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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年9月3日11時10分 長崎県館浦漁港 2 船舶の要目 船種船名
漁船第三十八悠久丸 総トン数 273.19トン 全長 50.13メートル 機関の種類
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 出力 823キロワット 回転数
毎分580 3 事実の経過 第三十八悠久丸(以下「悠久丸」という。)は、昭和52年9月に進水した、大中型旋網漁業の運搬船として操業に従事する鋼製漁船で、主機と減速逆転機との軸継手として、川崎重工業株式会社製のKE200型と称する弾性継手を装備していた。 同弾性継手は、弾性体として高弾性ゴム継手エレメントが使用され、ゴムは劣化による寿命があり、永久歪(ひずみ)値及び硬度の上昇、表面の微小亀(き)裂や膨潤など劣化の兆候が認められたときは、その進行速度などを勘案のうえ、永久歪値や硬度が使用限度とならないうちに適宜に取り替える措置をとらなければならず、定期的に劣化の進行状況の点検を要するものであるが、運航中は同点検や取替えが困難であり、悠久丸では建造以来取り替えられていなかった。 B受審人は、昭和63年7月から悠久丸に機関長として乗り組んでいたものであるが、乗船以来軸系を調査しなかったので軸継手に高弾性ゴム継手エレメントが使用されていることを知らないまま、平成8年定期検査のときも同10年7月中間検査のときも軸継手が劣化することはないものと思い、高弾性ゴム継手エレメントの劣化進行状況を十分に点検することなく、劣化が進行していたことに気付かなかった。 悠久丸は、高弾性ゴム継手エレメントの劣化が進行し、やがてゴムに亀裂が生じていたところ、平成10年8月17日A受審人、B受審人、C指定海難関係人ほか6人が乗り組み、佐賀県名護屋漁港を発して長崎県福江島西方沖の漁場で操業ののち、翌9月3日05時船首2.80メートル船尾3.60メートルの喫水で、同漁場を発進して名護屋漁港に向け帰途についた。 A受審人は、航海の途中自己都合で悠久丸を自宅に近い長崎県館浦漁港に向かい、同漁港でほか2人とともに上陸して名護屋漁港で帰船することとし、C指定海難関係人が無資格であったが、悠久丸の乗船歴も長く、航海当直の経験が豊富であったことから、名護屋漁港まで同人に運航を任せても大丈夫と思い、同漁港まで自ら運航の指揮を執ることなく、C指定海難関係人に運航を依頼し、同人が拒否しなかったので同人に名護屋漁港までの運航を任せ、同日11時00分船首を館浦漁港の北防波堤に着けて上陸した。 C指定海難関係人は、一等機関士兼機関長として雇い入れられ、通信長の職務に従事していたもので、悠久丸には平成3年1月から乗船し、出入港の操船の経験がなかったにもかかわらず、A受審人から名護屋漁港までの運航を依頼されたとき、これを拒否しなかった。 ところで館浦漁港は、内防波堤として北防波堤及び南防波堤があり、その入口の幅は約80メートルで、また、その南東方向約120メートルのところに外防波堤として新北防波堤及び新南防波堤があり、その間の幅は約90メートルで港口が南東方向に開いて辰ノ瀬戸に面しており、当時辰ノ瀬戸には約1.5ノットの南西に向かう潮流があった。 操舵操船の配置についたC指定海難関係人は、A受審人ほか2人が上陸した直後名護屋漁港に向けて操船を開始したが、内防波堤内の広い水域において、船首が港口に向くよう回頭せず、微速後進にかけて船尾を新南防波堤の北端に向けて内防波堤の入口まで進行したものの、内防波堤入口と港口との間の約120メートルの狭い水域において、強風の影響により後進方向が定まらず、機関の回転数を十分下げないまま前後進のクラッチ切替えを4回繰り返し、11時06分船尾が新南防波堤北端に約10メートルまで接近したとき、回頭して船首を港口に向ける目的でクラッチを後進から前進に切り替えた。 同時に悠久丸は、急激なクラッチ操作が繰り返されたことから高弾性ゴム継手エレメントの亀裂が全周に達して破断し、主機出力が推進器に伝達されなくなり、後進惰力のまま新南防波堤北端をかわって辰ノ瀬戸に出たところ、風と潮で圧流され、船首が北東方を向いたまま南西方の浅瀬に向かい、11時10分生月港館浦南防波堤灯台から真方位158度240メートルの岩場に乗り揚げた。 当時、天候は晴で風力5の北東風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。 乗揚の結果、悠久丸は、船底外板に凹損を生じたが、のち修理された。
(原因) 本件乗揚は、強風下の長崎県館浦漁港を出港する際、前後進のクラッチ切替え操作が不適切で、亀裂が生じていた軸継手の高弾性ゴム継手エレメントが破断し、主機出力が推進器に伝達されなくなって前後進ともに不能となり、後進惰力のまま風と潮で圧流されて防波堤外の浅瀬に向かったことと、機関の運転管理にあたる際、軸継手の点検が不十分で、軸継手の高弾性ゴム継手エレメントに亀裂が生じたまま運航が続けられたこととによって発生したものである。 運航が適切でなかったのは、船長が目的港まで運航の指揮を執らなかったことと、無資格者が船長から運航を依頼された際、これを拒否せず、前後進のクラッチ切替え操作が適切でなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、操業に従事して漁場から名護屋漁港に向かう場合、同漁港まで自ら運航の指揮を執るべき注意義務があった。ところが、同人は、当直経験豊富な無資格者に運航を任せても大丈夫と思い、航海の途中自己都合で自宅に近い館浦漁港に入港して上陸し、名護屋漁港まで自ら運航の指揮を執らなかった職務上の過失により、運航を任された無資格者が出港操船中前後進のクラッチ切替え操作が不適切で、軸継手が破断して後進惰力のまま浅瀬に乗り揚げ、船底に凹損を生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。 B受審人は、機関の運転管理にあたる場合、軸継手の高弾性ゴム継手エレメントは劣化による寿命があり、永久歪値及び硬度の上昇、表面の微小亀裂や膨潤など劣化の兆候が認められたときは、その進行速度などを勘案のうえ適宜に取り替える措置をとらなければならないから、2年ごとの検査などを利用して軸継手を十分に点検すべき注意義務があった。ところが、同人は、軸継手が劣化することはないものと思い、軸継手を十分に点検しなかった職務上の過失により、軸継手の破断から乗揚を招き、船底に凹損を生じさせるに至った。 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C指定海難関係人が、航海の途中、臨時に入港して船長が上陸し、以後の運航を依頼された際、これを拒否せず、前後進のクラッチ切替え操作が適切でなかったことは、本件発生の原因となる。 C指定海難関係人に対しては、勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。 |