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第7回 観光に関する学術研究論文の審査を終えて
審査委員長
白幡 洋三郎

 今回の観光に関する学術研究論文募集には、25編の論文が寄せられた。昨年を一編上回るだけではあるが、応募数が着実に延びていることは喜ばしい。しかもいずれの論文も観光を真正面から真摯に取り上げた質の高い力作であり、審査委員一同、知的な興味を満喫しながらすべての論文を読み進めることができた。観光という現象を狭い考え方に閉じこめることなく、大きな人間の営みとして取り上げる気運の広がりが実感され、今後の観光学の発展にとって心強く思われたことであった。
 全体的な印象をいえば、群を抜く優秀な論文がなかったことが今回の特徴として挙げられるが、他方それだけ全体の水準が上がったことが強く感じられ、入賞を巡って激戦が演じられる結果にもつながった。
 一席に選ばれた上田論文は、近年奈良市のなかでもとくに人気が高まってきた奈良町の観光を取り上げ、その基盤形成としてのまちづくり活動を分析したものである。最近、観光の分野においてNPOの役割を積極的に評価する姿勢がみられるが、ときに行政や管理側の役割を否定的にのみとらえ、非営利組織の一方的な理想化に陥る論文も目につく。そうした中で、上田論文はコミュニティーの着実な活動が行政への的確な働きかけによって、町とその観光を豊かにしてゆく過程を偏りなく解剖した。その力量が高く評価され、多くの委員の推薦を受けた。
 二席に選ばれた岩松論文は、江戸時代に多数出版された「名所図会」のうち、最も初期に位置する「都名所図会」を取り上げ、とくにその挿し絵の分析を通して、現代にも通じるグリーンツーリズムの内容を持つことを論証したものである。一般に当時の都市観光案内書として理解されてきた「名所図会」のなかに、郊外・田舎を愛でるにとどまらない、「奥山」を探勝する農山村観光の視線が存在することを指摘したことは、近世歴史学の観点からみてもユニークであり注目すべき成果であろう。
 同じく二席に選ばれた李論文は、遠野市をフィールドに選び、観光施設における高齢者参加の可能性とその意義を論じたものである。高齢化社会の到来は、ゲストとしての高齢観光者をそれもマーケットの対象としてみるだけでなく、ホストとしての観光事業の担い手として高齢者を考えることをも求めている。そのような明確な問題意識に立って調査した結果を示唆に富んだ提言にまで高めている。現代が直面する社会問題に観光学が応えうる可能性を示した点でも高く評価される業績である。
 以上三編は、各委員の当初の評価をとりまとめると明確に甲乙つけがたく、ほとんど一線に並んだ。それぞれユニークであり、論文としての完成度も高い。しかしながら、論文の体裁、論証の運び、具体的提言の妥当性などの評価ごとに三論文を検討した結果、その差は僅少ではあるが総合的に判断してもっともまとまりのある上田論文を一席に選ぶことで全員の意見が一致した。
 奨励賞には、霧島におけるエコツーリズムを屋久島のそれと比較して将来の方向性を提言した佐々木論文、伊豆高原地域にある美術関連施設の創設・発展の歴史と背景を分析してリゾート開発における自律性の意義を指摘した古本論文、日本ホテル企業の海外展開事例の研究を通して今後のモデル化をめざした四宮論文、沖縄・竹富島の観光の現状分析からツーリズム経営一般の自律の可能性を論じた池ノ上論文、以上四編が選ばれた。いずれも観光学の対象を広げる豊かな可能性を感じさせた。
 残念ながら受賞には至らなかったが、土産品店の問題点や観光振興の主体のありかたを論じたものなど観光の現場に立つ実務家ならではの視点から論じられたユニークで関心を強く引く論文があった。今後の成果をぜひ期待したい。
審査委員名簿
  氏名 役職
審査委員長 白幡洋三郎 国際日本文化研究センター教授
審査委員 橋爪紳也 大阪市立大学大学院助教授(文学研究科)
橋本俊哉 立教大学助教授(観光学部)
新納克廣 奈良県立大学助教授(地域創造学部)
秋山靖浩 早稲田大学専任講師(法学部)
本田勝 国土交通省総合政策局観光部企画課長
新井佼一 (財)国際観光開発研究センター専務理事
長光正純 (財)アジア太平洋観光交流センター理事長
(順不同・敬称略)








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