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はじめに

 

我が国には古来より白砂青松など海岸そのものの美しさを比喩する言葉が存在するように、日本の海岸はその美しさを世界に誇るものでありました。しかし戦後の度重なる自然災害や高度経済成長期の開発を境に、僅か40年足らずの短期間で日本の海岸はその姿を大きく変えられて来ました。つまり我々は美しい海岸と引き換えに豊かで安全な暮らしを手に入れたと言えるかも知れません。いずれにせよ我が国の沿岸域管理は、長らく国土の利用と保全、産業の振興を主眼に行われてきたのは紛れも無い事実であります。

しかし近年、世界的に沿岸域環境の疲弊を嘆く声が高まりつつある中、日本の沿岸域を取り巻く社会環境は大きな転換期を迎えています。国土の利用・保全・産業振興を主目的に謳った海岸を取りまく従来の法制度に、ここ数年、環境との調和といった目的を新たに追加する法改正が相次いで行われました。20世紀型の開発・保全のあり方に行き詰まりを生じていることは明らかであります。21世紀を迎えたいま、次の世代へ引き継ぐべき貴重な遺産として沿岸域をもう一度見直す時期に来ています。

このような背景から日本財団では、今後さらに重要性を増す我が国の海洋管理に積極的に目を向け、様々な取り組みを行っておりますが、その活動の一つが昨年、今年と実施した「九十九里海岸巡検」であります。これは日頃、海に関する業務に携わる行政関係者、研究者、またメディア関係者や学生が共に海岸を歩き、講師の解説を交えながら沿岸域管理の問題点を現場で議論しようという試みです。

昨年実施しました巡検を簡単な冊子にまとめましたところ、各方面から好評を頂きました。しかし一方で、このような冊子が好評を得るということは、我々の社会が高度に情報化された中にあって「現場に行って何が起きているのかを確認する」という問題解決の最も基本的なアプローチを疎かにしていることを意味しているようにも思えてなりません。

沿岸域という場所はその利用、開発、保全に関わる利害が複雑に交錯し、調整の非常に難しい空間です。総理府の世論調査でも明らかなように、美しく利用しやすい海岸作りを望む国民の声が多い一方で、災害から人命や財産を守る堤防等の充実を望む声もあるなど、海岸をめぐる国民の要望は実に多様であり、その意味でも総合的な沿岸域管理の早期実現が求められています。

そのためには我々がその共有財産である「海」から実に多くの恩恵を享受している事実にもっと国民全体が目を向け、そこに生じている問題を共有することこそ重要と考えます。本冊子が我が国社会の視線を海へ向けるきっかけとなることを期待します。

 

日本財団

理事長 笹川陽平

 

 

 

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