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II エレベータ装置の研究開発等
はじめに
 2001年2月わが国ではじめて開発建造された身体障害者用ヨットYAJ26(有明)が進水し、障害者にマリンスポーツの道がまたひとつ拓けた。障害者用ヨットの開発は世界的に見ても歴史が浅く、数種類のヨットを除きこれまでは個人レベルでの自艇の改造に留まっていた。わが国においても、障害者の社会参加、自立意欲の増進、ノーマライゼーションの浸透を背景にこれまで以上、広い範囲で障害者が活躍できるようになってきた証である。しかし、障害者用ヨットの艤装品の開発は活発に行われていない。障害者の障害の違いにより多くの条件を考え、開発をしなければならなかったからである。今まで絵空事であった、身体障害者用ヨットが進水したことにより障害者用ヨットに使用する艤装品の問題点が浮彫りにされ、遅からず解決する糸口を作る必要が出て来る。世界共通の課題となりつつある高齢化問題においても障害者に配慮した社会環境の整備、概念は、高齢者の生活にも多いに役に立てると考えられる。障害者用ヨットの艤装品の改良開発をすることでヨット上での活動による障害を無くしていけば、高齢者を含む多くの人が使いやすいデザイン(ユニバーサルデザイン)を自然に作ることになる。
 平成12年度「身体障害者用ヨットの開発」事業において、実施されたセールトリム装置の身体障害者対応設計で測定し検討された貴重な障害者筋力測定データをもとに昇降装置付椅子システムの改良開発を行ったのでここに報告する。
 
II-i 目的
II-ii 改良研究開発作業
 
1. 目的
 YAJ26(有明)に設置されたデッキからキャビンヘの移動用昇降装置(昇降装置付き椅子システム)の改良開発を行う。
 
2. 改良研究開発作業
 改良研究開発作業は、身体障害者用ヨット艤装改良支援グループ委員会で行った。委員会では次の3点について行った。
  1) 利用者の意見を取り入れる
  2) 現状装置の確認を行い、改良点を抽出する
  3) 新たな改良の提案
 
2.1 利用者の意見
 改良研究開発にあたり既存装置(YAJ26 有明に設置)を障害者、健常者に利用してもらい聞き取り調査を行った。調査は係留時及び帆走時(微風、強風)でのデッキからキャビンヘの降下、キャビンよりデッキヘの上昇とキャビン内ではバースヘの移動、デッキではコンパニオンウェーからデッキ上の前部スライドシートヘの移動を行いそれぞれに意見を聞いた。以下にその主な意見を箇条書きにする。
○ 両サイドの肘掛用のパイプ(アームレスト)にヒールがきつい時、足があたり痛い(写真1)
○ 油圧ポンプのレバーの着脱に手間がかかる
○ フットレストから足が落ちる(写真2)
○ フットレストを上げていた状態では、足が引っかかる(写真3)
○ 椅子を上げるのに油圧ポンプレバーの作動回数が多い
○ 椅子上下時にスライドハッチに頭が当たる
○ 最上部(デッキ)から下降する際、切り換え弁に手が届きにくい
○ キャビン内で椅子からバースヘ移動する際にアームレスト用パイプを抜いた後に椅子についているパイプが危険(写真4)
○ 切り換え弁が椅子座面から固定されているため、切り換え弁が付いている側のバースヘ移動できない(写真5写真6)
○ 一定角度(15度)以上ヒールすると尻が座面から滑り油圧ポンプレバーに体が当たりレバー操作できない(下肢麻痺の人)
○ 椅子の下降はヒール角度25度程度まで問題無く行える
○ 座面にマジックテープなどを利用しパンツと固定できるように工夫してもらいたい(ヒール時のすべり止め対策)
○ 椅子の上下移動の際、前後方向に対し体を支えるものが欲しい
○ 椅子下降時の際、初速に急な動きがあり不安である
○ デッキ上の前部スライド椅子へ移動の際、溝が約300mmと広く(写真7)、段差が約150mm(写真8)があり平水域での移動でも移りづらい
○ 油圧ポンプレバーがコンパニオンウェー上部にあたる
○ キャビン内天井にロープ(昇降椅子〜油圧往復シリンダー)が設置されているのが気になる(写真9)
○ 油圧往復シリンダーがシンク周りの天板に接触し一部天板を破損している(写真10)
○ 椅子の上下操作を行う際のブロックの音が気になる
○ デッキ上からも椅子の操作をしたい(キャビン内の椅子を上げる)
○ 手動で安全に感じる
○ システムが判りやすい(機構が簡単)
○ レバー操作力が軽く楽である
○ レバー位置が椅子のセンターライン上に在り左右どちらの手でも操作でき、便利である(写真11)
○ デッキからキャビン、キャビンからデッキヘの移動が容易に一人で出来る
○ 座面が堅くしっかりしており(布製ではない)フラットで健常者がキャビンの出入りの際、座面を任意の位置で止め、レバーを外すことによりステップとして使用できる
 
2.2 現状装置の確認、改良点の抽出
 YAJ26有明の昇降装置について被験者の意見を踏まえ、身体障害者用ヨット艤装改良支援グループにもYAJ26に乗艇してもらい現状装置の確認と、改良に必要な点や改良方法について提案してもらった。
 改良必要点は大別して椅子部、昇降装置部に分けられる。
2.2.1 椅子部
 椅子部は座面、アームレスト部、フットレスト部に分けられ、それに昇降装置に関連して油圧ポンプ・レバー、切り換え弁が付き構成されている。
 
1. フットレスト
 フットレストは写真2写真3のように2つに分かれておりその間に足が落ちたり挟まったりする。また、フットレストをたたむ場合足を引っ掛けてしまう。それらを解消するには、フットレストはデッキ上に設置されている椅子とは違い、パイプではなく一枚板にし、たたむ方向は現在の方向とは90°変えるほうが良い、また、椅子が最下部に在る時はフットレストが床につく構造にすれば、健常者が踏んだ場合にも安全で壊れづらい。
 
2. アームレスト
 アームレストはヒール時に大腿部が当たっても痛くないように、パイプに軟らかいカバーをするか板をつける必要がある。バースヘ移動の際は写真4の用にアームレストを抜くのではなく、写真12の様に回転するように工夫する。切り換え弁も座面への固定(写真6)ではなくアームレストと共に回転すれば邪魔にならない。
 
3. 切り換え弁
 切り換え弁はできるだけ前方の位置につけ、椅子位置が最上部でも手がスムーズに入るよう、ハンドルなどを工夫する必要がある。
 
4. 油圧ポンプ用レバー
 油圧ポンプ用レバーは、ヒール時に足に引っ掛からないようにレバーの周りはガードカバーを付ければ作動が楽になる。その際ガードカバーは着脱が簡単にできる様工夫が必要になる。ポンプ用レバーがコンパニオンウェー上部に接触するからと安易に短くすれば、レバーを引く力が増大し操作性が悪くなる。既存の有明では、レバー長さが約500mmで引く力は椅子だけの場合約2kgであり体重70kgの人が座り操作すると約9kgである。平成12年度の報告書によると障害者の筋力測定では、引く力は平均16.9kgで、障害の軽い2級、3級、4級、5級者見ると11kgから13kgであることを考えればその値を10kgとしてそれを超えないレバーの長さを付けることが望ましい。また、油圧ポンプもその操作力に合うものを選定しなければならない。
 
5. 油圧ポンプ
 油圧ポンプの設置は座面裏(下)に付いている(写真14)がデッキ上での操作と昇降椅子上の2ヶ所で手動操作を行う場合いは、追加油圧ポンプをコクピット内のロッカー内又はコンパニオンウェー横に付ける様になると、コクピット内、全ての造作物配置を考え直す必要が生じるため、2ヶ所での操作を考える場合は電動化することを推奨する。
 
6. 座面
 座面は、体のラインにあった座面の要求や布製の座面、すべり止めやマジックテープの付いた座面の要求があったが、ヒール時の滑りは、体を直接ベルトで固定やレバーのガードカバー、アームレストの側板等により解決できる。健常者がステップとして使用する時にはフラットでハードがより良い、障害者の乗り降りに際しても座面に引っ掛かりが無いほうがスムーズで、既存の形状が良いと言える。キャビン上部からデッキ上の椅子に移る際の溝の問題は、椅子(昇降椅子又はデッキ前部椅子)座面下部(裏)にスライド板を付け、引き出して使用すれば移動が楽になる。その際、昇降椅子から引き出す場合はデッキ前部椅子にはスライド板を掛ける溝を加工する。デッキ前部椅子よりスライド板を引き出す場合は、コンパニオンウェーに受け止める溝を加工する事により、より使い易くなる。座面の大きさは、現在のサイズで問題は起こらなかった。
 
2.2.2 昇降装置部部
 昇降装置部は、椅子を昇降する直線スライドユニット、油圧往復シリンダー、油圧ポンプー油圧往復シリンダー、油圧往復シリンダー一直線スライダユニットヘ力を伝達する伝達系で構成されている。
 
1. 直線スライドユニット
 直線スライドユニットは、昇降椅子をデッキ―キャビン間の上下移動に使用するガイドであり、この昇降装置の最も重要な部分である。直線レール及びボールスクリューガイドブロックから構成されている。設置場所はコンパニオンウェーの両サイドキャビン内にアルミ製角パイプかいし付けられており非常にシンプルであり、写真13写真14に示すとおり椅子との固定は片側2点の4点でしっかり付いており安定した動きをする。この装置に付いては特記することは無く、電動化をする際にはスピンドルやタイミングベルトを使用したリニアガイドに付け替えるだけで済む。
 
2. 油圧往復シリンダー
 油圧往復シリンダーは油圧ポンプからの圧力を利用し昇降椅子を引き上げる仕事をする。シリンダーはキャビン内シンクボックス中に設置(写真10)してあり、マストピラー基盤ヘピンを使い固定してある。椅子が上部位置にある時、シリンダーロットは伝達用のブロックを残しシンクボックスヘ収納され(写真15)、下部にある時は200mm程度シンクボックスよりマストピラーに平行して出る(写真16)。その際、負荷(人が椅子を使用)がかかると斜めに傾きシンクボックスの切欠きに当たる(写真17)。シリンダーは、シンクボックスヘ収納できる大きさを考えてあるためか最大ストローク約350mmの物が使用されており、800mmの段差が在るキャビン―デッキ間の作動長さを得るため滑車を利用し工夫してある。そのため次に述べる伝達系のロープ類がキャビン天井等を這う結果になっている。この問題に対処するにはシリンダーの設置場所を換えることで解決できる。
 
3. 伝達系
 伝達系は油圧ポンプと油圧往復シリンダーを結ぶ油圧ポンプ用ケーブル、油圧往復シリンダーと直線スライダユニットヘ力を伝達する椅子昇降用ロープがある。油圧ポンプ用ケーブルはポンプよりメインバースの中をとおりシンクボックス内の油圧シリンダーまで配管されており特に問題は無い。椅子昇降用ロープは往復シリンダーよりマストピラーに平行にキャビン天井まで上がり2つに別れキャビン天井に沿い5個の滑車を使い昇降椅子まで配索されている(写真9写真10)。作動のたびに滑車等の音が気になる。また滑車による損失も大きい。ロープが長い分だけ、ロープの伸びも多くなり作動にいくらかの支障をきたす。現装置では、油圧ポンプレバーを操作し始めの4回まではレバーにかかる負荷は小さく、5回目から一定負荷になる。ちなみにレバー操作力は1回目2kg、2回目4kg、3回目6kg、4回目8kg、5回目以降は9kgである(体重70kgの人が操作した場合)。キャビン天井の配索も気になる。対策としては、より伸びないロープを使用し、その長さも出きるだけ短い距離で配索する。使用する滑車等も大きめな物を使用する。
 
2.3 新たな改良の提案
 身体障害者用ヨットを開発する上でもっとも必要とされた、キャビンヘの単独での出入り方法を検討してきた。YAJ26(有明)に設置された、手動での油圧機構を用いた昇降装置付き椅子は大変優れたものでありその機構は残し、新たな改良を追加検討した。
 改良を検討する上では現状の装置の維持、もちろん前述までに検討された詳細部の改良は行い、より使いやすい装置とすることをもとめた。昇降装置は今までのロープ式を使わず、パンタグラフと油圧を利用したものを昇降椅子下部に入れ作動する方法を考えた(図1パンタグラフ併用式)。しかし、昇降装置を上下する際の安全性を見ると指等の切断も考えられ、また現状のまま設置するには、エンジンボックスが在り無理であった。次に考えたのが、往復油圧シリンダーを復動形の2段式のタイプを考え直接椅子へ設置し使用を考えた(写真18)、2段式の往復シリンダーを使えば800mmの動作も可能であり、そして装置自身がパッケージタイプになり、一般のヨットにも使用が可能と考えられる。しかし、現状の間までは椅子周辺には空間は無く設置が出来ないと結論に達した。
 次に考えられるのは、ロープの取りまわしを少なくするため往復油圧シリンダーの設置場所を現在の位置からどこに移動が可能か検討を行った。椅子の周辺ではエンジンボックス内の側面に約80mm角ぐらいの空間があり、船尾に向け約2000mmは取れると判断し(写真19写真20)、長さが十分取れることにより、往復油圧シリンダーは、単動形で十分まかなえるが、使用する空間には、エンジンメンテナンスのスペース、燃料タンクや浮力体を入れるスペースであり、そこに設置するにはそれらのスペース問題を考え直すことが必要になる。
 そこで、クォーターバース内に収めれば浮力体以外の問題は解決できると結論を出した。その結果、単動型の往復シリンダーを使用し昇降椅子までに滑車2個で今までの装置を使い操作出来ることを確認した(写真21)。その結果をもとに新たな昇降装置の改良案を提案する(図2リフト概要図)。
 改良提案する主な部分は、単動型往復シリンダーのストロークを800mmまで伸ばし、設置場所をマストピラーサイド(シンクボックス内)からくクォータバースマット下へ移す。昇降椅子稼動の際スムースにバランス良く動かすため左右2本のロープで動かすが、一本の単動往復シリンダーでは限られた空間で均等な力がロープにかかる様に配索するのは難しい、そこで左右のクォーターバースに1本ずつ単動往復シリンダーを設置するのが望ましい。
 油圧ポンプは単動往復シリンダー2本が作動出来る容量にサイズ変更する。その際の目安は、油圧ハンドルレバー操作回数を現装置の半分程度に減らすために1ストロークでの吐出量は16cc前後必要である(アクチュエーター内径20mm、ロット径14mm使用時)。
 単動往復シリンダー及び油圧配管は出来るだけステンレス角管の中に入れパッケージ化する事が、設置する上でもメンテナンスの際でも望ましい。
 ただし、浮沈構造を考えてある船のため、新たに設置する際には削除した浮力体を補う浮力体の新たな設置場所を提案しなければならない事を明記する。
以下、改良検討に使用した写真及び図面を添付する。
最後に改良検討した昇降装置付き椅子の製作仕様書を添付する。
 
○ 図1 パンタグラフ併用式昇降椅子装置
○ 図2 リフト概要図(改良型昇降椅子装置)
○ 身体障害者用ヨットに装備される昇降装置付椅子システム仕様書








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