EC50) |
* (社)環境情報科学センター、1993総合化学物質対策検討調査
−化学物質管理手法(生態影響)に係る基礎調査、平成4年度環境庁調査業務報告書
表3−2 OECD化学品テストガイドライン
試験方法 |
試験生物 |
試験期間 |
エンドポイント |
魚類急性毒性試験 |
ゼブラフィッシュ、ファットヘッドミノー、コイ、メダカ、グッピー、ブルーギル、ニジマス |
最低48時間、96時間が望ましい |
半数致死濃度(LC50) |
魚類延長毒性試験 |
ゼブラフィッシュ、ファットヘッドミノー、コイ、メダカ、グッピー、ブルーギル、ニジマス |
14日間 |
半数致死濃度(LC50)、異常遊泳行動、外部刺激への反応の違い等 |
魚類の初期生活段階毒性試験 |
ニジマス、ファットヘッドミノー、ゼブラフィッシュ、メダカ、シープヘッドミノーの受精卵 |
対照区のすべての魚が自由に摂餌するまで |
最小影響濃度(LOEC)、無影響濃度(NOEC) |
藻類成長阻害試験 |
Selenastrum capricornutum、Scenedesmus subspicatus、Chlorella vulgaris |
72時間 |
半数影響濃度(EC50)、無影響濃度(NOEC) |
ミジンコ繁殖試験 |
Daphnia magna の生後24時間以内の幼体 |
21日間 |
半数影響濃度(EC50)、無影響濃度(NOEC) |
ミジンコ遊泳阻害試験 |
Daphnia magna の生後24時間以内の幼体 |
24時間(48時間も可) |
50%が遊泳を阻害される半数影響濃度(EC50) |
* (財)化学品検査協会編、OECD Guidelines for Testing Chemicals(日本語版)、第一法規出版
表3−3 日本工業規格工場排水試験方法
試験方法 |
試験生物 |
試験期間 |
エンドポイント |
JIS K 0102−1993 71.魚類による毒性試験方法 |
サケ科(ニジマス、カワマス、ヤマメ、アマゴ等) |
24、48、96時間 |
半数致死濃度(LC50) |
コイ科(コイ、フナ、タナゴ、オイカワ等) |
メダカ科(メダカ等) |
タップミノー科(グッピー、タップミノー等) |
JIS K 0229−1992 化学物質などによるミジンコ類の遊泳阻害試験 |
Daphnia magna、D. pulex の生後24時間以内の幼体 |
24時間(48時間も可) |
50%が遊泳を阻害される半数影響濃度(EC50) |
* 日本規格協会、工場排水試験方法、JIS K 0102−1993
* 日本規格協会、化学物質などによるミジンコ類の遊泳阻害試験方法、JIS K 0229−1992
表3−4 農薬取締法に基づき農林省農政局通達に示された魚類に対する毒性試験 (農薬テストガイドライン) |
試験方法 |
試験生物 |
試験期間 |
エンドポイント |
農薬テストガイドライン |
コイ、メダカ、モツゴ |
48時間 |
半数致死濃度(LC50) |
* 魚類に対する毒性試験方法、農林省農政局長通達、40農政B第2735号(昭和40年11月25日)
表3−5 公定法以外の試験方法
試験方法 |
試験生物 |
試験期間 |
エンドポイント |
ウニなどの受精卵による試験 |
バフンウニ、ムラサキウニ、サンショウウニ、アカウニ等 |
ムラサキウニでは12時間前後、
バフンウニでは24時間前後 |
受精時、第一卵割期、嚢胚形成時の異常個体の出現率 |
魚類培養細胞を用いた試験 |
大部分は単層培養細胞 |
24時間あるいは48時間 |
生死、増殖率、形態変化、酵素活性、DNA損傷等 |
忌避試験 |
アユ、サケ、キンギョ、メダカ等 |
- |
忌避濃度 |
参考文献(資料作成にあたって用いた資料)
若林 明子、2000化学物質と生態毒性、社団法人 産業環境管理協会、P.11〜24
(2) 未来環境創造型基礎研究推進制度プロジェクト「化学物質による生物・環境負荷の総合評価手法の開発」(平成9〜11年度:研究課題代表者 内海英雄教授(九州大学薬学部))で検討された生物試験方法
・検討項目として取り上げられた毒性…遺伝毒性・発ガン性、内分泌系への影響評価、生態毒性、免疫毒性、細胞機能障害、神経系への影響評価、バイオモニタリング
表2−6 外界からの異物としての化学物質と生体応答との関係の検討
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検討した毒性 |
試験方法の例 |
長所 |
短所・今後検討が望まれる方向 |
1 |
遺伝毒性・発ガン性 |
1)エームス試験 |
1),2)親物質による直接のDNA障害性や肝ミクロソーム画分を加えた代謝活性化系による代謝産物のDNA障害性を評価できる。 |
1),2)DNAに生じた変化が固定されて増殖した細胞に受け継がれ、細胞集団としてガンに至るまでの経過を評価することが難しい。 |
2)ウムテスト これらの方法は既に確立され、環境実試料に対して広く適用されている。 |
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3)形質転換試験
DNAに障害を与える化学物質を作用させた細胞を用い、DNAに生じた変化が細胞の形質の変化に至る活性を指標として、化学物質の発ガン促進作用活性を評価する手法。上記1),2)との併用が考えられている。 |
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3)今後の導入 (上記1),2)との併用)が期待される。 |
4)代謝試験 現在は細胞外の溶液中に代謝酵素を含む画分を添加し、細胞外で代謝産物を産生して暴露する形式を取っている。 |
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4)体内では、親物質が細胞内に取り込まれた後、細胞が発現保持している代謝控訴により代謝され、その物質がDNAや細胞内小器官に障害を及ぼす可能性が高い。従って、代謝関連酵素を保持または発現可能な能力を有する細胞試験系の導入が望まれる。 |
5)酸化ストレス遺伝毒性試験 |
5)細胞内での代謝や細胞内小器官に作用し、活性分子種を産生する酸化ストレス応答によりDNAに障害を及ぼす環境汚染物質の存在を評価する試験方法である(まだ導入されていない)。 |
5)今後の導入が望まれる。 |
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(今後検討が望まれる方向) ・今後は、科学研究による代謝経路や代謝産物に関する情報から、個体レベルの吸収・排泄・蓄積などの体内動態を反映した試験系を構築していくことが望まれる。 |
2 |
細胞致死・細胞機能障害 |
1)一般的な細胞毒性試験
・低血清培地中(ウシ胎児血清1.25%)で暴露したヒト肝臓ガン由来細胞HepG2において細胞生存率、リポタンパク質の取り込み活性を指標とした評価方法
・酸化ストレスを介した肝障害性としてLDHの遊離による細胞膜損傷性を指標とした評価方法 |
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1)これらの試験結果は、多くの有害環境化学物質が細胞致死毒性を示しにくいことを示唆している。環境有害負荷を評価する手法として、簡便な細胞致死毒性作用を指標とすることは環境リスクを低めに見積もる恐れがあるかもしれない。 |
(神経系への影響評価) |
2)神経系に及ぼす影響を分別し評価する方法 株化した神経細胞であるヒト神経芽細胞腫NB-1細胞の自発的神経突起伸長能を利用し、神経に及ぼす影響を以下に分類
・神経突起伸長を促進する物質
・神経突起伸長を抑制する物質
・細胞死を誘起し、神経突起伸長を抑制する物質
・神経突起伸長に影響を及ぼさない物質 |
2)神経系に対する有害作用を検出することのできる評価系として期待できる。 |
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(細胞機能障害) |
3)代謝酵素活性誘導によるダイオキシン類のスクリーニング試験 |
3)ダイオキシン類や同類の毒性機構により有害影響を示す化学物質の評価法として有効である(まだ研究段階の試験系が多い)。 |
3)近い将来、環境分野に取り入れられていくと考えられる。 |
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(環境試料に対する注意)
・応答に対する阻害物質や致死細胞毒性物質が共存する可能性が高いので、特にこの点を考慮して試験を行ったり、出てきた結果の評価に注意する必要がある。
・2段階の評価システムの組合せが必要:[1]細胞致死毒性の有無の評価、[2]致死毒性の現れない濃度範囲において、個別の細胞機能に対する有害性の評価。 |
表2−7 生体内物質として作用する化学物質の影響の検討
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検討した毒性 |
試験方法の例 |
長所 |
短所・今後検討が望まれる方向 |
3 |
免疫毒性 |
1)リンパ球細胞の幼若化阻害試験 |
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・免疫系は複雑であり、影響評価は多段階での評価が求められる。どの段階をどの指標で評価するかの検討を十分に行い、複数の試験法の組合せにより総合的な評価をする必要が求められていくと考えられる。 |
2)肥満細胞の分泌試験 |
3)試験管内抗体産生試験 など |
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(免疫毒性試験に対する注意) ・暴露の主経路は食品からの経気道摂取が考えられるかもしれないが、水からの暴露も同レベルとしてとらえていかなけれぱならない。水を介する暴露の場合、低濃度ではあっても長期間連続して暴露される可能性が高い。適切な評価方法が望まれる。 |
4 |
内分泌系への影響評価 |
環境の実態把握試験として以下が用いられている。 |
1),2),3)エストラジオール受容体と化学物質の結合能を測定する試験方法(細胞レベル) |
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1)E-スクリーン試験 (ヒト乳ガン由来 MCF-7 細胞を用いてエストロゲン応答増殖能をみるもの) |
2)MVLN試験 (ヒト乳ガン由来 MCF-7 細胞にエストロゲン依存誘導性ホタルルシフェラーゼ遺伝子を導入) |
3)Two-Hybrid System を指標とした試験 (酵母にエストラゲン依存誘導性βガラクトシダーゼ遺伝子を導入) |
(個体暴露による評価系) |
4)ビデロジェニン誘導活性を指標とした試験(メダカ使用) |
4)エストラジオール受容体と化学物質の結合能を測定する試験方法(個体レベル) (内分泌撹乱物質の多くがエストロゲン様活性を持つため、エストロゲン受容体を介した作用として評価)
・内分泌への影響については、最近大きく取り上げられた問題であることから、毒性試験とその結果が個体レベルと細胞レベルで蓄積・整理されており、毒性発現を比較検討するのに適している。 |
・内分泌撹乱物質の作用機構もエストラゲン受容体を介した経路を中心として動物細胞や哺乳類で研究中である。 ・研究が進むにつれ、物質によりもたらされる影響が異なり、それがエストロゲン様活性と必ずしも対応しないことが明らかになってきた。今後、ホルモン代謝系なども含めて、数種の影響評価系を加えた手法を構築する必要が生じるかもしれない。 |
5 |
生態毒性 |
1)ミジンコの遊泳阻害試験(急性毒性試験) |
1),2)既に欧米で採用、排水、下水処理などの水質管理を通して水環境における生態系の維持に適用されている。
1)〜3)とも、実水試料を濃縮することなしに直接個体レベルで暴露することができ、資表となる影響も明確(「死んだ」「動きが異常」など)でわかりやすい。一般市民に対しても説明しやすく、操作法も簡単。 |
1〜3)第一段階のモニタリング評価方法としての導入が期待される。 |
2)藻類の繁殖試験 |
3)魚鰓呼吸阻害試験(検討中) |
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(生態系保全、ヒトの子孫への影響の評価との関連) 生態毒性は主として個体への影響(有害性)を見ている。これに加え、生態系の保全やヒトの子孫への影響を評価する系も考慮する必要があり、「生態毒性」に加えて「遺伝毒性」、「内分泌撹乱性」等の毒性評価系の併用が重要となってくる。 |
6 |
バイオモニタ |
1)硝化菌及び鉄酸化細菌の有害化学物質による呼吸阻害試験 |
1)硝化菌…チオカルボニル基を有する物質群に特異的に応答する。鉄酸化細菌…塩素化した芳香族化合物に対して高い応答を示す。いずれの試験も日本において開発。 |
これらの試験法の併用により、総括的な有害負荷量の評価と、有害負荷に及ぼす化学物質の種類の同定が同時に可能になると考えられる。操作も簡便なため、今後広範囲への導入の検討が期待される。 |
2)マイクロトックス試験 |
2)は欧米で使用。低濃度の多くの化学物質に対して応答し、環境有害負荷量を評価する目的には優れている。 |
出典:「未知化学物質にどう対応するか−バイオアッセイによる有害負荷量の把握に向けて−」(西村・内海著、水環境学会誌Vol.24,No.8,2001)