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2000年(平成12年)

平成11年広審第50号
    件名
貨物船第七菱洋丸引船第五住吉丸転覆事件

    事件区分
転覆事件
    言渡年月日
平成12年2月28日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

織戸孝治、釜谷奬一、黒岩貢
    理事官
前久保勝己

    受審人
A 職名:第七菱洋丸船長 海技免状:三級海技士(航海)
B 職名:第五住吉丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
第五住吉丸・・・水没、のち引き揚げられて解撤

    原因
第七菱洋丸・・・機関前進発動の連絡に対する応答不確認、監視不十分、第五住吉丸を横引き(主因)
第五住吉丸・・・第七菱洋丸に対する動静不確認(一因)

    二審請求者
受審人A

    主文
本件転覆は、第七菱洋丸が、機関前進発動の連絡に対する応答の確認を行わず、第五住吉丸に対する監視が不十分で、同船を横引きしたことによって発生したが、第五住吉丸が、第七菱洋丸に対する動静確認を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年5月15日07時25分
瀬戸内海三原湾
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第七菱洋丸 引船第五住吉丸
総トン数 699トン 63.13トン
全長 69.02メートル
登録長 20.99メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 1,029キロワット 588キロワット
3 事実の経過
第七菱洋丸(以下「菱洋丸」という。)は、スラスタを装備しない1基1軸固定ピッチプロペラの船尾船橋型セメント運搬船で、A受審人ほか6人が乗り組み、高炉セメント1,302トンを積載し、船首3.58メートル船尾4.36メートルの喫水をもって、平成10年5月15日03時ごろ水島港を発し、尾道糸崎港第6区にある三菱マテリアル株式会社の三原サービスステーション岸壁(以下「専用岸壁」という。)に向かった。
ところで、A受審人は、平素離着岸に際し、操船の援助として引船を使用せずに自力で操船しており、また、専用岸壁にも自力着岸した経験があったが、当時同岸壁沖の尾道糸崎港松浜防波堤(以下「防波堤」という。)南端付近の水域は埋立工事に伴う航泊禁止区域が設定されて操船水域が制限されていたことから、同岸壁着岸に際し、その前面水域での船体回頭の補助等をさせるつもりで、第五住吉丸(以下「住吉丸」という。)を着岸操船援助作業に当たらせるよう手配していた。

07時ごろA受審人は、専用岸壁沖の三原湾に到着したが、住吉丸は未だ到着していなかったので、同船と会合するまで漂泊待機することとし、尾道糸崎港松浜防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から227度(真方位、以下同じ。)1,020メートルばかりの地点で、機関を中立回転として漂泊を開始した。
07時10分A受審人は、住吉丸と会合ののち、自ら後部甲板に降りて入港船尾部署配置の一等機関士及び司厨長と共に、住吉丸から全長約20メートル直径40ミリメートルで一端にアイ加工を施した合成繊維製の曳索を受け取り、船尾から約4メートルのところにある左舷側フェアリーダーを通して付近のボラードに同アイを係止した。
曳索授受の際、A及び引船のB両受審人は、防波堤の北側から入り、専用岸壁前面で左回頭して右舷付けすること、防波堤を替わった辺りで左舷錨を入れたら菱洋丸の船尾を引いて回頭させること、及び曳索をとったまま防波堤のところまで行き、菱洋丸が回頭して同岸壁と平行になったら曳索を離して同船の左舷側につき頭押するよう打ち合わせを行った。

この打ち合わせの際、A受審人は、両船間の連絡用にトランシーバーを借用したい旨の申し出を行い、曳索授受位置では両船の舷に高低差が有り、トランシーバーの受け渡しが困難であったため、曳索を両船ともに係止したまま、住吉丸が機関をかけて菱洋丸の舷側に沿って前進し、船橋前の甲板舷側に至ったところで、トランシーバーをB受審人から受け取り、感度テストを行い、通話に支障がないことを確認した。
A受審人は、トランシーバーの感度テスト終了後、船橋に戻り、トランシーバーを首から吊り下げて操舵操船に当たることとし、機関長を船橋内の機関操縦盤の操作に、一等航海士及び甲板長を船首部署に、並びに一等機関士及び司厨長を船尾部署にそれぞれ配置し、船橋内から四囲を見回し、船橋左舷側に住吉丸のマストのみを確認した後、07時20分少し前舵輪の前に立ち、住吉丸に対しトランシーバーにより、「スローアヘッドをかける。」と送信した。

このとき、A受審人は、住吉丸からトランシーバーで何ら応答がなかったが、事前に感度テストを行っているから自分の発した言葉は聞こえており、曳索を取れば住吉丸は自船に並走してくるものと思い、住吉丸の応答の確認を行うことなく、また、住吉丸が菱洋丸の船首方向とほぼ直角となる南西方を向首して菱洋丸の船橋左舷側に位置し、マスト部分だけしか確認できない状況で、船首尾部署配置者にも住吉丸の状況を監視するよう指示していなかったため、住吉丸に対する監視が不十分となり、自船が前進をすると住吉丸を横引きする状況にあることに気付かなかった。
こうして、A受審人は、自らは操舵輪を保持して、07時20分ごろ機関長に微速力前進を令し、菱洋丸は、針路を尾道糸崎港三原沖灯浮標に向く341度に定めて前進を開始した。
また、住吉丸は、尾道糸崎港を基地とする1基1軸固定ピッチプロペラの鋼製引船で、船尾から約8メートル90センチメートルの機関室後壁の船体中央部で水面上高さ約2メートルのところに、正船尾方向から水平に左右90度まで回転可能な曳航能力約25トンの曳航フックが設けられ、主に台船などの曳航作業に使用されていたところ、今回は菱洋丸の着岸操船援助作業を行うこととなり、B受審人ほか2人が乗り組み、船首1.6メートル船尾2.7メートルの喫水をもって、同日06時50分ごろ基地を発し、同港西方の三原湾に向かった。

B受審人は、発航時から操舵操船に当たり、菱洋丸と会合して自船船首を菱洋丸の左舷船尾に押し付けて、菱洋丸に渡した曳索の他端を曳航フックに容易に外れないよう数回巻きつけて縛り付け、前示のとおり作業打ち合わせ及びトランシーバーの感度テストを行った後、操舵室内の舵輪の後方に立ち、トランシーバーを操舵スタンドの左上天井に設備している探照灯の操作ハンドルに掛けて、菱洋丸から前進の連絡を待って、機関を中立運転としたまま漂泊待機した。
B受審人は、漂泊後、風潮流の影響により徐々に自船の船首が南西方に向きながら自船と菱洋丸との間隔が開き始め、07時20分ごろ菱洋丸の船橋左舷正横付近にまで流れたとき、同船が機関を前進発動したので、同方向を向首したまま菱洋丸の船尾方に替わり始めるのを認めたが、これは同船が錨泊しており、揚錨のため錨鎖を巻いているための船位変化と思い、同船が機関を前進にかけるのはもっと先のことで、その際にはトランシーバーで連絡がくるものと思い、自らトランシーバーで、菱洋丸の動静確認を行わなかったので、同船が機関を前進発動したことに気付かず、そのまま漂泊を続けた。

07時21分ごろB受審人は、曳索が右舷ほぼ正横方向に伸びきって、横引き状態となり船体が右舷傾斜を始め、菱洋丸のプロペラの推進器排出流を見たとき、初めて同船が機関を前進発動していることに気付き、トランシーバーで菱洋丸に対し「ストップ」と送信した。
A受審人は、進行中突然、トランシーバーから「ストップ」の声を聞いて船尾方を見たところ、住吉丸が横引きされて右舷傾斜しているのを認め、直ちに全速力後進をかけ、推進器翼の後進排出流の状況により行きあし停止の判断をし、07時22分ごろ機関を中立として後部甲板に向い、トランシーバーで「曳索を切ってくれ。」と連絡を受けたので、一等機関士が調理室から持ってきた包丁を使って同人とともに曳索を切断するも効なく、右舷傾斜により機関室などに流入した海水の影響により復原力を喪失し、07時25分、住吉丸は、防波堤灯台から225度1,110メートルの地点で、225度を向首したまま右舷側から転覆した。

当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で、付近には弱い南西流があった。
転覆の結果、住吉丸は、約10分後に水没し、のちサルベージ船により引き揚げられて解撤された。また、住吉丸の乗組員全員は、自動的に展張した膨脹式救命筏(いかだ)に乗り移り、菱洋丸に救助された。


(原因)
本件転覆は、三原湾において、菱洋丸が、着岸操船援助として住吉丸に曳索をとった際、機関前進発動の連絡に対する応答の確認を行わず、住吉丸に対する監視が不十分で、同船を横引きしたことによって発生したが、住吉丸が、菱洋丸に対する動静確認を行わなかったことも一因をなすものである。


(受審人の所為)
A受審人は、三原湾において、着岸操船援助として住吉丸に曳索を取って、機関前進発動を同船にトランシーバーで連絡した場合、横引き状態とならないよう、同船からの応答の確認を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、住吉丸からの応答がなかったが、事前に感度テストを行っているから自分の発した言葉は聞こえており、曳索を取れば住吉丸は自船に並走してついてくるものと思い、同船からの応答の確認を行わなかった職務上の過失により、漂泊待機中の住吉丸を横引きして転覆を招き、同船を水没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、三原湾において、菱洋丸の着岸操船援助に従事して曳航フックに曳索をとり同船の機関前進発動を漂泊待機中、自船の船位が菱洋丸の後方に変化し始めたのを認めた場合、横引きされないよう、トランシーバーにより菱洋丸の動静確認を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、菱洋丸の機関前進発動時には同船の方から連絡してくるものと思い、トランシーバーにより菱洋丸の動静確認を行わなかった職務上の過失により、同船が機関を前進発動したことに気付かず、菱洋丸に横引きされて復原力を喪失し、転覆を招き、自船を水没させるに至った。

以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

よって主文のとおり裁決する。






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