「HANGAR FLYING」
レーシングフォト・クラブ 永井 幸雄
北風が強く冷たくなり、巷に”甚五郎兵衛”の音楽が流れ出すと、もう師走となってしまっていた。
昨年の今頃は、コンピュータが正しく西暦2000年を認識できずに大混乱になるのではないかという、Y2K問題で大騒ぎだったが、危倶されたような大きな事故・事件は起きなくて済んだ。何にもないと、すぐに忘れてしまうものなんだなと思う。
真珠湾攻撃から60年めの12月8日に、これを書いている。毎度のことながら、「暮れ」の文字を書くだけ、あるいは文字を見るだけ、音を聞くだけで忙しくなってしまうから、ゆっくりと21世紀初めての今年を振り返るなんて悠長な作業は出来そうにもない。
だが、兎にも角にもあの忌まわしいテロに全てが呑み込まれてしまったと言えよう。新年号の記事には、どう転んでも相応しい訳はないのだが、出版界の宿命だからしょうがないとするしかない。
他にも僕が関わっている出版社では、新年号はもちろん年内に本屋に並んでしまうし、2月号も年内に製本してしまう所もある。そしてそこでは3月号の編集作業までも年末ギリギリまでやってしまう。誰が考えたのだろうか、発売月と月号が違うということは…。
イヤだけれども再びテロに話を戻す。
鏡面のような水面に落とした小石が描く波紋のように、あのテロの影響はとんでもないほどに広がってしまっている。特に航空界への影響は深刻なほどだ。海外ではスイスのナショナル・フラッグ・キャリアのスイス航空が倒産し、ベルギーのサベナ航空も同じ道を辿ってしまった。尤もさすがにスイス航空は、国が挺入れをして、倒産は回避されたというが、そのゴタゴタのせいだろうか、同社の子会社のコミューター機が墜落事故を起こしてしまった。
国内に目を向ければ、JALとJASが経営の統合を打ち出してコストの低減を図れば、対するANAは、3社が競合していたのが2社になると、利用者の選択の幅が無くなってしまう…という難色を示した。果たしてどうなるのか、推移を見守って行くしかない。
しかしただ一つ、ANAの「3社が2社に…」の発言は失礼ではないか。他にも北にエアドゥーがあり、南にスカイマークもある。そして旧3社の傘下ではない、使用事業も頑張って独自のラインをとばしているのだから。
航空会社が大変なのと同様に、旅行会社もチケット販売に躍起になっている。つい最近では、この年末発のニューヨーク3泊で3万円を切る価格で販売されていた。また、毎年恒例のお正月のハワイ・ツアーにも、かなりの定員割れのものがあるという。
この原因は、もちろんテロの後遺症だろうが、それは人々が飛行機に乗るのが恐いのか、それとも(海外)旅行が恐いのか、それらが複合しているのだろうかという目でこの現象を捉えてみたところ、一番の原因は海外へ行くということのようだ。だれしも自分の家から遠く離れた、しかも海外で命に関るような事件には遭遇したくないというのが、その真相だろう。
だからこの年末・年始は帰省や観光旅行で、国内線にはかなりの乗客が戻ってくるだろう。しかしながら沖縄には足が向かないようだ。アメリカのアフガン侵攻の余波だろう。
とにかく史上最悪のテロだったから、これを払拭できるまでは、航空旅客が元通りになるには、まだ時間がかかるだろうが、ただ時間の経過だけに頼っていてはダメなので、新しいチェックイン・システムやセキュリティ・システムの開発などが急がれる。またこれらと矛盾するけれど、従来のシステムでは搭乗までに時間が掛り過ぎる。飛行機も汽車・電車のように、極端に言えばドアが閉まる寸前でも乗れるようになれば、陸の高速交通機関同様の利便性・安全性も確立できたと言えるのではないだろうか。