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2000年(平成12年)

平成11年横審第133号
    件名
貨物船第一ニッケル丸乗揚事件

    事件区分
乗揚事件
    言渡年月日
平成12年4月20日

    審判庁区分
地方海難審判庁
横浜地方海難審判庁

西村敏和、半間俊士、勝又三郎
    理事官
岩渕三穂

    受審人
A 職名:第一ニッケル丸船長 海技免状:四級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
第一ニッケル丸・・・右舷船側外板に亀裂及び推進器翼に曲損等
定置漁具・・・・・・ワイヤーロープを切断等

    原因
針路選定不適切

    主文
本件乗揚は、針路の選定が適切でなかったことによって発生したものである。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年11月20日19時20分
布施田水道東口
2 船舶の要目
船種船名 貨物船第一ニッケル丸
総トン数 198トン
登録長 43.05メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 588キロワット
3 事実の経過
第一ニッケル丸は、船尾船橋型の鋼製液体化学薬品ばら積船兼油送船で、A受審人及びB指定海難関係人ほか2人が乗り組み、菜種原油351トンを積載し、船首1.80メートル船尾3.90メートルの喫水をもって、平成10年11月16日14時35分京浜港横浜区を発し、神戸港に向かった。
A受審人は、甲板長及びB指定海難関係人がいずれも海技免状を受有していなかったものの、甲種甲板部航海当直部員として認定を受けており、長年単独の船橋当直に就いていたことから、船橋当直部員が行うことのできる職務全般を委ね、船橋当直を自らが8時から12時、甲板長が0時から4時及びB指定海難関係人が4時から8時までの4時間交替の単独3直制とし、日頃から両人に対し、視界制限時や狭水道通航時などにおける報告の励行や海図に記入した予定針路線によって航行することなど、船橋当直者が遵守すべき事項について指示し、特に大王埼沖から三木埼沖にかけて航行する際は、大王埼を約3海里隔てて航過したのち、昼夜を問わず布施田水道を通航せずに、三木埼沖約3海里に直航する針路線(以下「予定針路」という。)を定め、これを海図に記入して、各船橋当直者に対して同水道の沖合では予定針路から外れて西方の陸岸に近寄ることのないよう指示していた。
A受審人は、東京湾を出たころから西寄りの風が次第に強くなって相模灘は時化(しけ)模様となっていたことから、19時00分神奈川県三崎港に荒天避泊したが、翌17日になって更に風が強くなり、同港での避泊が困難な状態となったので、22時30分同港を発して京浜港横浜区まで引き返し、18日00時30分同区で避泊して天候の回復を待ち、05時00分同区を抜錨して再度神戸港に向かったが、依然として相模灘では西寄りの強風が吹いていたので、12時30分伊豆半島東岸の爪木埼北方において避泊し、20日04時00分同地を抜錨して神戸港に向け航海を再開した。
A受審人は、伊豆半島南端の石廊埼を航過したのち、西寄りの風浪が残っていたので駿河湾内を迂(う)回して御前埼沖合に至り、11時40分御前埼南西方において、次直の甲板長と船橋当直を交替し、甲板長は、遠州灘を陸岸寄りに西航し、15時40分静岡県浜名港の南西方にあたる、大王埼灯台から061度(真方位、以下同じ。)30海里の地点において、次直のB指定海難関係人と船橋当直を交替した。

船橋当直に就いたB指定海難関係人は、機関回転数毎分820の全速力前進にかけ、10.0ノットの速力で、海図に記入された予定針路によって大王埼の東南東方約3海里に向けて進行し、18時30分大王埼沖に差しかかったころレーダーで船位を確認したとき、麦埼の東南東から南東沖合約1.2海里にかけて設置された片田定置漁業組合の定置網(以下「片田定置」という。)の標識などが探知でき、同定置の外周が確認できたことから、大王埼沖から三木埼沖に直航するよりは、予定針路を変更して布施田水道を通航した方が航程を短縮できると考え、これまで同水道を夜間に1回と昼間に数回通航したことがあったので、単独当直でも通航できると思い、荒天による遅れを少しでも取り戻すつもりもあって、A受審人の許可を得ずに予定針路を変更して同水道を通航することにした。
ところで、布施田水道は、麦埼から西方の和具漁港にかけての沖合に広く散在する険礁群の間を、東西に通じる延長約2.5海里の水道で、同水道の東口には、大長磯の険礁があって大長磯灯標が設置されており、同灯標の北方約550メートルには最小水深3.7メートルの大王出シや同3.5メートルのフカ瀬が、南東方約300メートルには同3.5メートルのボテ島が、南方約600メートルには同1.3メートルのカヤイエが、更に南南東方約800メートルには同3.9メートルのトツ石の各浅所が存在し、同水道内には、大長磯灯標をはじめ右舷・左舷両側面標識が設置されて水路が示され、その幅員は約350メートルで、夜間の通航には注意を要するところとなっていた。また、麦埼沖合に片田定置が設置されているほか、大長磯灯標の南方約2,200メートル付近を中心とした水深が40ないし50メートルの海域には、東西約800メートル、南北約1,200メートルの五角形をした定置漁業区画が設定され、同区画内には和具定置漁業組合の定置網(以下「和具定置」という。)が周年設置されており、同網の外周には、旗竿などの昼標や標識灯が取り付けられていた。
B指定海難関係人は、舵輪の後方に立って手動操舵に就き、18時43分麦埼灯台から152度3.3海里の地点において、A受審人の許可を得ないまま予定針路を変更し、針路を布施田水道に向かう274度に転じ、大長磯灯標の緑光を左舷船首方に見て進行していたところ、同灯標の手前約400メートルに接近したとき、同灯標の北方に小型漁船の紅灯を2個認め、自船の前路を左方に横切る態勢であったことから、同水道内で同漁船を避けながら通航するのは危険であると判断し、同水道の通航を取り止めて予定針路に戻ることにしたが、同灯標の南東から南方にかけては浅所や和具定置が存在するので、一旦(いったん)反転するなどして周囲の状況を確認したうえで、これらから十分に隔てた適切な針路を選定する必要があった。

ところが、B指定海難関係人は、大長磯灯標までの距離が近かったことや漁船の動静に気をとられていたこともあって、同灯標南方の浅所や和具定置の存在を失念し、自船の左方には航行の障害となるものはないと思い、A受審人に無断で予定針路を変更して布施田水道に向けたことで時間的に遅れを生じたため、三木埼までの航程を少しでも短縮しようと考え、19時13分麦埼灯台から219度1.0海里の地点において、短時間で予定針路に戻すための針路を選定し、左舵35度をとって針路を180度に転じたところ、ボテ島などの浅所や和具定置に向首することとなり、これらから十分に隔てた適切な針路を選定せずに進行し、間もなくボテ島やトツ石の至近を航過したが、折から下げ潮の初期に当たり、潮高が高かったため同浅所との底触を免れて続航した。
こうして、B指定海難関係人は、船首方向に和具定置の外周に設置された標識灯を視認でき、レーダーによっても同定置の標識などを探知し得る状況であったが、転針後も双眼鏡やレーダーを使用せずに漫然と見張りを続け、19時17分少し前、麦埼灯台から207度1.6海里の地点に達して、和具定置に1,000メートルのところまで接近したことに依然として気付かず、同定置から十分に隔てた適切な針路とすることができないままこれに向首して進行中、同定置の至近に迫って標識灯を認めたものの、どうすることもできず、第一ニッケル丸は、19時20分麦埼灯台から200度2.1海里の地点において、原針路、原速力のまま同定置に乗り揚げた。

当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、視界は良好で、潮候は下げ潮の初期にあたり、潮高は135センチメートルであった。
A受審人は、自室で休息中のところ、衝撃を感じて事故の発生を知り、直ちに昇橋して事後の措置に当たった。
その結果、第一ニッケル丸は、右舷船側外板に亀裂及び推進器翼に曲損などを生じ、サルベージ船により引き出され、定置漁具は、ワイヤーロープを切断するなどの損傷を生じたが、のちいずれも修理された。


(原因)
本件乗揚は、夜間、布施田水道東口において、同水道の通航を取り止めて転針する際、針路の選定が不適切で、同水道東口付近に設置された定置網に向けて進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは、船長が船橋当直者に対し、夜間布施田水道を通航しないよう指示が徹底していなかったことと、船橋当直者が船長の許可を得ずに予定針路を変更して同水道に向かったこととによるものである。


(受審人等の所為)
A受審人が、船橋当直者に対し、夜間布施田水道を通航しないよう指示が徹底していなかったことは、本件発生の原因となる。しかしながら、以上のA受審人の所為は、平素から昼夜を問わず布施田水道を通航させておらず、また、海図に大王埼から三木埼に直航する予定針路を定めて記入していたことに徴し、職務上の過失とするまでもない。
B指定海難関係人が、夜間、布施田水道東口において、船長の許可を得ずに予定針路を変更して布施田水道に向かったこと、及び、同水道東口に接近したところで同水道の通航を取り止めて転針する際、同水道東口付近に設置された定置網から十分に隔てた適切な針路を選定しなかったことは、本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては、海難審判法第4条第3項の規定による勧告をしないが、船橋当直に従事する際、船長からの指示事項を遵守し、船長の許可を得ずに予定針路を変更することは厳に慎まなければならない。


よって主文のとおり裁決する。






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