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エッセイ 安心・絆・表現
兵庫教育大学
発達心理臨床研究センター
冨永良喜
 
 暑中お見舞い申しあげます。ところで次々と悲惨な事件事故の報道が連日続いています。
 私たち犯罪被害者支援センターみやぎとして今後いったいどんな被害者支援をしていかなくてはならないのだろうか、と相談員一同自問自答しているこのごろです。
 昨年、当センターのワークショップで講師をしていただいた冨永良喜先生は、兵庫県臨床心理士会が震災以来発行を続けている「心の傷と癒し」の中で今回の池田小学校の事件に関連して次のような記事を書いておられました。大変示唆に富む内容でしたので、冨永先生のご了解の元に今回転載させていただくことになりました。ぜひご一読ください。
 
 大阪教育大学附属池田小学校での事件後の心のケアについて、報道関係者から取材の申し入れがあった。メンタルサポートチームからのコメントが、最も良いと何度も伝えたが、記者会見での取材しかできないという。
 そこで、少しでも保護者の方ヘメッセージを送ることができればと、六月二十二日に取材に応じることにした。
 また、子どもを亡くされた家族の方へのかかわりと、恐怖を体験した子どもや保護者への心のケアは、基本的に異なることを伝えた。
 時間が限られているため、要点をまとめてみた。
「恐怖、不安、怒りといった感情は、これほど悲惨なことがあったのですから、自然なことです。子どもの場合、言葉でうまく訴えることができなくて、頭痛や腹痛といった身体で訴えたり、いままでできていたことができなくなるといった行動で訴えたりします。こんな悲しいことがあったのに、いままでと変わらないと言うのも、感じないようにしているのかもしれません。症状や訴えがおかしいのではなく、この出来事が異常なのです。
 そして、症状や訴えには、気持ちがつまっています。それは、大人のかかわり方次第で、回復への貴重な一歩になります。否定しないで、受け止め、気持ちを分かち合うことです。「こわかったね、悲しいねって」
 保護者の方は、子どもたちの気持ちを、誠実に受け止め、自然な流れをせきとめないことです。そのためには、保護者の方が集まって、小さなグループでの話し合いをもつといいでしょう。症状や訴えの意味を知ることで、落ち着いて対処できますし、さまざまな前向きな意見がでてきます。
 こういう場合には、安心・絆・表現の三つの体験が必要です。安心できたら、その分だけ、自然に表現することができるようになります。涙を流したり、亡くなった友への思いなどを、書いたり、絵にして表現できます。でも、表現することを強制してはいけません。人と人のあたたかな絆で、安心感を取り戻す中で、少しずつ表現できるようになります。そして、自分の人生の中に、このショックな出来事を、少しずつ、意味づけていくことができます。
 思い出すのはつらいけど、このことを「なかったこと」にしてはいけないのです。」
 六月二十六日朝日新聞夕刊に、「建て替え遺族いやさない」と臨床心理士で被害者支援に携わってこられた長井 進さんの談話がのった。銃乱射事件のコロンバイン高校は、校舎の塗り替えすらしなかった。それは、悲惨な思い出とともに、楽しい思いでも消してしまうからとの理由であった。そして、人の絆の輪で学校を囲み、学校を再開した。それぞれの国民性があり、癒しのあり方もそれぞれであってもよい。しかし、危機を乗りこえるには、ひとと人のよいつながりと、過去の悲劇によって学んだ智恵が必要である。
 憎むべき対象に憎しみが向けられず、善良な市民が犠牲になる。地下鉄サリン事件以降、この種の犯罪が多発している。小さい頃から、怒りや憎しみといった感情の処理の仕方を学ぶ必要がある。「嫌なことをされたら怒りの気持ちがわくのは自然だよ。でも、人を傷つける、自分を傷つけるといったやり方で、怒りを発散するのは間違い。適切に感情を表現する術を身につけよう」。いま、社会を変えていくために、自分のできることはなにかを考えたい。
(臨床心理士)








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