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2000年(平成12年)

平成11年神審第49号
    件名
貨物船ニュー美津貨物船黄金丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年2月4日

    審判庁区分
地方海難審判庁
神戸地方海難審判庁

佐和明、米原健一、西田克史
    理事官
坂本公男

    受審人
A 職名:ニュー美津船長 海技免状:四級海技士(航海)(履歴限定)
B 職名:黄金丸船長 海技免状 五級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
美津・・・右舷船首部ハンドレール
黄金丸・・・端艇甲板左舷ハンドレール及び全通船楼甲板左舷ブルワークに曲損

    原因
美津・・・居眠り運航防止措置不十分(主因)
黄金丸・・・動静監視不十分、警告信号不履行(一因)

    主文
本件衝突は、黄金丸を追い越すニュー美津が、居眠り運航の防止措置が不十分で、その進路を避けなかったことによって発生したが、黄金丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年8月24日06時35分
播磨灘
2 船舶の要目
船種船名 貨物船ニュー美津 貨物船黄金丸
総トン数 199トン 151トン
全長 58.22メートル 47.54メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 441キロワット
3 事実の経過
ニュー美津(以下「美津」という。)は、専ら穀物の輸送に従事する船尾船橋型の貨物船で、A受審人ほか同人の兄である機関長及び父親である甲板員の2人が乗り組み、空倉のまま、船首0.80メートル船尾2.60メートルの喫水をもって、平成10年8月23日12時30分関門港を発し、瀬戸内海経由で神戸港に向かった。
A受審人は、船橋当直を同人、機関長及び甲板員による3時間交替の3直制とし、発航操船に引き続いて15時00分まで当直に当たり、その後夕食の準備と後片付けを行うなどして21時00分から再び船橋当直に就いたとき、発電機の調子が悪くなったので、次直の機関長に指示してその修理に当たらせ、翌24日00時以降も修理中で昇橋できない機関長に代わってそのまま当直に入り、03時00分甲板員と交替したあと、発電機の修理状況を見たのち自室に戻って休息した。

06時00分昇橋したA受審人は、淡路室津港西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から262.5度(真方位、以下同じ。)11.8海里の地点で、自船より低速力の黄金丸が右舷船首7度1,100メートルに同航中であることを、甲板員から引き継いで船橋当直に就き、針路を070度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、11.0ノットの対地速力で進行した。
A受審人は、舵輪後方のいすに腰を掛けて見張りに当たり、06時10分西防波堤灯台から265度10.0海里の地点に差し掛かったとき、左舷前方で操業中の漁船をもう少し離そうと針路を5度右に転じ、同時15分同船を航過して原針路に戻したところ、黄金丸を正船首方向650メートルに認め、同船を追い越す態勢で接近するようになり、そのころ深夜の長時間にわたった船橋当直による睡眠不足から、急に眠気を覚えるようになったが、まさか居眠りすることはないものと思い、発電機の修理を終え自室で休息中の機関長を呼んで2人当直とするなど、居眠り運航の防止措置をとることなく、そのまま当直を続けるうち、いつしか居眠りに陥った。

こうして、A受審人は、その後黄金丸の方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近したが、居眠りをしていたのでこのことに気付かず、同船を確実に追い越し、かつ、これから十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく、同じ針路、速力で続航中、06時35分少し前ふと目が覚めて船首前方を見たところ、至近に迫った黄金丸を認め、急いで手動操舵に切り替えて左舵一杯とし、機関を停止したが及ばず、06時35分西防波堤灯台から277度5.6海里の地点において、美津は、原針路、原速力のまま、その右舷船首が、黄金丸の左舷船尾に後方からほぼ平行に衝突した。
当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
また、黄金丸は、山口県宇部港から大阪港へのガラス原料輸送に従事する船尾船橋型の貨物船で、B受審人と同人の妻である機関長とが乗り組み、ソーダ灰500トンを載せ、船首2.50メートル船尾3.70メートルの喫水をもって、平成10年8月23日12時00分宇部港を発し、大阪港に向かった。

B受審人は、長年前示の航海に従事し、出入港及び狭水道や船舶が輻輳(ふくそう)する海域では自ら操船に当たるほか、疲労の程度により適宜、機関長と交替して船橋当直に入ることとしていたもので、翌24日06時00分西防波堤灯台から263度11.2海里の地点で、機関長と交替して単独の当直に就き、針路を070度に定めて自動操舵とし、機関を全速力前進にかけ、10.0ノットの対地速力で進行した。
交替したときB受審人は、左舷後方7度1,100メートルに美津を視認し、自船より高速で徐々に接近することが分かったが、そのまま自船の左舷側を無難に航過するものと思い、引き続き美津に対する動静監視を行うことなく、舵輪後方のいすに腰を掛け、前路の見張りに当たって播磨灘を東行した。
B受審人は、06時15分西防波堤灯台から266.5度8.8海里の地点に達したとき、右転して漁船を航過したのち針路を元に戻した美津が、正船尾方向650メートルのところから自船を追い越す態勢で接近し、その後方位が変わらず衝突のおそれがある状態であったが、依然として動静監視を行っていなかったので、このことに気付かず、避航の気配がないまま接近してくる美津に対し警告信号を行うことなく続航中、黄金丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。

衝突の結果、美津は右舷船首部ハンドレールに、黄金丸は端艇甲板左舷ハンドレール及び全通船楼甲板左舷ブルワークにそれぞれ曲損を生じたが、のちいずれも修理された。

(原因)
本件衝突は、播磨灘において、黄金丸を追い越す美津が、居眠り運航の防止措置が不十分で、その進路を避けなかったことによって発生したが、黄金丸が、動静監視不十分で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。


(受審人の所為)
A受審人は、播磨灘において、単独で船橋当直に当たり、正船首方向に見る黄金丸を追い越す態勢で接近中、眠気を催した場合、深夜長時間の船橋当直に当たり睡眠不足であったから、居眠り運航とならないよう、休息中の機関長を呼んで2人当直とするなど、居眠り運航の防止措置をとるべき注意義務があった。ところが、同人は、まさか居眠りすることはないものと思い、休息中の機関長を呼んで2人当直とするなど、居眠り運航の防止措置をとらなかった職務上の過失により、居眠りに陥り、黄金丸の進路を避けることなく進行して同船との衝突を招き、美津の右舷船首部ハンドレール及び黄金丸の端艇甲板左舷ハンドレールなどにそれぞれ曲損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

B受審人は、播磨灘において、自船より高速で後方から接近する美津を認めた場合、引き続き美津に対する動静監視を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、そのまま自船の左舷側を無難に航過するものと思い、引き続き動静監視を行わなかった職務上の過失により、その後美津が自船を追い越す態勢となり、衝突のおそれがある状態で接近することに気付かず、警告信号を行うことなく進行して、同船との衝突を招き、前示のとおり両船に損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。


よって主文のとおり裁決する。

参考図






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