日本財団 図書館




2000年(平成12年)

平成11年神審第52号
    件名
貨物船大和丸乗揚事件(簡易)

    事件区分
乗揚事件
    言渡年月日
平成12年5月30日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

黒岩貢
    理事官
清水正男

    受審人
A 職名:大和丸船長 海技免状:五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
右舷船首船底部外板に凹損

    原因
船位確認不十分

    主文
本件乗揚は、船位の確認が不十分であったことによって発生したものである。
受審人Aを戒告する。

適条
海難審判法第4条第2項、同法第5条第1項第3号
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年4月25日04時35分
和歌山県御坊港
2 船舶の要目
船種船名 貨物船大和丸
総トン数 179トン
全長 46.315メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 404キロワット
3 事実の経過
大和丸は、専ら和歌山県御坊港を揚地として木材の運送に従事する船尾船橋型鋼製貨物船で、空倉のまま、A受審人ほか3人が乗り組み、船首1.20メートル船尾2.90メートルの喫水をもって、平成10年4月25日04時25分御坊港内日高川支流の西川右岸にある浜ノ瀬地区の岸壁を発し、徳島県徳島小松島港に向かった。
ところで、御坊港は、日高川及び西川沿いに岸壁が設けられた河川港で、日高川河口から450メートル上流の西川との合流点においては、可航幅が200メートルあるものの、日高川河口では100メートルに狭められ、その両側は消波ブロックにより築造された導流堤となっていた。

A受審人は、出航前から霧のため視程が50ないし60メートルの視界制限状態となっていたものの、過去、20年間毎日のように操船してきた港内であり、この程度の視程であれば岸壁や導流堤を肉眼で見ながらでも出航が可能と考え、レーダーの電源を切ったままとしていた。
A受審人は、いつものように右舷錨を1.5節入れ、入り船左舷付けで係留していたことから、係留索を解き放したのち、04時30分錨鎖を巻き揚げるとともに大きく右回頭を開始し、同時32分紀伊塩屋港南防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から350度(真方位、以下同じ。)1,820メートルの地点に達したとき、日高川に向けた。
A受審人は、平素、この時点で周囲の状況をもとに日高川河口に向ける転針開始地点を確認するところ、しばらく前より水面から濃い霧が発生して更に視界が悪化しており、このころには岸壁も見えなくなるなど、周囲の状況が全く分からなくなっていたが、長年の経験をもとに操船すれば大丈夫と思い、依然、レーダーの電源を入れず、レーダーを利用して船位の確認を十分に行わなかったので、自船の位置がいつもの転針開始地点より手前であり、直ちに転針を始めると河口右岸の導流堤に著しく接近する状況となることに気付かず、すでに同地点に達しているものとして右転を開始した。

04時33分半A受審人は、防波堤灯台から346度1,680メートルの地点に達したとき、右転を終えて針路を231度に定め、機関を極微速力前進にかけ、4.0ノットの対地速力で進行中、同時35分少し前右舷至近にぼんやりと導流堤の照明灯を認め、同河口の右側端に寄っていることを知ったものの、どうすることもできず、04時35分大和丸は、防波堤灯台から340度1,620メートルの地点において原針路、原速力のまま、導流堤の消波ブロックに乗り揚げた。
当時、天候は霧で風はほとんどなく、潮候はほぼ高潮時で、視程は約10メートルであった。
乗揚の結果、右舷船首船底部外板に凹損を生じたが、自力離礁し、のち修理された。


(原因)
本件乗揚は、夜間、霧のため視界制限状態となった御坊港を出航する際、船位の確認が不十分で、日高川河口右岸の導流堤に著しく接近して進行したことによって発生したものである。


(受審人の所為)
A受審人は、夜間、霧のため視界制限状態となった御坊港内奥の岸壁から出航する場合、レーダーを利用して船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、長年の経験をもとに操船すれば大丈夫と思い、レーダーを利用して船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、日高川河口に向ける転針開始地点を間違え、同河口右岸の導流堤に著しく接近して進行し、同堤消波ブロックへの乗揚を招き、右舷船首船底部外板に凹損を生じさせるに至った。






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION