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第3章 ディーゼル機関各部および付属装置の整備
 近来、ディーゼル機関は、高出力化、高性能化が進むとともに、その品質の向上も著しいものがあり、機関の部品、部材も高品質のものとなり、近代的な品質管理のもとで生産されている。
 こうした背景から、エンジンの整備に対する考え方も整備の方法も変化してきており、整備の作業は、多くの工数を必要とする部品の手直しや現物合せ、すり合せなどは少なくなり、整備の主な作業は「新品部品と交換する」こととなった。
 また、機関は定期的に、メーカの保守点検基準に基づいて点検、整備をすれば、一定の期間は支障なく使用できるようになっている。
 従って、整備にあたっては、予めその機関の来歴ならびに使用状況、使用時間などを充分機関の取扱説明書、整備マニュアル等により把握し、メーカの整備基準に基づいた整備を行う必要がある。
 万一、部品の破損等の事故に対して修理、整備を行う場合は、その原因、対策について詳細にメーカと相談し、適切な処理を行わなければならない。
1. 一般的留意事項

1.1 分解整備の準備

[1] 機関分解に先立ち、機関の外観をチェックし、水、油漏れ、ガス漏れ等の異常があれば記録しておく(必要な場合はその状況を写真に撮る)。
[2] 冷却水、燃料、潤滑油の排出に際しては、その性状に注意し、汚れ、変色等異常のある場合は、サンプルを採っておく。分解後部品に異常が有った場合、その原因究明に役立つことになる。
[3] 分解、組立てにあたっては、適正な工具を使用し、取付寸法、スキマ、締付けトルクなどは測定値による作業を行うので、必要な測定器を準備すること。

1.2 分解時の留意事項
[1] 分解直後に汚れの状態やカーボンの付着状況に異常のある場合は、記録あるいは写真を撮っておき、特に分解中に破損箇所や不具合箇所を発見した場合は、記録とともに客先と打合せを行い、整備修理の方針をはっきりさせて後日のトラブルが発生しないようにすることも必要である。
[2] 破損した部品はすぐに廃棄しないで、検討が済むまで現状のまま保存すること。 これは原因究明と客先とのトラブル防止に役立つ。
2. ディーゼル機関の各部の整備
2.1 機関本体部

1) シリンダブロックおよび台板
 シリンダブロック、台板は、機関の燃焼圧による変動荷重の支持構造物である。
 この変動荷重によってシリンダヘッド取付ボルト用ねじ穴、ライナ挿入孔角部、クランク室隔壁、リブ等の応力の高い部分が繰返し応力による亀裂発生(疲労破壊)を起こすことがある。
 また、水ジャケット部はキャビテーションによる腐食や電気的腐食(電食)、水質不良による酸化腐食(これらについてはシリンダライナの腐食参照)が発生することもある。

(1) 点検および整備
 3・1表 シリンダブロック(台板、オイルパン)の点検、整備による。
3・1表 シリンダブロック(台板、オイルパン)の点検、整備
点 検 計 測 内 容 整 備 内 容
(1) シリンダ本体  
 [1] シリンダヘッド取付け部植込みボルド用ねじ穴周辺の亀裂の有無点検(カラーチェック) 亀裂あるものは交換
 [2] シリンダライナのかん合部挿入孔の鍔部の損傷および亀裂の有無点検(カラーチェック) 軽微な損傷は修正、はなはだしいものは交換、亀裂のあるものは交換
 [3] シリンダライナのかん合部挿入孔のパッキン座の損傷腐食の有無点検 修正、水漏れの防止できないものは交換
 [4] シリンダライナのかん合部挿入部の腐食、亀裂の有無点検 軽微なものは修正、はなはだしいものは交換
 [5] 防食亜鉛、防食塗料の損耗状況点検 原形の1/3以上損耗しているものは交換
 [6] 冷水ジャケット部、冷却水連絡孔部の腐食の有無 腐食の軽微なものは修正、スケールを落し防錆塗装する
 [7] 各植込みボルトのゆるみ、ねじ部の損傷がないか点検 ゆるみのあるものは締直し、軽微な損傷は修正または交換
 [8] 各軸穴にゴミ、異物がないか、亀裂などが生じてないか点検 洗浄清掃
 [9] クランク室各隔壁、リブに亀裂がないか点検(カラーチェック) 亀裂あるものは交換
(2) 台板 (オイルパン)  
 [1] シリンダと同様に黒皮面、特にリブおよびその付け根の亀裂の有無を点検する (カラーチェック) 亀裂あるものは交換
 [2] シリンダ、台板との合わせ面の損傷状態を点検 修正
 [3] シリンダ、台板の締付けボルトの締付け面の損傷状態を点検 同上
 [4] 台板の裾付け面の損傷点検、チョックライナのゆるみ点検 裾付け面は修正、ゆるみはデフレクションを測定しながら裾付ける。
 
2) シリンダライナ

 シリンダライナは、シリンダヘッド、ピストン、ピストンリング等とともに燃焼室を形成する部品の1つで、機能の面からも耐久性の面からも非常に重要な部品である。シリンダライナの摩耗は、機関の分解整備間隔を決める大きな要因になるので、シリンダライナに耐摩耗性をもたせることが重要になる。耐摩耗性を向上させる方法としては、

[1] 摩耗に強いパーライト鋳鉄やボロン、リンなどを含んだ合金鋳鉄を使用する。
[2] シリンダライナ内周面に多孔性の硬質クロムメッキを施す。
[3] その他の表面処理。
 シリンダライナ内周面は運転状態での気密性を損なわぬよう、真円度、平行度が必要で1例を挙げると、シリンダ内径100mm前後に対し、楕円、テーパともにO.02mm以下が望ましいとされている。
 シリンダライナ内径の摩耗はガスもれによる性能低下、潤滑油の汚損や潤滑油消費量の増加等運転時、不具合を生じてくる。
 一般にライナの摩耗量がシリンダ径の約O.5%以上に達した場合交換する必要がある。
 スリーブレスの場合はオーバサイズに加工し使用する。

(1) 点検および整備
 3・2表 シリンダライナの点検、整備による。
3・2表 シリンダライナの点検、整備
点 検 計 測 内 容 整 備 内 容
(1) 分解したままの状態で点検  
 [1] 冷却水側の腐蝕の状態目視 軽度のものはグラインダで修正
 [2] つば部パッキン部の当り状況目視 修正、当り不良はなはだしいものは交換
 [3] 上部のカーボン堆積状況目視 カーボンの掃除
(2) 掃除機の点検  
 [1] 内面のかき傷、摩耗、焼付きの状況、特にクロームメッキをしてある場合は酸食 (ミルキスポットの有無)点検 軽微な場合はサンドペーパまたはオイルストンで修正、はなはだしいものは交換 酸食により断付きはなはだしいものは交換
 [2] 亀裂発生の有無 (カラーチェック) 亀裂あれば交換
 [3] シリンダヘッドとの締付け面の当り、気密パッキンの状態 変形、傷は修正、はなはだしいものは交換。パッキンは交換
 [4] 内径の計画 (特にピストン上死点の第1リング位置付近の摩耗) 使用限度以上のものは交換(または研削、オーバーサイズピストン使用)
 [5] ゴムパッキンはめ込み部の腐食の状態 腐食深さ使用限度以上のものは交換
 [6] 防食亜鉛の損耗状態 原形の1/3以上の損耗は交換
 [7] シリンダブロック (本体) とのかん合部、外周の腐食状況 腐食のはなはだしいものは交換
 
(2) シリンダライナの内径計測(2・21表)

[1] 測定位置(I)第1リングのTDCにおける位置は必ず測定する。
[2] 測定位置(III)第1リングのBDCにおける位置、測定位置(II)はその中間である。
[3] 偏摩耗量は、直角方向との寸法差をいう。

(3) シリンダライナの摩耗

[1] 摩耗しやすい箇所
 ピストンが上死点にあるときの第1リングの位置が最もひどく摩耗する。
 この理由は次のとおりである。
 a. 高圧ガスが、ピストンリングの背面に働いているが、上死点付近は燃焼圧が高く、リングの摺動面圧が高い。
 b. ピストン速度が低く、油膜厚さが少なくなる。
 c. シリンダ上部ほど潤滑油の回りが悪く、しかも高温にさらされ潤滑油の粘度が下り、潤滑作用も低下している。
 
 次に摩耗が激しいのは、ピストンが下死点のときの第1リングがあたる部分で、ピストン速度の大きい行程中央は最も摩耗が少ない。
 また、クランク軸方向に比べて、直角の方向が側圧のため摩耗しやすい。
[2] シリンダライナ摩耗の原因と摩耗の方向
 シリンダライナの摩耗は、避けることができないもの(正常摩耗)と設計、製作の不良または取扱い不良によって起こるもの(異常摩耗)の2つに分けることができる。
(正常摩耗)
 摺動面が滑らかで、かき傷もなく、燃焼ガスの吹き抜け(ブローバイ)の跡を認められない状態。
(異常摩耗)
 摺動面のかき傷、スカッフィング、ブローバイによる変色、段付摩耗などで、異常が発生する理由には次のようなものがある。
a. 潤滑油の粘度やグレード(APIサービスグレード)が適当でなく、粘度不足による油膜切れ、グレードが低いことによるオイルの劣化などにより、潤滑不良となり、摺動面のかじり、摩耗の増大となる。
b. 潤滑油の不足、または入れ過ぎ
潤滑油の不足は当然オイル切れによる焼付きとなるが、多過ぎる場合もスプラッシュによるオイル上りなどにより、リングの固着を招き、燃焼ガスの吹き抜け(ブローバイ)により高温、潤滑不良となり焼付きの原因となる。
c. 使用燃料油の不適、すなわち灰分の多いものは、これがリングとシリンダライナの間にはさまれて摩耗をひどくし、硫黄分の多いものは、これが燃焼して生じた硫酸によりシリンダライナ壁を腐食する。
d. 長時間の過負荷運転をした場合は、高熱のため潤滑作用が悪くなるし、高圧のためリング裏からの張り出しが強くなる。
e. 燃焼不良の場合、カーボンを多く発生し、これがリングとシリンダライナの間にはさまれて摩耗を激しくする。
f. シリンダライナ冷却水温度が不適の場合、すなわち冷却水温度の低過ぎ(過冷却)は燃焼不良や燃料中の硫黄分による硫酸腐食となり、高過ぎは潤滑不良となる。
[3] シリンダライナ摩耗の影響
a. 圧縮漏れのため、圧縮温度が下がり燃焼不良となる。
 特に始動や低速運転が困難となる。
b. 燃焼ガスが漏れるため、平均有効圧が下がり出力の低下とともに、クランク室の潤滑油が早く劣化する。
c. 高圧ガスの吹き抜けのため、ピストンリングの固着や折損を生じやすく、シリンダライナの摩耗はさらに激しくなる。
[4] 硬質クロムメッキライナについて
 シリンダライナ内面の耐摩耗性を向上するため、硬質クロムメッキを施したシリンダライナも一般的に使われている。メッキ層の表面は潤滑油の保持性が悪いため、ポーラス度を高めたチャンネルタイプやポケットタイプの硬質クロムメッキがシリンダライナ内面に用いられる。一方メッキの密着度が悪かったり、ポーラス孔が下地まで貫通している場合はメッキ層の剥離を生じ易く、燃料中の硫黄分が多く潤滑油のアルカリ度が不足する場合は白斑(ミルキスポット)現象(酸食)を生じることがある。またメッキライナにはピストンリングのライナ摺動面にメッキされたリングを用いるとメッキ同士が溶着するため、メッキリングは絶対に使用してはならない。

(4) シリンダライナの腐食
 シリンダライナの腐食は内面(燃焼室側)と外面(冷却水側)とに生ずる。
a) 内面腐食の原因とその防止法

[1] 燃料油や潤滑油に硫黄分や水分など不純物が多いときは、硫黄が燃焼して無水硫酸を生じ、これが水に溶けて硫酸となり燃焼室壁面に硫酸腐食を起こす。
 これの防止には、不純物の少ない燃料油や潤滑油の使用と、シリンダ冷却水の出口温度を高目に保ってシリンダライナ壁温をできるだけ高くし、硫酸露点以上に保つようにすることが必要である。
[2] 吸込空気中に塩分を多く含むときもシリンダライナ内壁が腐食する。吸込空気の取入口を適当な所に設けて機関まで管で導くなどして、清浄な空気を吸入させる。

b) 外面腐食の原因とその防止法(海水冷却)
 ライナの冷却水側に腐食を生ずる原因には、工場廃水などで汚染された港に停泊中、水中に含まれる腐食性成分のために生ずる酸化腐食もあるが、多くは異種金属どうし、または同種金属どうしでも状態が異なっていて、これらの間に水があるとき生ずる電気腐食である。
 この電気腐食(電食)作用は、シリンダおよびライナの冷却面のみでなく、水中に浸されたプロペラと船体や水の管系などにも生ずる。
 たとえば、銅と鉄のような異種金属どうしが、電流を通すことのできる海水中に接近しておかれて他部で接合している場合、液中では鉄から銅へ、外部では銅から鉄の方へ電流が流れて、鉄の活性部分が鉄イオンとなって、水中に溶け出し、水中の酸素と化合して水酸化物になる(3・1図)。
 すなわち活性部分は局部陽極となり腐食する。また、3・2図のように同種金属の鉄どうしを海水中に浸した場合にも、2枚の鉄板に温度差があるとか、囲の水の流速が違っていたり、内部ひずみによる応力の有無または一方のみに気ほうが吹き付けられるとかなどで、状態が異なるときにも流電作用により陽極部が腐食する。
 要するに電気腐食は多数の局部電池が構成され、その電池の(+)から(−)へ電流を生じて陽極部が溶解することによって進行するものであるから、鉄部の局部陽極を陰極にして局部電池を解消することが大切である。
 このような電食を防止するには次のように3つの方法がある。
3・1図 異種金属流電作用
3・2図 同種金属の腐食
[1] 防食亜鉛を使用する。
 下の図のように外筒に取り付けたジャケット清掃用カバーなどに亜鉛板をボルト締めする。
3・3図 防食亜鉛の働き
 鉄は銅より腐食しやすいが、亜鉛は鉄よりもイオン化傾向が強く腐食しやすいので、図のように電流が流れて、亜鉛が腐食し鉄や銅の腐食を防ぐことができる。
 防食用亜鉛の取扱いは次の注意が必要である。
a. 不純物を含まない純良な亜鉛を選ぶ。不純物があると防食亜鉛の中だけで電流が流れて防食の効果がなくなる。
b. 鉄に完全に接着させること。取付面にゴムパッキンを入れて浸水腐食による密着不良を防ぐ。
 密着不良では亜鉛から鉄や銅の方に電流が流れないので、鉄を保護する役目が果たせない。
c. ときどき取り外して、表面のさびや汚れを取り除くこと。油などで汚れると亜鉛から液の方に電流が流れなくなるからである。

[2] シリンダの冷却温度を必要以上高くしない。水温が高過ぎると、水中に気泡が発生しやすくなり、同種金属でも電気腐食を生ずるからである。
[3] シリンダを清水冷却する。清水は海水と異なり電気抵抗が大きいから電気腐食を防止できる。

(5) シリンダライナのキャビテーション
 ライナ外周面、特にクランク軸直角方向にキャビテーションエロージョンを生じることがある。これは、ライナの振動によりライナ表面に真空の気泡が発生し、急激につぶれる時のエネルギでライナ表面が侵されるもので、激しい場合は、相対するシリンダの内面も侵されることがある。
 浸食が深いものは、使用中に貫通するおそれがあるので交換しなければならない。
 この原因として、冷却水圧力の圧力不足、防食亜鉛の消耗、異常燃焼、ピストンライナすき間の過大などがあるが、対策についてはメーカと相談すること。








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