第1日(9月4日)
市町村における精神保健福祉活動 ―21世紀の精神医療・リハビリテーションにおける脱施設化の課題―
東京都立精神保健福祉センター
伊勢田堯
1.「鎖国状態」にあるわが国の精神科医療・リハビリテーション
「鎖国状態」と認定する二つの理由
[1]最近の世界の脱施設化運動による精神病院改革と地域型サービスの現状について情報が広く知られているだろうか?
[2]主要先進工業国の中で、隔離収容型医療を続けている数少ない国の一つ。
2.脱施設化の視点から見たわが国の施設処遇の検証〜我が国の精神保健福祉―平成11年度版より〜
a)精神病床数は、依然として高水準を維持し続けている。
わが国の精神病床数のピーク;363,010床(1993年)
現在の精神病床数;359,530床(1998年)、人口万対28.5床
ピーク時からの減少病床数;3,480床
b)精神科デイケアにおける医療的収容者数は、約3万人と推計されるが、その数が、精神病床数の削減につながっていない。
精神科デイケア;417カ所
精神科ナイトケア;38カ所
精神科デイナイトケア;57カ所
合計;512カ所(平成10年6月30日現在)
512カ所が、すべて一単位50名定員の大規模デイケアを実施していると仮定すると25,600名の患者がデイケアに通所していることになる。大規模デイケアでのサービスが、かつての精神病院で提供された画一的、集団的治療になっているとすれば、脱施設化の役割を果たすと言うより、施設症づくりをもたらす医療サービスとなる。入院患者数とあわせると、医療的収容患者数は385,130名、となる。また現時点での障害者プランの達成状況は、9割を越えていると言われ、現時点での医療的収容患者数は40万人近くになり、増加傾向にある。
c)わが国の住居サービスの現状
わが国の住居サービスには、援護寮(定員20名)、福祉ホーム(定員10名)、グループホームがある。この内で、施設処遇になりやすい援護寮と福祉ホームの施設数の利用者数を平成11年4月1日現在のデータで推計をしてみる。
援護寮;176カ所3,520名、
福祉ホーム;105カ所1,050名、
合計4,570名
わが国の居住サービスは、精神病院に隣接してつくられるなど建物や構造のハード面でも、サービス内容のソフト面から言っても、「脱施設化」の施設とは言い難いところがある。
以上、脱施設化の理念を導入しているとは言い難い精神科入院医療、デイケア、居住サービスの対象となっている精神障害者は、40万人を越え、およそ人口万対35万人と推計される。なお、わが国にも、世界的に見ても先駆的な活動がある。しかし、全体の体制から見ると例外的なので、現実を直視するために、あえて計算に入れなかった。
3.世界の脱施設化の状況〜最新の精神病床数〜
北米:
米国;5床(OECD,1997)
サンフランシスコ;6床(レイコ本間トルー、1998)
ウィスコンシン州デイン群;2.4床(ルコンド、2000)
カナダ;
大バンクーバー;5.5床、居住サービス6.0人(沢田健、2001)
欧州:
英国(イングランド、ウェールズ)の慢性病床(NHS);4.8床(シェパード、2000)
私立病院・急性病棟を含めると7床
スウェーデン;6.4床、居住施設4.5人(Silfverhielm,1997)
フランス;11床(2000)
イタリア;5床(OECD,1997)
オーストラリアとニュージーランド;
それぞれ3,4床(OECD,1997)
4.脱施設化の理念〜近年の精神医療とリハビリテーションの発展の源泉〜
a)精神病院のどこが問題だったか。
・人権無視
・大規模、過密、閉鎖的環境
・「医学的」治療の限界
・家庭や地域からの長期の隔離
・画一的、集団的治療(個別性の軽視)
・活動や刺激の乏しい生活(つまらない作業など)
・上意下達の構造(命令的、指示的、訓練偏重、自尊心の軽視など)
・治療者の抱え込み(病院パラダイス論)
・再発・事故防止偏重の治療
・専門職の安定した職場の提供(Bachrach)
など
b)「施設症」とは
「施設症」の定義(Wing & Brown,1970):「長期の刺激に乏しい施設環境によってもたらされる、社会的引きこもりや感情の平板化、受け身的依存性などの臨床的貧困(clinical poverty)」。
陰性症状(施設症の指標)の要因(Wing & Brown):病棟の閉鎖性、生活上の様々な制限、外部との接触頻度の少なさ、施設内活動の貧困さ、個人的持ち物の少なさ、看護職員の否定的な評価など。
慢性化の要因(Anthony & Farkas):偏見、低い社会的地位、選択と自己決定の制限、リハビリテーションを受ける機会の全般的または部分的欠如、スタッフの低い期待など。
c)精神科リハビリテーションの基本的理念
精神科リハビリテーションとは何かを知るために、代表的な定義を紹介する。
Bennett,D.の定義:リハビリテーションとは、身体、精神に障害をもつ人が、出来る限り普通の社会的環境で、残っている能力を最大限に活用し、最高の能力を発揮できるようにするように援助し続ける過程である。
Anthony,W.の定義:長期にわたる精神障害をもつ人が専門家による最小限の介入で、生活能力の回復を助け、自分の選んだ環境で落ち着き、自分が満足する生活が出来るようにすることである。
Shepherd,G.の長期の精神障害をもつ人への援助の定義:出来る限り普通の環境で社会的役割を果たすための機会と励ましを与え、それらの能力を維持すること。
Farkas,M.らの世界心理社会的リハビリテーション学会(World Association for Psychosocial Rehabilitation)による精神科リハビリテーションでベスト・プラクティスと認定する5つの最低限の特徴:
[1]重度の精神障害をもつ人たちを対象にしている活動であること。
[2]生活能力の改善を目指している活動であること。改善とは、年齢、文化的背景、そして、個人の関心にそって、住まい、職場や学校で、身体的、精神的、知的生活能力が増進するように援助していること。
[3]パートナーシップを発展させ、市民としての権利を与える活動であること。自然に存在する援助を最大限に活用し、「精神病患者」としてではなく、一市民として生活できるように援助していること。
[4]他のサービス、社会資源、援助のネットワークに統合されている活動であること。
[5]医療が利用しやすい活動であること。
5.これからの精神科医療とリハビリテーション
〜社会防衛的医療から地域型医療・リハビリテーションへの挑戦〜
精神科診療報酬の大幅な改善と特例法廃止による脱施設化を進めることなしに、これ以上の精神科医療とリハビリテーションの発展はあり得ない。思い切った病床数削減と医療・リハビリテーションの質の向上が必要。
<これからの地域型病院医療の基本的理念と目標>
・最重症の患者を対象とする。
・インフォームド・コンセントの原則に基づく納得ずくの医療の実現。
・地域との連携医療を強化し、最小限の入院期間で最新の治療を提供する。
・身体拘束を最小限にした医療。
・病棟の過密化をなくし、個別のニーズに応えられる定数にする。一病棟30床以下、急性病棟では10床以下に。
・"未来の病棟"としての「集中治療ホステルward-in-a-house」の試行実施。 10名ほどの若い重症患者に10数名のスタッフが配置され、地域に近いところの「普通の家」で、個別化された濃厚な治療を集中的に提供しようとする試み。
<外来医療の強化と医療スタッフの参加する多職種協働の稼働的コミュニティ・チーム>
10名ほどの多職種協働のスタッフが交代制勤務でスタッフ1人当たりおよそ20名の患者を24時間365日のコミュニティケアを提供しようとする試み。
<これからのリハビリテーションの視点>
・精神障害者をできるだけ「普通の人」と見る。
・さらに、できることなら、周囲から理解してもらえにくい障害を抱え、困難な生活を余儀なくされている人に対する正当な接し方に留意する。「一目置く態度」で。
・援助や治療の目標は、本人と家族の希望(hope,wishes and ambitions)を中心とする。
・精神症状より、具体的な日常生活を重視する。
・リハビリテーション目標の設定に当たっては、病理・能力障害の評価・治療と訓練とともに、能力・長所を見出し、それが発揮できるように援助することを重視する(strengths model)。
・再発予防偏重から、生活目標達成支援の視点を重視する。
・結果重視から、努力し続ける経過を重視する視点へ。
参考図書:
・「病院医療と精神科リハビリテーション」、ジェフ・シェパード著、晴和書店
・「精神障害者の自立と社会参加」、村田信男、川関和俊編集、創造出版、1999.
・「精神障害リハビリテーション―21世紀における課題と展望―」、村田信男、川関和俊、伊勢田堯編),医学書院、東京,2000.
・「精神障害リハビリテーション学」、蜂矢英彦、岡上和雄監修、金剛出版
・「精神科リハビリテーションの実際[1]臨床編、[2]地域の実践編」、F.N.ワッツ、D.H.ベネット編、福島裕監修、兼子直、伊勢田堯、蟻塚亮二訳、岩崎学術出版参考文献:
・Shepherd,G(長谷川憲一、小川一夫、伊勢田堯訳):精神科リハビリテーションの最近の発展.精神障害とリハビリテーション、1:56-70,1997
・ジェフ・シェパード(長谷川憲一、小川一夫訳):英国における心理社会的リハビリテーション―科学的根拠に基づいたアプローチ.精神リハ誌、4;63-68,2000