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山岳地帯の患者にも治療を

ベトナムでは1950年代初めに、ハンセン病に対する真剣な取り組みの一環としての調査活動が始まりました。住民の30%が罹患している村落もあり、特に山岳での罹患率は非常に高いものでした。1960年に行なわれた調査によると、山岳地帯での罹患率は人口1万あたり1,000人に近いという結果が出ました。これは世界的にみても、最も高い罹患率といえるでしょう。1978年の調査では、ベトナム全土の患者数は20万人前後、罹患率は人口1万人あたり約40人という推定値が出されました。世界の中でも極めて高い数値です。
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 1982年にはMDT(多剤併用療法)が導入されました。ベトナムには、ハンセン病対策活動が効率的に行なわれる基盤が揃っていました。ほぼ全土で基本的な医療サービスが受けられる体制があったこと、多くの村落に自治運営の保健所があったこと、中央政府管轄の地域医療センターには整った施設があり、専門家がいたこと、そして総合病院への照会制度も整備されていたのです。活動の中で、専門的な医療面は医師が担当しましたが、啓発活動、難しい症例の総合病院への照会、薬剤の配布、患者のフォローアップは、各地域の保健所職員が行なうという分担体制を確立しました。
 ハンセン病の早期治療を可能にするため、大規模な集団検診を行ない、ハンセン病と診断された人には、全国統一の基準に従って治療計画が立てられ、治療を開始しました。同時に、伝染予防のために、家屋を煉瓦造りにしたり、戸別のトイレを作ったり、清潔な水を供給したりといった衛生状態の改善にも努めました。またハンセン病の患者とその家族に対するスティグマ(社会的汚名)をなくすための啓発活動にも特に力が入れられました。
 ハンセン病制圧への取り組みはおおむね順調に進んでいましたが、山岳地帯での罹患率は依然として高いままでした。道路事情が悪い山岳地帯では、中央政府が行なう移動検診チームによる検診・診断・登録は難しいため、ラジオやテレビ放送を通しての啓発活動によって、ハンセン病の症状ではないかと疑いを持つ人が自ら診断・治療を受けに来ることを促しました。
 罹患率は1980年代後半から加速的に下降していきました。1978年には人口1万人あたり約40人だった罹患率が、1995年には0.69人、1999年には0.26人までに低下しました。何世紀にもわたってスティグマによって引き起こされた社会的な傷も、啓発活動によって癒えました。優れた啓発活動、保健サービス、衛生状態の改善を通して、ベトナムは1995年にハンセン病の制圧を達成しました。
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■道路事情の悪い山岳地帯での薬剤配布








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