心優しき巨人 オリヴァー・ナッセンの ファンタジー
猿谷紀郎×白石美雪×沼野雄司
オリヴァー・ナッセンとはどんな人?
――ナッセンと深い親交を結ぶ作曲家、猿谷紀郎氏を迎え、「心優しき巨人」の素顔にせまりました。
“天才的聴覚”のコンポーザー・コンダクター
白石●猿谷さんがナッセンと出会われたのはいつですか。
猿谷●最初は、84年にエイブリーフィッシャーホールで開かれたニューヨーク・フィルの現代音楽フェスティバル"Horizon"で、メータの指揮で、ナッセンの《かいじゅうたちのいるところ》のコンサート・バージョンが演奏されたときです。エネルギーに満ちていながら非常に繊細で、これまで聴いたことのないキラキラした透明感ある響きに、新鮮な感銘とショックを受けて、演奏後にどんな人が現れるんだろうと興味津々で待っていたら、ハープより大きな人が出てきて、またびっくり(笑)。その打ち上げパーティでお目にかかったのが、最初の出会いですね。それから僕の作品を聴いてもらったり、楽譜を見てもらったりしています。
沼野●猿谷さんの作品について、ナッセンはどういうことをおっしゃるんですか。なにか印象に残っていることはありますか。
猿谷●おもしろかったのは、あるリハーサルで15人編成の室内楽作品を聴いてもらったときのこと。たくさんの音が、リズムを少しずつずらしながらいっぺんに鳴るようなカオス的な曲だったんですが、聴いているうちに彼が「このAの音がちょっとひっかかるね」と言い出したんですね。そこで、家に帰ってから、プログラムを組んだシステムと照らし合わせてみたら、その音だけシステムからずれていた。彼がシステムを見抜いていたのか、本能的に違和感を感じたのかはわからないけれど、これを聴き取る能力というのはすごいもんだなと思いました。とにかく耳に関しては、世界に何人しかいないような力のある人じゃないかと思います。なにしろ、お父さんがロンドン響の首席コントラバス奏者で、子供の頃、オーケストラの練習場が遊び場だったという人ですからね。
白石●“早熟の天才”というイメージがありますよね。《交響曲第1番》を書いたのも15歳でした。彼が優れた指揮者になったのも、その天才的な聴覚によるところが大きいでしょう。
沼野●面白い指揮者ですよね。特に木管の使い方とか。昨年11月のN響の演奏会などはとても印象に残っていますが、どの声部もよく聞こえてくる演奏で、その点では彼の作曲様式とよく似ていると思いました。きっと根本に、奏者一人一人を大事にするという気持ちがあるのでしょう。
猿谷●ニューヨーク・フィルやボストン響のメンバーに話を聞いても、リハーサルの仕方など含めて、非常に評判がいいですね。ただ皮肉なことに、指揮者としての活動が忙しくなればなるほど、作曲に割く時間が少なくなるという矛盾を抱えていて、僕もそれはとても残念に思います。指揮だけでなく、もっと新しい曲を書いてほしいですから。
沼野●スコアを見ると、あまりにも緻密で、どの声部も非常に凝った動きをしているので、実に「不経済」な作曲家という気がします(笑)。この書き方だと長い曲は難しいのでは、なんて思ってしまう。実際、ある種“ミニアチュール”の作家とも言えますよね。最後の交響曲(第3番)も79年の完成ですから、やはり長い曲というのは、どこか苦手という部分もあるのではないでしょうか。
猿谷●それは、作曲に長い時間を割けないという現実的な問題もあるかもしれませんね。でも去年だったか、大きい作品に取り掛かろうと思っているという話を聞いたので、期待しているんですけれど。
白石●それは楽しみ。いまナッセンが大作を書いたらどうなるか、すごく興味がありますね。大きな構えみたいなものから入っていくタイプの作曲家ではないし、抒情的でありながら、情感のドラマで音楽を押し進めていく人でもないから、大曲でどういう能力を発揮するのか、聴いてみたい。
猿谷紀郎(作曲家) Toshiro Saruya
慶應義塾大学卒業後、ジュリアード音楽院作曲科に留学、同大学院を卒業。BMWミュージックシアター賞、芥川作曲賞、出光音楽賞、尾高賞などを受賞。98年ロンドン・シンフォニエッタ委嘱作品《Flair of the Seeds》がナッセンの指揮により初演された。
白石美雪(音楽学) Miyuki Shiraishi
ジョン・ケージを出発点に幅広く現代の音楽を研究。「はじめての音楽史」(音楽之友社)、「武満徹 音の河のゆくえ」(平凡社)の分担執筆ほか論文多数。武蔵野美術大学教授、東京学芸大学講師、国立音楽大学講師。
沼野雄司(音楽学)Yuji Numano
東京音楽大学専任講師。20世紀音楽について幅広く研究。リゲティ、ベリオなどに関する論文多数。最近はルーズベルト時代のアメリカに興味を持っている。
猿谷●あと、武満さんの音楽をこよなく愛しているというのも、彼を特別な存在にしていると思うんです。ナッセンがロンドン・シンフォニエッタで武満作品を録音したCDを聴くと、彼が、武満さん独特の間の取り方や響きの世界に非常に傾倒していることがわかるし、また、それが彼の特に70年代以降の作品に反映されていると思います。ご存知のように武満さんもナッセンのことを非常に高く評価していて、「音楽についてとても真面目に考えている人だ」とおっしゃっていたのが印象に残っていますね。
ファンタジーと職人気質
沼野●ナッセンを作曲家として有名にしたのは、やはりふたつのオペラ《かいじゅうたちのいるところ》と《ヒグレッティ・ピグレッティ・ポップ!》ですよね。センダックとの共作というアイディアは、どこから生まれたんでしょう。
猿谷●ナッセンもオペラを書きたいと思っていて、センダックも自分の作品をオペラにできないかと思っていたところに、たまたま二人の共通の友人がいて、間をつないだら、とんとん拍子に話が進んだそうですよ。
白石●オペラにしても《ホイットマン・セッティング》にしても、選ぶ題材が形而上学的だったり、現実から離れた世界を表現していたり、というところがありますよね。一方で、指揮者としても、作曲家としても、グラフトマン(職人)気質があって、現実的な能力も非常に高い人。その両方が組み合わさった才能というのがおもしろいと思うんです。後の部分は、努力の賜物なのかもしれませんけれど。
猿谷●あの詩にこだわりを持っているへンツェが「オリヴァーは言葉に対して非常にデリケートな感性を持っている作曲家だ」と言っていました。詩の持っている世界を表わす彼のセンスというのは、すごいものがあると思うけれど、それこそ息の使い方まで指定してくる、というのは、クラフトマンとしてなのかもしれないなと思います。ファンタジックな部分とクラフトマンとしての部分という、本来なら相容れない要素を併せ持っている感じがしますね。
沼野●それは本当によく分かります。まずは職人として自らに厳格な枠組みを設定した上で、可能な限りファンタジーを追求しようとしている。こうした、現実主義者でもあり、夢想家でもあるところが、彼の魅力でしょう。
白石●前衛の作曲家には、自分が真っ先に新しいものをやるという意識が強いけれど、ナッセンには、そういう気負いが感じられませんね。自分がいいと思うこと、おもしろいと思うものをその時々に出していくわけで、目指すものとして新しさが第一にあるわけではないという感じがするんです。
猿谷●そうですね。そういうふうに自然体でいられるところが、彼の音楽を自由に、また彼の存在をユニークなものにしているのだと思います。
作曲賞への期待
白石●ナッセンさんはとても大きな方ですけれど、楽譜や手紙の文字がすごく細かくて、びっくりしました。素顔のオリヴァーさんはどんな方なんですか。
猿谷●"字は人を表わす"のか、神経質で繊細な人ですね。厳しいところもある。でも基本的にとても優しい人です。あと記憶力がすごくよくて、日本人の名前もすぐ覚えちゃう。僕の方が忘れていて、「Mr.なになにね」と教えてもらったりしますから。
沼野●今回の作曲賞の譜面審査でも、選に漏れた最年少の16歳の少年に、わざわざ励ましの手紙を送ったと聞きました。
猿谷●彼がブリテンからアドヴァイスをもらったのも16歳で、すごく励まされたそうですから。
白石●ナッセンが審査する本選会は、ベリオやデュティユーとは違って、どういう基準で作品が選ばれるのか、ちょっと予想がつかないところがあります。ご自身と似た細部までよく書き込まれた作品を評価なさるのか、それとも自分の作風にはない大胆さとか独創性におもしろさを感じるのか。
沼野●ファイナリストには2人の日本人が含まれていますが、これまで他のコンクールでも名前を聞いたことのない人ですね。おそらくナッセンの場合、単に自分の作風に似たタイプを推すというのではなくて、指揮者としての眼から、5作品のバランスまで考えているのではないでしょうか。
猿谷●彼自身、「自分が聴きたいと思う作品を選んだ」といって、とても楽しみにしているようでした。あの人並み外れた聴覚とテクニック、指揮者として培ってきた能力、感性がどう判断するのか、僕も期待しています。