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師眼再会 100 柳 宗悦
小刀(アイヌ)
 「マキリ」と普通いわれているもので、いわば小刀である。長さおよそ一尺から八寸五分程のものが最も多い。巾は大概は一寸二、三分である。中央にはいつも紐止めが附く。木製のものが多いが、しばしば柄や、鞘の両端を角で作る。何れにも彫を施す。一つとして同じものはない。何れもそりがあって形が美しいが、樺太アイヌのもので、これをやや形を異にし、尾端にそりの強いものがある。この様式のものの方が一段と格が古い。「マキリ」には実に美しい作があって、使い古した品には味わい掬すべきもの少なくない。部分に角を用いたものはよけい見栄えがする。
 アイヌは彫る。何にも彫る。どんなに彫ることが好きで、また彫ることが上手であろう。そうしてどういう力量があるのか、醜くは彫らない。中にはこれ以上を期待することが出来ないまでに、美しく彫る。出来不出来はあろう。しかしたといまずい場合でも、いやなものはない。ほとんど誤りばかりを犯している今の文化人の仕事に比べ、どうしてこうまで安全なのであろうか。我々の中では少数の優れた人だけがいい仕事をする。だがアイヌの彫は何も少数の人だけの技ではない。大勢の者から優れた品が生まれた。ここに我々にとって、少なからぬ命題があろう。何人も煩悶すべき題目ではないだろうか。なぜ私達の作るものに醜いものが多いのだろうか。兎も角こういう問題を考えるのに、アイヌの工藝品は好個の例証を与えてくれる。なぜ私たちは容易にアイヌの作以上のものを生めないのか、このことがもっと反省されていいであろう。何もアイヌのすべての作が、無上なものとはいえない。しかしそういうものより、数段と劣るものを、無数に作りつつある今の文化に、酷しい批判を加えないでいいであろうか。
(「工藝」昭和十六年百六号から転載)
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