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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年2月15日03時45分 伊万里湾大野瀬 2 船舶の要目 船種船名
引船第二十一隼丸 総トン数 102.71トン 全長 29.10メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力
1,323キロワット 3 事実の経過 第二十一隼丸(以下「隼丸」という。)は、船首船橋型鋼製引船で、A受審人ほか4人が乗り組み、船首1.8メートル船尾3.8メートルの喫水をもって、平成10年2月14日08時10分長崎県三重式見港を発し、関門港に向かった。 A受審人は、12時00分ごろ長崎県平戸瀬戸を通航後、北寄りの風波が強まったことから、伊万里湾で避泊することとし、津崎水道を経由して同湾に進入し、13時00分伊万里笠瀬灯標(以下「笠瀬灯標」という。)から186度(真方位、以下同じ。)1.3海里の地点で、左舷錨を投入して錨泊した。 A受審人は、翌15日03時00分ごろ錨泊当直中の甲板長から風波が弱まった旨の報告を受けて昇橋し、目的地に近い青島水道を経由して、関門港に向かうこととし、間もなく揚錨に取り掛かり、同時15分抜錨して発進した。 A受審人は、発進直後、針路を298度に定め、機関を半速力前進の回転数毎分500にかけ、7.6ノットの速力(対地速力、以下同じ。)としたのち自動操舵として進行し、03時21分半笠瀬灯標から222度2,300メートルの地点に達したとき、針路を313度に転じたのち、同時26分機関を全速力前進の回転数毎分600に上げ、10.0ノットの速力で続航中、錨作業を終えた甲板長が昇橋したので、同人を見張りに当てて進行した。 ところで、A受審人は、これまで伊万里湾には通算して6回ほど入航して水路状況を把握しており、鷹島の南西岸と青島水道東側にある魚固(おごの)島の南西岸とに養殖筏(以下「筏」という。)が設置されていることを知っていたので、この中に入らないように備付けの海図第166号にその位置を記入しており、筏を見ながら北上し、同水道南側に達したのち、北向きの針路に転針して同水道を通航することとした。 A受審人は、筏が気に掛かっていたので操舵室右舷側で見張りに当たり、右舷船首方に見える筏のオレンジ色の標識灯を確認しながら続航したところ、03時42分青島水道南側の予定転針地点に達し、同一針路のままでは前方に存在する大野瀬に接近する状況となったが、右舷側の魚固島南西岸の筏の灯火のみに気を取られ、右舷船首方の大野瀬灯浮標と伊豆島東方灯浮標の各灯火などによる船位の確認を十分に行うことなく、進行した。 A受審人は、なおも魚固島南西岸の筏の灯火を見て大野瀬に向首接近していることに気付かないでいるうち、03時44分半右舷方に大野瀬灯浮標と伊豆島東方灯浮標の各灯火を初めて認め、甲板長に命じて手動操舵に切り替え右舵一杯を取らせたが、時既に遅く、隼丸は、03時45分魚固島灯台から257度1,600メートルの大野瀬に、船首を038度に向けて、原速力のまま乗り揚げた。 当時、天候は曇で風力2の北北東風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。 乗揚の結果、左舷船首船底に破口を伴う凹傷を、右舷側船底に凹損を生じて船首水倉に浸水したが、07時40分来援した僚船により引き降ろされ、自力で目的地に向かい、のち修理された。
(原因) 本件乗揚は、夜間、伊万里湾を青島水道南側の転針地点に向かって北上中、船位の確認が不十分で、大野瀬に向首する針路のまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、夜間、伊万里湾を青島水道南側の転針地点に向かって北上する場合、同水道南側で転針時期を失すると大野瀬に接近するおそれがあったから、同瀬に著しく接近することのないよう、大野瀬灯浮標と伊豆島東方灯浮標の各灯火などによる船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、右舷側の魚固島南西岸の筏の灯火のみに気を取られ、船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、大野瀬に向首する針路のまま進行して乗揚を招き、左舷船首船底に破口を伴う凹傷を、右舷側船底に凹損を生じさせて船首水倉に浸水させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。 |