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第6章 景観条例の制定に向けて
 横須賀らしい美しい都市景観の形成にあたっては、前章で記したように、単なる建物コントロールにはとどまらない多様な対応が求められる。
 これらの対応を実効性のあるものとするためには、それらの全体像を「景観条例」というかたちで取りまとめることが有効であると考えられる。そのため、今後は景観条例の制定に向けて各種の具体的な検討を進めることが必要となるが、ここでは、「景観条例に反映されるべき、横須賀市ならでは美しい景観形成を進めていく上での考え方」(ここではこれをガイドラインと呼ぶ)を整理し、今後の具体の検討のための基本的な道筋に資するものとする。
1 ガイドラインの考え方
 横須賀らしい美しい都市景観の形成にあたっては、前章で記したように、単なる建物コントロールにはとどまらない多様な対応が求められる。
 ここでは、このような景観形成に向けて、ガイドラインがどのような役割を果たすことができるのか、また、ガイドラインが効果的なものとなるためにどのようなガイドラインとすることが必要なのかについて、先進事例調査の結果も踏まえ、検討、整理しとりまとめる。
(1) ガイドラインの位置づけ
 通常「ガイドライン」と呼ばれるものは、景観形成のための基本的な考え方を、地域住民、民間事業者、自治体担当者といった、景観形成に関わる全ての人々に判りやすく伝えることを目的として作成されるものである。
 美しい景観形成に向けて、ガイドラインは有効な方策の一つではあるが、上述のような基本的な性格、そして本調査研究の一環として実施した先進事例のヒヤリング調査からも分かるように、「ガイドライン」の作成だけで景観形成を担保することは困難であり、繰り返しになるが、「条例」、「都市計画制度」などの諸方策と一体となって、景観形成を支えていくことが必要である。
 これらのことを踏まえると、横須賀市の「美しい都市景観の形成」に向けてのガイドラインの策定にあたっては、以下の点を十分考慮する必要がある。
 
[1]  「ガイドライン」と「条例」、「都市計画制度」の三位一体で景観形成に対応する。
 ガイドラインの作成だけを単独的に考えるのではなく、「ガイドライン」「条例」「都市計画制度」それぞれの役割を考え、三位一体で景観形成に対応することを念頭においた上で、「ガイドライン」の作成を行う。
 なお、三位一体の一画をなす「条例」について付記すれば、許認可だけを規定するような従来型の条例では、具体の景観形成に対する実効性の点で弱い面があることが、先進事例のヒヤリング調査からも指摘されてことから、「プランニング」「デザイン」の中身を規定することができるような(重要施設・空間に対するデザイナー指定制度やコンペの義務付けなど)、新しいかたちの「条例」を模索することが必要と考える。
 
[2]  空間モデルに対応した「ガイドライン」とする。
 横須賀市の沿岸部における本来的な景観的特質に根ざして設定した「空間モデル」には、それぞれ共通的な景観的課題が存在している。ガイドラインが、景観形成のための基本的な考え方を人々に分かりやすく伝えることを目的とすることを考えると、共通的な課題を有している、「空間モデル」に対応するかたちでガイドラインの内容を作成することが有効と考える。
(2) ガイドラインとして対応を図るべき項目・内容
 横須賀らしい美しい都市景観の形成にあたっては、多様で多面的な対応が必要となることは既に示したとおりである。
 ここでは、その中で、特にガイドラインとしての対応を図るべき事項とその基本的な内容について検討整理する。
 前章において示したように、美しい景観形成のために求められる対応は、大きく、《景観のコントロールに関わる事項》、《水辺との関わりの再構築に関わる事項》、《景観形成に対する意識づくりに関わる事項》の3つの項目に整理することができる。
 これらのうち、《景観形成に対する意識づくりに関わる事項》については、一定の達成目標が定められる性格のものではないため、常に継続して取り組むべきのものである。そのため、その対応についても、ガイドラインの作成というよりは、できるところから行動計画に着手すべき事項と考えられる。このようなことからも、「ガイドライン」としては、《景観のコントロールに関わる事項》《水辺との関わりの再構築に関わる事項》の2つの事項について対応を図ることが必要であり、有効と考える。
 以下に、それぞれの「ガイドライン」の基本的なイメージを示す。
ア 景観のコントロールに関する「ガイドライン」の内容
 横須賀市では、近年、高層の建築物や工作物が増えつつあり、今まで見慣れた都市の景観に少なからず変化を与えている。都市の景観はそこに住まう人々の共有財産であり、このことは、「横須賀市都市景観整備基本計画」にも謳われている。中でも、眺望景観は、横須賀市の骨格構造とその特徴を集約して表現している、都市の特性景とも呼べるべきものであり、その保全、演出は、都市景観計画において重要な意味を持つ。
 以上のような考え方を踏まえ、景観のコントロールに関する「ガイドライン」の内容については以下を提案する。
 
[1]  「沿岸部丘陵地端部からの市街地・海への眺望景観」に対する内容
 「丘陵端部の主要視点場からの眺めにおける海への眺望の確保」の観点から、
i. 水平線の連続性をまとまって切らないための建物の高さと連続度のコントロール
ii. 丘陵端部の特定の眺望点(別途定める必要がある)からの海への見晴らしを保全するための建物コントロール
iii. 水面の見えの確保に配慮した埋め立て整備
の3つの内容を示す。
 水平線の連続性をまとまって切らないことに対応しては、
・ 水平線の連続性を切らない建物高さに抑えることが望ましいこと
・ 水平線の連続性を切る建物高さの場合にも、どの程度の幅(まとまり)に抑えることが望ましいかについての目安
を示し、景観形成のための建物コントロールに対する誘導、協力を促す。
 丘陵端部の特定の眺望点からの海への見晴らしを保全に対応しては、
・ 特定眺望点からの海への見晴らしが、横須賀の景観形成にとって重要な意味を持つこと、それが非常に危険な状況にあること
を示し、眺望確保のための特別な配慮(例えば、特定眺望点に対応してある視野の範囲を定め、その範囲内の建物の高さを特別にコントロールする)に対し、理解と協力を促す。
 水面の見えの確保に配慮した埋め立て整備に対応しては、
・ 埋め立てにあたっては、主要視点場からの眺めにおける水面の見えにも十分配慮する必要があること
を示し、埋め立てに対する景観形成の観点からの配慮、協力を促す。
 
[2]  「丘陵斜面樹林を背景とする市街地あるいは海上からの見返り景観」に対する内容
 「沿岸部の主要視点場からの眺めにおける丘陵斜面への眺望の確保」の観点から、
i. 丘陵スカイラインの連続性をまとまって切らないための建物の高さと連続度のコントロール
ii. 丘陵斜面樹林地の保全と再生
の2つの内容を示す。
 丘陵スカイラインの連続性をまとまって切らないことに対応しては、
・ 丘陵スカイラインの連続性を切らない建物高さに抑えることが望ましいこと
・ 丘陵スカイラインの連続性を切る建物高さの場合にも、どの程度の幅(まとまり)に抑えることが望ましいのかの目安
を示し、景観形成のための建物コントロールに対する誘導、協力を促す。
 丘陵斜面樹林地の保全と再生に対応しては、
・ 丘陵斜面地の開発にあたっては、主要視点場からの眺めにおける丘陵部の緑の見えにも十分配慮する必要があること
を示し、斜面地開発に対する景観形成の観点からの配慮、協力を促す。
イ 水辺との関わりの再構築に関する「ガイドライン」の内容
 水辺との関わりの再構築に関する「ガイドライン」の内容については以下を提案する。
 
[1] 「沿岸部におけるパブリックスペースの充実」に対する内容
i. 水辺の公園・プロムナードの整備
ii. 不特定多数の人々が利用する沿岸部の施設における海との関わり空間の創出
の2つの内容を示す。
 水辺の公園・プロムナードの整備に対応しては、
・ 沿岸部の整備・開発にあたっては、パブリックスペースの充実にも十分配慮する必要があること
を示し、沿岸部の整備・開発に対する水辺との関わりの再構築、ひいては景観形成の観点からの配慮、協力を促す。
 不特定多数の人々が利用する沿岸部の施設における海との関わり空間の創出に対応しては、
・ 不特定多数の人々が利用する沿岸部の施設の整備にあたっては、水辺との関わりの再構築にも十分配慮する必要があること
を示し、施設整備に対する景観形成の観点から誘導、協力を促す。
 
[2] 「市街地と水辺との結びつきの強化」に対する内容
i. 海を取り込んだ街路整備(水面の見える通景の確保)
ii. 海への見晴らしを楽しめる眺望点の整備
の2つの内容を示す。
 海を取り込んだ街路整備に対応しては、
・ これからの市街地の整備にあたっては、水面の見える通景の確保といった面にも十分配慮していく必要があること
を事例やスケッチなどを用いて分かりやすく示し、市街地整備における水辺との結びつきの強化、ひいては良好な景観形成の観点からの配慮、協力を促す。
 海への見晴らしを楽しめる眺望点の整備に対応しては、
・ 海への見晴らしが横須賀ならではの特徴的な景観であり、このような眺望点をこれから積極的に整備・充実していくこと
を事例やスケッチなどを用いて分かりやすく示し、眺望点整備に対する配慮、協力を促す。
ウ 景観形成の全体像に関する「リーフレット」づくりの提案
 上記に示した2つの「ガイドライン」が、美しい景観形成のために求められる多様な対応のうち、「ガイドライン」としての対応が特に有効と考えられるものである。しかし、これらは、あくまでも、美しい景観形成のために求められる対応の一部であることから、上記2つの「ガイドライン」とはやや性格の異なるものではあるが、「美しい景観形成のための対応・取り組みの全体像」を示すものを作成することが必要であると考える。
 これは、景観形成に対する啓発・意識づくりのための「リーフレット」的な性格・内容のものであり、その意味では、景観形成のために求められる対応の《景観形成に対する意識づくりに関わる事項》に対応するものであるということができる。
 内容のイメージとしては、[1]景観形成を「ガイドライン」「条例」「都市計画制度」の三位一体で推進していくこと、[2]そのための対応の全体像、といった基本的な事項の記述に加え、[3]横須賀の景観構造とその特徴を分かりやすく記述することをイメージする。
図表6-1 リーフレットの例
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2 今後の展開
 今後の展開にあたっての具体のスケジュールは、横須賀市全体の都市づくり、他事業との兼ね合い等からの判断となるが、美しい景観形成の実現という観点からその優先度を設定するとすれば、以下のように考える。
 
《優先度の高い項目》
・ 景観のコントロールに関する「ガイドライン」
・ 中でも特に、「水平線の連続性をまとまって切らないための建物の高さと連続度のコントロール」「丘陵スカイラインの連続性をまとまって切らないための建物の高さと連続度のコントロール」に関する事項
 上記事項の具体の展開にあたっては、水平線の連続性をまとまって切ってはならない幅(まとまり)の目安、丘陵スカイラインの連続性をまとまって切ってはならない幅(まとまり)の目安に対する基礎的な検討が必要と考えられる。
 
《優先度の高い地区》
・ 磯浜モデル
・ 中でも、横須賀中央地区、秋谷地区
 「ガイドライン」の対象とするエリアについては、全市を対象とした上で、空間モデル毎に、目安の考え方に差を与える(細長い内水面部を挟んだ対岸丘陵への眺めが課題となる浦モデルと、比較的離れた見返り景となる丘陵への眺めが課題となる磯浜モデルとでは、例えば丘陵スカイラインの連続性をまとまって切ってはならない幅の目安には差があるべき、与えるべきと考えられる)といった方法を基本にすることが望ましいと考える。
 優先度を考えるとすれば、中高層建築物の建設可能性の最も高い横須賀中央地区と、現在比較的良好な景観状況を保っており、中高層建築物の建設による影響が大きい秋谷地区が考えられるため、これらの地区を対象とした景観コントロールに関する「ガイドライン」を作成する必要が高いと考える。
 なお、優先度という観点とは異なるが、景観形成を根底で支える意識づくりに関する取り組みは、出来る範囲で継続的に、しかも出来るだけ早い段階から着手することが望ましい取り組みであることから、《景観形成に対する意識づくりに関わる事項》として前述した各種の対応(シンポジュームの開催など)の展開を図ることが有効と考える。
 これらの検討を、次年度以降も総合的に行い、最終的な景観条例の制定に向けて歩を進めていくことが必要であると考える。
 その際の、景観条例に関する全体的な位置付けについて、考慮すべきことを一点加えるとするならば、今回の検討が、どちらかというと「見える-見えない」といった狭義の景観を基本に据えたものであるために、その重要性は認識しながらも十分な位置付けを行っていない、「地域の歴史的な景観」「自然環境的な意味合いからの緑の問題」を、景観条例の中でどのように位置付けていくのか、に関しての検討を行う必要があると考える。








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