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2000年(平成12年)

平成11年長審第59号
    件名
漁船宝徳丸漁船海運丸衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年1月21日

    審判庁区分
地方海難審判庁
長崎地方海難審判庁

保田稔、原清澄、坂爪靖
    理事官
小須田敏

    受審人
A 職名:宝徳丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
B 職名:海運丸船長 海技免状:一級小型船舶操縦士
    指定海難関係人

    損害
宝徳丸・・・船尾部舷縁を圧壊、船尾マストの曲損
海運丸・・・左舷船首部に亀裂、船長の妻が、頸部、腰部及び胸部などに打撲傷並びに外傷性頸部症候群、船長の息子が、頭部挫創、全身打撲及び外傷性頸部症候群

    原因
海運丸・・・見張り不十分、各種船間の航法(避航動作)不遵守(主因)
宝徳丸・・・警告信号不履行(一因)

    主文
本件衝突は、海運丸が、見張り不十分で、漁ろうに従事する宝徳丸の進路を避けなかったことによって発生したが、宝徳丸が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
受審人Bを戒告する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年6月8日11時50分
有明海北西部
2 船舶の要目
船種船名 漁船宝徳丸 漁船海運丸
総トン数 3.8トン 3.6トン
登録長 12.47メートル 12.39メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 70 70
3 事実の経過
宝徳丸は、船体後部に操舵室を設けたFRP製漁船で、汽笛その他有効な音響による信号設備を備えないまま雑漁業に従事し、A受審人と妻のCが2人で乗り組み、有明海においてあなごかご漁を行う目的で、船首0.30メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、平成10年6月8日06時00分佐賀県道越漁港を発し、同漁港北方4海里ばかりの漁場に向かった。
ところで、有明海のあなごかご漁は、陸岸から1海里ないし3海里ばかりの沖合において行われ、直径10センチメートル長さ1メートルほどのプラスティック製円筒をかごとして用い、かごを約15メートル間隔に取り付けた長さ3,000メートルないし4,000メートルの幹縄を直線状に海底に這(は)わせ、一定の時間をおいたのち、揚縄機で幹縄を巻き揚げながら極微速力で縄に沿って進み、かごを取り込んで中に入っているあなごを漁獲するというもので、揚縄中は移動が自由にならず、操縦性能が制限される状態であった。

一方、有明海であなごかご漁を行う小型漁船は、操縦性能が制限される漁法で操業を行っているにもかかわらず、互いにいちべつすれば、船型、速力、甲板上の人の様子などでその状態が分かることから、慣習的に漁ろう中の形象物を掲げないまま操業を行っており、また、全長12メートルを超えていながら、汽笛を装備していないことが多かった。
06時15分A受審人は、漁場に至り、前日に投じた幹縄の巻き揚げを行い、07時15分あなご約3キログラムを獲たところで次の漁場に向かい、同時30分亀瀬灯標から北北東1,500メートルばかりの地点で幹縄の一端を投じ、同地点から北北西方約3,000メートルにわたって幹縄を這わせ、同時45分亀瀬灯標から344度(真方位、以下同じ。)2.1海里の地点で投縄を終え、しばらく待機したのち、漁ろう中の形象物を掲げないまま、左舷船首部の揚縄機の後方に立ち、11時03分半針路を縄の方向に向く149度に定め、クラッチの嵌脱(かんだつ)を繰り返して1.5ノットの速力とし、揚縄機を操作しながら縄に沿って進行した。

その後、A受審人は、妻に次々と揚がってくるかごからあなごを取り出す作業を自らの後方で行わせ、自らはかごが揚縄機に揚がってくる合間に周囲を見ながら揚縄中、11時49分少し過ぎ亀瀬灯標から001度1,940メートルの地点に達したとき、左舷船尾16度500メートルのところに、自船にほぼ向首して接近する態勢の他船を認め、同船があなごかご漁を終えて帰航する親類所有の海運丸であることに気付き、その後、同船が衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが、いつものように漁模様を尋ねるために接近してきたもので、間もなく減速するものと思い、かごが揚縄機のところに揚がってきたので、同船から目を離して揚縄機の操作に専念した。
こうして、A受審人は、いずれ海運丸が自船の傍らで停止するだろうと思っていたので、警告信号を行うことも、衝突を避けるための協力動作をとることもしないでかごを取り込み、11時50分わずか前再び海運丸に目を向けたところ、同船が停止する気配のないまま至近に迫っているのを認めたが、かごからあなごを取り出している妻に身を伏せろと叫ぶほかに何らの措置をとる暇もなく、11時50分亀瀬灯標から001度1,900メートルの地点において、海運丸の船首部が、宝徳丸の船尾部に、後方から14度の角度をもって衝突した。

当時、天候は晴で風はほとんどなく、視界は良好であった。
また、海運丸は、船体後部に操舵室を設け、雑漁業に従事するFRP製漁船で、B受審人が妻及び息子のDと3人で乗り組み、あなごかご漁を行う目的で、船首0.30メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、同日05時00分道越漁港を発し、亀瀬灯標北方6海里ばかりの漁場において、あなご約50キログラムを獲たところで操業を終え、11時30分同漁場を発進し、徐々に増速しながら帰途についた。
11時42分少し前B受審人は、亀瀬灯標から348度3.7海里の地点に達したとき、針路を163度に定め、機関の回転数が毎分2,000の19.5ノットの速力とし、息子を前部甲板で漁の後始末に当て、妻を操舵室後部の甲板上に座らせ、周囲の見通しのよい同室内で、手動操舵に当たって進行した。
ところで、B受審人は、近視であることから、平素、自動車を運転するときや操船する際は眼鏡をかけていたが、定針後は船首波の飛沫が眼鏡に付着するようになリ、漁場発進地点から定針地点にかけて存在していた刺し網などが見当たらなくなったことから、眼鏡を外して続航した。

11時48分少し過ぎB受審人は、亀瀬灯標から355度1.6海里の地点に達したとき、右舷船首2度1,000メートルのところに宝徳丸を視認でき、その船体や速力の様子から同船が自船と同様にあなごかご漁に従事している漁船と容易に判断できる状況にあったが、裸眼で見張りをしていて宝徳丸の船影が見えなかったので、前路に他船はいないものと思い、妻や息子に見張りの補助をさせたり、飛沫などの汚れを拭き取ってから眼鏡をかけて見張りに当たったりするなど、周囲の見張りを十分に行うことなく、宝徳丸の存在に気付かないまま進行した。
11時50分少し前B受審人は、左舷正横200メートルばかりのところで北方に向首して操業中の同業船が船側を見せていたので、その存在に気付いたものの、前路で自船に船尾を見せていた態勢の宝徳丸には気付かず、その後左方で操業中の同業船に気をとられていて前路で漁ろう中の宝徳丸の進路を避けないで続航中、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。

衝突の結果、宝徳丸は、船尾部舷縁を圧壊したほか船尾マストの曲損などを、海運丸は、左舷船首部に亀裂をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。また、Cが、頸部、腰部及び胸部などに打撲傷並びに外傷性頸部症候群を、Dが、頭部挫創、全身打撲及び外傷性頸部症候群をそれぞれ負った。

(原因等に対する考察)
本件衝突は、操縦性能が制限される漁具を使用してあなごかご漁に従事していたものの、規定の形象物を掲げないまま、1.5ノットの速力で一定方向に進行しながら操業中の宝徳丸と、漁場からの帰途、19.5ノットの速力で進行中の海運丸とが衝突したものである。
海運丸は、有明海の本件発生海域において航行中、B受審人が、自船の速力に比較して極端に低速力で進行している自船と同型船を認めていれば、同船があなごかご漁に従事しているものと容易に判断でき、同船を漁ろう中の船舶として当然避けていたと推認できるし、同人はこのことを認めている。しかし、同人は、十分な見張りをしていなかったために同船に気付ず、避航措置をとらなかったものであり、海運丸が、見張り不十分で、漁ろう中の宝徳丸の進路を避けなかったことは、本件発生の原因となり、B受審人の所為は責められるべきである。

一方、宝徳丸は、あなごかご漁による漁ろうに従事中、他船が自船にほぼ向首接近して衝突のおそれがある際は、速やかに警告信号を行い、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならず、漁具により操縦性能が制限されて何らの動作がとれないのであるなら、少なくとも警告信号を行わなければならず、これを行わなかったことは本件発生の原因をなしたと考えられる。しかし、このことは、接近する他船が同業を営むA受審人の親類の所有する海運丸であって、平素から同船が漁模様を尋ねるために至近まで接近してから停止することがあったため、同船の接近に疑問を感じなかったからであり、同様な条件の下では、他者も同様な行動をとることが十分推認され、A受審人の所為は責められない。
なお、宝徳丸が規定の形象物を掲げずに操業を行っていた点については、海運丸の見張り模様に徴し、本件発生の原因としないが、漁ろう中は規定の形象物を掲げなければならない。また、必要なときに必要な信号を行えるよう、汽笛を装備しなければならない。


(原因)
本件衝突は、有明海の佐賀県藤津郡太良町沖合において、宝徳丸、海運丸の両船が衝突のおそれがある態勢で互いに接近中、あなごかご漁を終えて帰航中の海運丸が、見張り不十分で、漁ろうに従事する宝徳丸の進路を避けなかったことによって発生したが、宝徳丸が、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。


(受審人の所為)
B受審人は、有明海の佐賀県藤津郡太良町沖合を、あなごかご漁を終えて帰航する場合、同沖合では小型漁船があなごかご漁に従事していることが多く、自らは視力が十分でなかったから、他船を見落とさないよう、同乗中の妻や息子に見張りの補助をさせたり、眼鏡をかけて見張りに当たったりするなど、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、裸眼で見張りをしていて宝徳丸の船影が見えなかったので、前路に他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、漁ろうに従事する宝徳丸に気付かず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、宝徳丸に船尾部舷縁圧壊、船尾マスト曲損などを、海運丸に左舷船首部亀裂をそれぞれ生じさせ、また、A受審人の妻に頸部、腰部及び胸部打撲傷並

びに外傷性頸部症候群を、自らの息子に頭部挫創、全身打撲及び外傷性頸部症候群をそれぞれ負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人が、有明海の佐賀県藤津郡太良町沖合において、あなごかご漁による漁ろうに従事中、自船にほぼ向首して衝突のおそれがある態勢で接近する他船があるとき、警告信号を行わなかったことは本件発生の原因となる。
しかしながら、このことは、接近する他船がA受審人の親類所有の海運丸で、平素から同船が漁模様を尋ねるために接近することがあったため、同人が同船の接近に対して疑問を感じなかったからであることに徴し、同人の職務上の過失とならない。


よって主文のとおり裁決する。

参考図






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