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インドネシア造船業の発展
I. インドネシアの経済情勢
 1997年以降、一部のアジア諸国は−インドネシアも含め−経済危機に見舞われた。これらの国では通貨の対米ドル・レートが急落し、経済の殆どあらゆる部門が停滞に陥った。インドネシアも例外ではなく、造船産業も影響を受けた。1997年には、インドネシア造船業は新造船の受注で繁忙を極めていたが、経済危機により新規受注は殆ど皆無となり、2000年以降、多数の造船所が修繕船活動で何とか命脈を保っている状態である。インドネシアの経済危機は、政治危機に発展したために一層深刻化した。去る2001年8月までの間に、インドネシアでは国家元首が3度も交代し、この政治的不安定が、インドネシアの経済回復に大きな足かせとなった。識者の見るところ、インドネシア経済の回復は他国に比べて大きく後れを取っている。
 経済指標で見れば、インドネシアの経済状況は以下の通りである。

  1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年
経済成長率 6% -13% 0% 3% 4% 5%*
インフレ率 11% 70% 3% 5% 9%* 8%*
*推計値または予測値
II. 造船業の歴史的背景
 約17,000の島からなる島嶼国として、古くからインドネシアの政治、経済、社会、文化、国防の発展に海運と造船は大きな役割を果たしてきた。
・16世紀以前
 歴史の記述によれば、インドネシアの貿易商人は、木造帆船で東南アジア水域から中国、インド、遠くは東アフリカ海岸(マダガスカル島)や中部太平洋諸島まで広く活躍していた。当時の木造帆船の姿は、8世紀に建立された、ジャワ中部の有名なボロブドゥール寺院にある、石の浮き彫りに描かれた帆船で垣間見ることができる。
・16-19世紀
 17-18-19世紀と続いた植民地戦争により、木造帆船から近代的な動力鋼船への進歩を実現する機会がなく、インドネシアの海運・造船産業の発展は停止した。
・19-20世紀
 オランダ企業が鋼船の修繕工場を開設したが、インドネシア水域で運航される新造船は、依然として外国で建造されていた。近代的造船技術の教育は全く行われていなかった。
・1942-1945年
 第2次大戦中、日本の軍政府は、豊富なチーク材を利用してジャワ島北海岸で300-400DWT型の近代的動力木造船を数百隻建造した。ディーゼル機関も製造された。ジャワ島中部の造船工業高等学校の開校により、最初の近代的造船技術教育が開始された。インドネシアも新造船工事を若干、経験することになった。
・1945年
 独立宣言。
・1951年
 500Tまでの鋼船の建造が可能な造船所が、初めてインドネシア人自身の手で開設された。近代的造船技術等、各分野の新知識を学ばせるために留学生を海外に派遣した。その大半は50年代末から60年代初頭にかけて帰国した。
・1960年以降
 インドネシア政府は外資系造船所をすべて国有化し、したがってそれらは国営企業となった。すなわち、インドネシアにおける近代的造船業の発展は1960年に始まったといえる。1960年以降、インドネシアでは造船業発展を支援するため、多数の研究所、組織、企業が設立され、その他のインフラが整備された。その主なものを挙げれば以下の通りである。
 -造船、舶用機器、その他の関連工業の開発を振興、監督するための政府部局の設置
 -新造船設備のある国有造船所の拡張
 -1960年から80年までの間に、官民の造船企業が新規に設立され、新造船、修繕船とも設備が整備された(一部はユーゴスラビア、ポーランド、日本からの有償・無償の援助による)。1980年に設立された最も近代化の進んだ造船所はスラバヤのPALインドネシア造船所で、最新の機器と技術を具え、60,000 DWT型までの船舶の新造・修繕能力を保有する。
 -1960年に造船工学、造船関連工学の高等教育がスラバヤ工科大学で開始された。現在、国立4校、私立5校の大学の造船・海洋工学科で両分野の教育・研究が実施されている。
 -1964年にインドネシア船級協会Biro Klasifikasi Indonesia(BKI)が設立された。
 -1968年に、造船産業と技術の発展に向けた努力の統合を図って、造船所、関連工業がインドネシア造船海洋開発工業会(IPERIONDO)を設立した。
 -1969年にインドネシアは第1次5ヵ年開発計画(FYDP)に着手、以来、造船技術・産業の両面で外国との提携を続けている。各造船所は(オランダ、ドイツ、日本から)専門家や顧問団を招いて、造船業の発展を図っている。2001年までにJICAからインドネシア国内の造船所に派遣された造船専門家は50名を超えている。現在、国有・民有造船所を合わせて10名の専門家が雇用されている。
 -1969年以降、インドネシアでは各船型、船種の船舶が数百隻建造され、うち最新のものは2001年に引渡された30,000DWT型のコンテナ船と42,000DWT型の撒積船である。
 -1975年にインドネシアは海運企業が有利な支払条件で船体整備を行えるように、船舶金融機関Fleet Development Corporationを設立した。新造船の発注先としては国内造船所が優先されている。
 -1982年に6,000 DWT型の建造が可能な近代的造船所が新設された。これはジャカルタに立地する国有造船所で、日本からの融資により建造資金が調達された。
 -1984年にインドネシアは最初の国内船隊スクラップ&ビルド計画を実施して3,000/3,650/4,200 DWT型の貨物船、セミコンテナ船、コンテナ船計56隻を建造した。これらの船舶は9造船所で建造された。
 -1991年に、インドネシアの造船技術・産業の発展に資するために、国内の技術者、造船技師、その他船舶関連分野の専門家がインドネシア舶用機械工学会(HATMI)を設立した。
 -1995年に、スラバヤ(東ジャワ)に船舶試験用水槽と研究センタ-が設立された。同センタ-はインドネシア流体力学センタ-(LHI)と命名され、曳航試験水槽(全長234.5m)、キャビテ-ション・トンネル、操船実験水槽と模型船製作工場を備えている。
III. 設備と能力
1. 新造船と修繕船
 ・企業数: 240社(うち5社は国有)
  (2社大規模、60,000T型まで建造可能)
  (12社中規模、120,000T型まで建造可能)
 ・新造用船台: 153基
 ・最大の新造用船台(能力) 60,000DWT型(2基)
 ・新造船(年間能力): 180,000GT
 ・乾ドック、浮ドック、船架: 208基
 ・最大のドック(能力): 65,000DWT型
 ・入渠工事(年間能力): 3,600,000GT
2. 海洋構造物/機器
 (企業数: 19社
 (生産能力(年間): 35,000T
3. 舶用資機材、以下の製品の製造・組立
・鋼板および形鋼、溶接電極
・ディーゼル機関、軸、船尾管、推進器
・発電機関、電動機、ポンプ、配電盤、制御パネル、電線
・油水分離機、熱交換器、圧力容器
・甲板機械、荷役装置、ハッチカバー、操舵装置
・換気ファン、ブローワ、アルミ製窓、鋼製扉
・ボラード、錨、チェーン、ワイヤロープ
・救命艇、救命いかだ、ダビット、消火器
・舶用無線機、電話、舶用レーダ、音響測深機
・弁、管類、金具類
・鍛造・鋳造品、亜鉛およびアルミ陽極
・冷蔵機、厨房設備
・塗料
4. 船舶設計・エンジニアリング・検査・コンサルティング業務
 数社
5. 実績
 1969年の第1次開発5ヵ年計画の発足以来,インドネシア造船業界は各種,各船型の船舶を建造し、造船技術は大幅に進歩した。うち主なものを以下に列記する。
-旅客・トレーラー用RoRoフェリー 189,00GT(輸出向け)
-客船 90m/500乗り/4,000GT(3隻)
-旅客・車両RoRoフェリー 5,000GT
-旅客・車両RoRoフェリー 200GT/400TG/600GT(計40隻)
-一般貨物船/セミコンテナ船 3,650DWT(32隻)
-コンテナ船 204TEU/4,200DWT(24隻中9隻引渡済)
-コンテナ船 400TEU/8,000DWT(3隻)
-コンテナ船 1,600TEU/32,000DWT(2隻)
-木材専用船 8,000DWT(3隻)
-撒積船 42,000DWT(輸出向け)
-海底錫鉱採掘船 12,000T
-牽引式サクション・ホッパ浚渫船 1,500DWT
-白色/黒色石油運搬船 1500DWT/3,500DWT/6,500DWT/17,500DWT(計25隻)
-ケミカル・タンカー 16,000DWT
-消防タグ 4,500HP(8隻)
-SARタグ 7,500HP
-マグロ延縄漁船 300GT(31隻中14隻引渡済)
-高速巡視艇 400T/57m/6000HP/30ノット(9隻)
-高速巡視艇 60T/28m/3600HP/28ノット(15隻)
-浮ドック 4,500Tlc(3基)
6. バタム島の造船所
 シンガポールの南、約20kmの位置にあるバタム島は、1973年大統領令第41号により同年から工業開発地区に指定された。以来、造船所、修繕船工場、関連工業を含む、300社を超える外資企業、合弁企業が設立された。
 ・造船および関運企業数: 43社
 ・造船所および修繕船工場数: 20(うち10ヵ所が主要)
 ・修繕船設備  
 ・浮ドック(10,000-65,000DWT) 7基
 ・乾ドック(15,000DWT) 1基
 ・シンクロリフト(修繕・新造用)(20,000DWT) 1基(15条)
 ・新造船設備  
 ・船台(8,000-65,000DWT) 10基
 ・シンクロリフト(修繕・新造用)(20,000DWT) 1基(15条)
IV. 新造船
 1997年にインドネシアが経済危機に見舞われた当時、国内の造船所は新造工事で繁忙を極めていた。
-ドル建ての建造契約の場合には、何ら困難を伴わずに船舶建造を完了することができるようになった。
-ルピア建ての建造契約の場合、輸入した機器がすでに造船所に到着していれば、国内調達の資材費と人件費に若干の調整が必要となるが、その場合でも竣工、引渡に支障は生じなかった。
-ルピア建ての建造契約で未発効の場合には延期または解約が必要となった。1997年以降の困難な時期に、以下の船舶が引渡された。
○客船、500人乗り(3隻)  
○海洋調査船 600GT(1隻)
○コンテナ船 204TEU/4,200DWT(9隻)
○コンテナ船 400TEU/8,000DWT(3隻)
○コンテナ船 1,600TEU/32,000DWT(2隻)
○撒積船 18,000DWT
○撒積船 42,000DWT(1隻)
○航路標識補給巡視船(14隻)  
○白色石油運搬船 1,500DWT(2隻)
○白色/黒色石油運搬船(二重船殻) 6,500DWT(6隻)
○白色石油運搬船(二重船殻) 17,500DWT(1隻)
○LPGタンカー 3,800DWT/5600m3(1隻)
○タグ 4,200HP(3隻)
○タグ 3,000HP(2隻)
○タグ 1,300HP(1隻)
○マグロ延縄漁船 300GT(14隻)
V. 修繕船
 新造船受注の減少に伴い、造船所は生き残りのために事業活動の調整を図らざるを得なくなった。定石としては、もちろん修繕船、点検、保守管理等の事業を強化することである。2001年以降、ほぼ全造船所の手持工事の大きな部分を修繕船、点検が占め、未だに新造工事の手持ちのある造船所は1,2に過ぎない。
 インドネシア保有の船腹は商船、漁船、艦艇、官公庁船(航路標識補給用、水上警察、税関、調査等)からなり、その需要に対応するだけでも、国内造船所の工事量は十分確保できる。通貨の下落により、インドネシアにおける入渠工事、修繕は他国に比べて割安となっている。
VI. 現在の事業環境
1. 概況
・投資手続の簡素化
-外国籍投資家の100%保有が認められる。
-合弁事業では外資側の保有分が95%まで認められる。
・投資対象リストの拡大
・認認可手続の簡素化
・産業構造改革を促進する税制上の優遇措置
2. 造船部門
・外国資本の生産拠点の主要な移転先として、リアウ州(シンガポールのすぐ南側対岸)のバタム、ビンタン、カリムン各島への誘致促進。バタム島は1973年から産業開発地域として指定され、、輸入税と付加価値税の免除、好条件での土地貸与等のインセンティブが提供されている。しかもインドネシア東部は、石油/ガスの探鉱/開発、漁業などの面で、大きな可能性が潜在している。
・修繕、その他の入渠工事の対価について付加価値税の免除
・中古船の輸入が認められている(国内造船所での整備・改造の需要を見込んで)
VII. 開発戦略
1. さらなるインセンティブの方策を探って外資を誘致する。地域的には、海運の中心地であるシンガポールの南側に位置すリアウ州が推奨されている。他にもインドネシア東部で、航路に近いスラウェシ、漁業の中心地に近いイリアン・ジャヤ、石油/ガス田に近い東カリマンタン、西イリアン、南スラウェシ、チモール島等も侯補に上がっている。
2. 以下の面で既存の能力を活用する:
 -新造船融資の標準的慣行にしたがって、新造船を購入する船主、プロジェクト・オーナーに奨励融資を提供、その他にも運転資本と投資を必要とする産業に融資
 -政府と国営企業の調達に国産品購入を奨励
 -輸入手続の障壁を撤廃
 -投資手続きの簡素化
 -舶用資機材・部品の輸入に対する付加価値税非課税を提案
3. 海運会社の免許に関する現行法令を改正して、所有船さえあれば免許を受けられるようにする。(現在約1,700社ほどの海運企業があるが、その半数は所有船がなく、単に外国海運会社の代理店としての業務を行っている。)
4. 海運と造船の間には密接な関連性があり、両者の発展計画には時期的な整合性が必要とされるので、今後10-15年間の海運・造船業発展のためのマスター・プランを策定する。








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