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2000年(平成12年)

平成10年長審第75号
    件名
カーフェリー希望引船ひかり3号転覆事件

    事件区分
転覆事件
    言渡年月日
平成12年2月10日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

保田稔、原清澄、坂爪靖
    理事官
小須田敏

    受審人
A 職名:希望船長 海技免状:一級海技士(航海)
B 職名:ひかり3号船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
ひかり3号・・・主機その他にぬれ損、甲板員が溺水により治療

    原因
希望・・・・・・曳索の解放確認不十分
ひかり3号・・・曳航状況の報告不十分

    主文
本件転覆は、希望が、曳索の解放確認が不十分であったことと、ひかり3号が、曳航状況の報告が不十分であったこととによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成9年2月28日15時55分
長崎港
2 船舶の要目
船種船名 カーフェリー希望 引船ひかり3号
総トン数 2,785トン 6.6トン
登録長 66.61メートル 10.00メートル
幅 18.60メートル 3.50メートル
深さ 7.50メートル 1.15メートル
機関の種類 ガスタービン機関 ディーゼル機関
出力 23,536キロワット 235キロワット
3 事実の経過
希望は、平成元年7月運輸省などの支援を得て大手造船所7社が共同でテクノスーパーライナー技術研究組合を発足させ、同6年6月同組合によって三菱重工業株式会社長崎造船所(以下「長崎造船所」という。)で建造された双胴型軽合金製の超高速実用実験模型船で、建造以来、各造船所が分担して日本各地で実海域試験等を行ったのち、同7年7月から日本全国各地の港湾を巡りながら総合実験を行っていたところ、R県が購入することとなり、同8年3月防災船兼高速カーフェリーとしての改造工事を行うために長崎造船所に回航されて旅客室の増設などを行い、改造後の試運転を行う目的で臨時航行許可をとり、同造船所の船渠長A受審人が船長として、ほか技師など総員60人が乗り組み、船首3.89メートル船尾2.63メートルの喫水をもって、同9年2月28日08時15分長崎港第4区内の長崎造船所香焼東3号岸壁(以下「3号岸壁」という。)を発し、伊王島周辺において試運転を行ったのち、15時15分帰途についた。
ところで、希望は、ガスタービンとウォータージェットポンプとからなる推進用機関2基のほかに、浮上用機関として、いずれも連続最大出力1,471キロワットのディーゼル機関4基を備え、高速航行時には、推進用機関に加えて浮上用機関を併用(以下、浮上用機関を使用して航行する場合を「オンクッション航行」、同機関を使用しないで航行する場合を「オフクッション航行」という。)するもので、基線上約12メートルに船橋甲板を設け、船首端から約10メートル後方の操舵室中央部及び船首端から約15メートル後方の船橋ウィング左右両端付近に遠隔操縦制御盤をそれぞれ備え、オフクッション時には、船尾端に備えたバケットの向きを変えて噴出流を制御することにより、その場回頭が可能であるうえ、前示の改造工事の折に船体中央からやや前方にサイドスラスターを増設して離着岸時の操船が容易になるよう図られていたものの、同日3号岸壁離岸後同スラスターが焼損して使用不能な状態にあった。
また、ひかり3号(以下「ひかり」という。)は、前進の曳航力が約3トンの2基2軸を有する平甲板型鋼製引船で、上甲板上のほぼ中央部に操舵室を、その後方甲板上約0.6メートルのところに曳航用フックを、船首端から約1メートルのところに曳索などの係止ビットをそれぞれ設け、長崎港内で長崎造船所の新造船あるいは修繕船の離着岸作業を援助する業務などに従事し、B受審人と甲板員の2人が乗り組み、希望の着岸援助の目的で、船首0.80メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、15時ごろ長崎造船所長崎工場向島3号桟橋を発し、まもなく3号岸壁に至って希望の係船作業員5人を乗せ、同岸壁前面の水域で待機した。

A受審人は、船橋中央で操船にあたり、15時30分長崎港三菱重工蔭ノ尾岸壁灯台(以下「蔭ノ尾灯台」という。)を右舷に通過するころオンクッション航行からオフクッション航行に移行し、一等航海士を傍らに配して船首、船尾、岸壁及びひかりなどの各部署とプレストーク方式のトランシーバーで交信を行わせることとし、船橋左舷ウィングの遠隔操縦制御盤を操作しながら操船指揮を執り、蔭ノ尾灯台から184度(真方位、以下同じ。)470メートル(以下、希望の船位については船橋左舷ウィング端とする。)の地点に達したとき、ほぼその場で右回頭を行い、同時45分蔭ノ尾灯台から182度440メートルの地点で、おおむね3号岸壁と平行となる017度に向首する態勢としたとき、ひかりから係船作業員5人を移乗させ、このうちの2人に発航時からの運航要員1人を加えた3人を船首に、残り3人を船尾にそれぞれ配するとともに、ひかりが後進で引くと同船の曳航力が半減するので、曳索を同船の曳航フックにとって前進で引かせることとし、同船に希望の右舷船尾45度方向に引く用意をさせ、岸壁と平行な態勢を保ちつつ、機関を種々小刻みに使って左舷船首斜め前方に0.5ノットばかりの速力で3号岸壁に接近し始めた。
一方、B受審人は、自ら操舵操船にあたり、希望の係船作業員を同船に移乗させたのち、甲板員を傍らに配してトランシーバーの交信にあたらせ、A受審人の指示により、直径40ミリメートル長さ35メートルばかりの両端がアイ加工されたナイロン製曳索の一端を曳航フックにとって他端を希望の右舷船尾端ビットにとり、同船の右舷斜め後方で、引く準備を整えていた。
15時50分A受審人は、蔭ノ尾灯台から186度380メートルの地点で、3号岸壁前面との横距離が70メートルとなったとき、正午ごろから強まった南寄りの風の影響もあって船尾部が船首部より先に岸壁に寄る傾向があったので、ひかりに右舷船尾45度方向に微速力前進で引くよう指示し、その後も風の影響を受けるので、同時53分同灯台から190度320メートルの地点で、同岸壁前面に横距離30メートルまで接近したとき、ひかりに同じ方向に全速力前進で引くよう指示した。

次いで、A受審人は、なおも船尾部が岸壁に寄る傾向があるので、ひかりが全速力前進で引いているかどうかをB受審人に確かめ、あらためて全速力前進で同じ方向に引くよう指示したものの、船尾部が岸壁に寄る傾向に変化がないうえ、着岸予定位置まで30メートル前進しなければならないことから、右舷機をオフクッション航行時の微速力前進とした。
B受審人は、全速力前進で引いていたところ、希望の噴出流によって、急に同船の右舷船尾45度方向に引き続けることが困難となり、そのままの態勢では横引きのおそれがある状況となったが、曳索を希望の船首尾線と自船の船首尾線とが一線となるよう引いていれば大丈夫と思い、この曳航状況を速やかにA受審人に報告することなく、独断で希望の正船尾方に移動し、全速力前進のまま引き続けた。
15時54分A受審人は、船橋左舷ウイング端から船尾部やひかりを見ることができないので、同船が正船尾方に移動したことを知らないまま、蔭ノ尾灯台から190度290メートルの地点で、既に船首尾からは係船索の先取りロープを取り終え、船体の前後位置がほぼ着岸予定位置に達したところ、船首が岸壁から離れて平行な態勢とならず、かつ、前進行きあしがついて着岸予定位置を行き過ぎる状況となったので着岸作業をやり直すこととし、3号岸壁からいったん離れるため、トランシーバーで船首、船尾、岸壁及びひかりに対し、着岸をやり直す、前進する、曳索を解放せよと相次いで指示したが、それぞれの部署が指示に従って適宜に作業を行うものと思い、船尾配置の係船作業員やひかりからの復命などにより、曳索解放の確認を行うことなく、同時55分少し前右舷機をオフクッション時のほぼ全速力前進とした。
B受審人は、希望の正船尾方で全速力前進で引いていたとき、トランシーバーでの交信が交錯していたためか、着岸をやり直す、前進する旨の指示のみを聞き、曳索解放の指示が聞こえなかったものの、希望が着岸をやり直すために前進することになれば、ひかりの態勢を維持することが不可能となることが明白になったにもかかわらず、何ら報告を行わないで、依然として全速力前進のまま引き続けた。
こうして、ひかりは、希望の噴出流が海面から盛り上がって船尾に被さるようになり、15時55分蔭ノ尾灯台から192度360メートルの地点で、船首が浮上するとともに右舷に振られ、一瞬にして希望に横引きされて右舷側に転覆した。
当時、天候は曇で風力5の南風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。
転覆の結果、曳索が自然に外れたものの、ひかりは、主機その他にぬれ損を生じ、甲板員が溺水により治療を受けた。


(主張に対する判断)
ひかり側補佐人は、
1 引船は、縦引きの態勢では曳索に多少過大な力が加えられたとしても引きずられこそすれ、転覆したりはしないから、曳索が放されていなかったことに主因を求めることは妥当でなく、また、曳索はひかりのものであって希望側において外す手順になっている旨
2 曳航作業に従事中、曳航フックの位置からして態勢の立て直しが難しい引船としては、希望の行きあしの変化に応じ、自船の安全のためにその態勢を変えたりするのは当然で、希望側において態勢の変化を予測すべきである旨
3 希望はウォータージェット推進装置を備え、出力が大きな機関を搭載し、その噴出流もきわめて大であり、A受審人が曳索の解放確認をなおざりにしたまま、機関を前進にかけたことによって本件が発生したものと考える旨

以上3点を述べたうえ、本件転覆は、A受審人が、希望の噴出流に対する配慮が不十分で、ひかりの曳索解放を確認しないまま、機関を前進に使用したことによって発生したものであり、B受審人の所為は、本件発生の原因とならないと主張するので、以下これらの点について検討する。
1 引船は、船体中央付近に設けた曳航フックに曳索をとって曳航作業に従事する際、横引きとならないよう、曳索を自船の船首尾線とできる限り一線となるように引かなければならないが、噴出流を受けながら後方に引かれた場合には、船尾に受ける水圧と曳索にかかる張力によって大きな偶力が作用し、態勢維持が不可能となって瞬時に横引き状態となる。このため操船援助など引く方向が変化する作業に従事する引船は、船首端から曳索をとって後進で引くのが一般的であるが、ひかりは、後進で引くと曳航力が半減することから、曳航フックに曳索をとったわけで、横引きとならないよう、引船使用側、引船側双方が常に細心の注意を払わねばならない。従って、曳索に多少過大な力が加えられたとしても引きずられこそすれ転覆しないという主張は相当でない。また、曳索解放の手順については、希望側において先に曳索を外すのであるが、この作業は希望とひかりの共同作業によって可能となるものであって、いずれか一方の意志のみでできる作業ではない。
2 ひかりが、自船の安全のためにその態勢を変化させるのはよいとして、それを希望の操船指揮者に報告しなければ、ひかりが指示した方向に引いているものとして操船している同人からみれば操船の判断を著しく損なうことになるといわざるを得ず、また、同人は各部署からの報告に基づいて、種々指示を出すもので見えない位置にいるひかりの態勢の変化を予測せよということは相当でない。
3 A受審人が曳索の解放確認をなおざりにしたまま、機関を前進にかけたことによって本件が発生したものと考える旨の主張は相当である。

従って、A受審人の所為のみが本件発生の原因となり、B受審人の所為は本件発生の原因とならないとする主張は採用できず、本件は、希望とひかりの共同作業における両船間の意志疎通に関わる、すなわち、希望が、曳索の解放確認を行わずに機関を全速力前進としたことと、ひかりが指示された方向に引くことが困難な状況となったことや引く態勢を変化することなどの曳航状況を全く報告しなかったこととによって発生したものとするのが相当である。

(原因)
本件転覆は、強い南風が吹く長崎港内の3号岸壁前面水域において、希望が、ひかりに曳索をとって着岸作業中、着岸作業をやり直すため機関を前進にかけて進行する際、曳索の解放確認が不十分であったことと、ひかりが、希望の噴出流によって指示された方向に引くことが困難な状況となった際、希望に対する曳航状況の報告が不十分であったこととのため、希望が曳索を解放しないままのひかりを強大な推力で横引きしたことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、強い南風が吹く長崎港内の3号岸壁前面水域において、ひかりに曳索をとって着岸作業中、風などの影響を受けて態勢が整わず、着岸やり直しのため、機関をかけて進行する場合、ひかりを強大な推力で引くことがないよう、船尾配置の係船作業員やひかりからの復命などにより、曳索の解放確認を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、着岸をやり直す旨の指示をしたので、それぞれの部署が指示どおり適宜に作業を行っているものと思い、曳索の解放確認を十分に行わなかった職務上の過失により、いまだ曳索を解放していなかったひかりを強大な推力で横引きし、同船を転覆させ、主機のぬれ損などを生じるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

B受審人は、強い南風が吹く長崎港内の3号岸壁前面水域において、曳索をとって希望の着岸援助作業中、希望の噴出流で指示どおりの方向に引くことが困難となり、横引きのおそれが生じた場合、希望に対してその曳航状況を速やかに報告すべき注意義務があった。しかし、同人は、希望の船首尾線とひかりの船首尾線とが一線になるよう引けば大丈夫と思い、曳航状況を速やかに報告しなかった職務上の過失により、独断で引く態勢を変えて引き続けたまま希望に横引きされ、ひかりを転覆させ、主機のぬれ損などを生じるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。






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