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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年6月16日13時42分 福山港 2 船舶の要目 船種船名
貨物船雄海丸 旅客船たどつ丸 総トン数 3,413トン 697.49トン 全長 104.79メートル
63.25メートル 機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関 出力 2,427キロワット
2,353キロワット 3 事実の経過 雄海丸は、主に国内各港間で石炭等の輸送に従事する船尾船橋型の貨物船で、船長B(以下「B船長」という。)ほか10人が乗り組み、水砕を積載するにあたり、積荷役待機のため、空倉のまま、船首2.42メートル船尾4.84メートルの喫水をもって、平成11年6月15日21時広島県福山港外の日本鋼管福山製鉄所船舶信号所(以下「信号所」という。)から327度(真方位、以下同じ。)2海里の水深約10.5メートルの地点で、右舷錨鎖5節を延出し、船首マストに黒色球形形象物を掲げて錨泊し、錨泊当直を甲板部員1名による4時間3直制に定めて実施していた。 こうして雄海丸は、錨泊中、翌16日13時ごろから雨天模様となり、一等航海士から当時積荷準備のため開放していたハッチカバー閉鎖の指示があり、錨泊当直の甲板部員も同作業に従事することとなり、周辺海域は視界もよく、通航船の多い海域ではなかったことから甲板上の作業に就くことになった。 13時41分同甲板部員は、ハッチ閉鎖作業に従事中、ふと左舷方を見たとき、左舷正横400メートルばかりのところに自船に向首接近するたどつ丸を視認し、慌てて大声を発して両手を振るも効なく、雄海丸は、13時42分前示錨泊地点において245度を向首したままのその左舷前部にたどつ丸の左舷船首が、前方から65度の角度で衝突した。 当時、天候は曇で風力3の南西風が吹き、潮候は下げ潮の初期で、衝突地点付近には0.5ノットの北東流があった。 B船長は,自室において衝撃音を聞いて室外に出たところ、たどつ丸との衝突を知り、事後の措置に当たった。 また、たどつ丸は、福山港と香川県多度津港との間の一般旅客定期航路に就航する船首船橋型の旅客船兼自動車渡船で、A受審人ほか5人が乗り組み、旅客13人及び車輌11台を積載し、船首2.1メートル船尾3.2メートルの喫水をもって、同月16日12時20分第5便として定刻どおり多度津港を発し、福山港に向かった。 ところで、たどつ丸の運航形態は、福山、多度津両港間を日に11便運航するもので、05時の始発を福山港あるいは多度津港とし、最終便の翌01時の着岸をもって当日の運航を終了するもので、両港間の航海所要時間はほぼ1時間40分、両港での停泊時間は約10分間で、01時から05時の時間帯は、福山港又は多度津港で待機するというものであった。 たどつ丸の船橋当直体制は、昼間、多度津港から福山港への航海を船長が、福山港から多度津港を一等航海士がそれぞれ単独で当たるというもので、始発の第1便、06時50分の第2便及び16時の第7便から最終の第11便までは、甲板員又は機関士が補佐に加わる2人直体制をとっており、昼間単独の当直時においても必要に応じて他の乗組員を船橋当直に従事させ2人直とすることができる体制を組むほか、船長は両港での出入港操船に従事することになっていた。 A受審人は、平成元年にR株式会社に入社以来航海士として福山・多度津両港間の運航に従事し、同11年4月1日に船長に昇格したもので、その勤務形態は、原則として多度津港で10時30分発の第4便に乗船して前任船長と交代し、翌々日の10時20分同港着の第3便まで勤務の後は、次の勤務まで2日間、自宅で休暇をとるということを繰り返すものであった。 A受審人は、6月13日原則どおり多度津港で勤務を終えて同日10時35分ごろ下船し、次の乗船日までの間、休暇をとることとなったが、この間、長年の習慣に従って昼食後約2時間の昼寝のほか、夜間にも十分な睡眠をとり、翌々15日同港で10時30分発の第4便に乗船し、その後、前述の船橋当直体制に従って勤務を行い、翌16日多度津港での最終便の港内操船を終え、同日01時25分ごろから第1便の出港準備時刻の同日04時35分までの間、船員室で就寝した後、再度勤務に就いた。 こうしてA受審人は、12時20分多度津港発の第5便の発航操船に引き続き単独船橋当直に就き、備讃瀬戸北航路を横断して佐柳島を航過後は、周辺海域に通航船舶が少なくなったことから、操舵輪後方に設置された背もたれ付きの操舵用椅子に腰かけた姿勢で船橋当直に従事し、問島沖などに設定されたポイント通過のたびに立って海図台に行っては通過時刻を時刻表に記入しながら当直に当たった。 13時31分A受審人は、信号所から150度4.45海里の地点に達したとき、船首方2.5海里ばかりに雄海丸他1隻の錨泊船を視認し、これら両船間を通り抜けて航行するつもりで、針路を330度に定め、椅子から立ち上がって同時刻を梶子島沖のポイント通過時刻として記入したのち、再び椅子に腰をかけて、機関をほぼ全速力前進にかけ、折からの潮流の影響により3度右方に圧流されながら13.4ノットの対地速力で手動操舵により進行した。 定針したときA受審人は、船橋内が快適な気温であったことから眠気を催したが、まさか居眠りに陥ることはあるまいと思い、コーヒーを飲むか椅子から立ち上って操舵を行うなど居眠り運航の防止措置をとることなく運航に従事中、カナリ島を航過した13時33分ごろから居眠りに陥り、その後自船が船首わずか右方の雄海丸に向首接近していることに気付かず、同船を避けることなく続航中、同時42分少し前ふと眠りから覚めて前方を見たとき、船首至近に迫った同船に気付き、直ちに機関中立とし、右舵一杯をとるも及ばず、たどつ丸は、ほぼ000度を向首して原速力のまま前示のとおり衝突した。 衝突の結果、雄海丸は左舷前部に破口を生じ、たどつ丸は左舷船首部を圧壊したが、のちいずれも修理された。また、たどつ丸甲板員C並びに乗船客D、E、F、G及びHの計6人が骨折、打撲傷などの負傷を負い、積載車輌10台に凹損などの損傷を生じた。
(眠気及び居眠り防止策に対する考察) 本件は、多度津・福山両港間に就航する旅客船兼自動車渡船たどつ丸が、昼間、福山港に向け航行中、単独の当直者が居眠りに陥り、居眠り運航状態のまま、同港内において錨泊中の雄海丸と衝突したものである。以下、睡眠不足と日中の眠気等について考察する。 1 睡眠不足と眠気 日中における人間の特性としての居眠り発生に関しては、睡眠潜時テストの解析によって明らかにされている。同テストによると、日中の居眠りは、睡眠時間と密接な関係にあり、睡眠時間が短いほど発生し易いことが知られている。 睡眠潜時テストとは、被験者を実験前日に10時間睡眠をとらした者から全く睡眠をとらさなかった者まで、それぞれ8時間、5時間及び4時間の睡眠をとらした者を入れて5段階に分け、これらの被験者をそれぞれ実験当日、開眼のまま暗室・遮音の室内のベッドに横にならせて眠るように指示を与え、最も浅い睡眠状態、つまり、うとうととする状態に陥るまでの時間(以下「潜眠時間」という。)を脳波、眼電位及び筋電位を睡眠ポリグラフを使用して測定し、この時間と日中における居眠り発生の関連性を明らかにするものであるが、これによると平均潜眠時間は、前日10時間の睡眠をとった者が約15分で日中の眠気はほとんど認められず、通常の8時間睡眠の者が約10分、全く睡眠をとらなかった者は約1分、4時間の睡眠をとった者では5分を下まわっている。(別図?参照) これから判ることは、潜眠時間が短い程、眠気が強く居眠りの発生確率が高くなり、平均潜眠時間が5分以下になると人間工学的見地から、居眠り事故の危険率が高くなるとして職場配置等に慎重を要する状況にあるとされている。 以上から本件の場合を考えると、A受審人は、15・16日にかけて24時間のうち約3時間の睡眠とその外に短時間の仮眠を断続的にとる就労状態にあったことが運航スケジュールの記録から判明しており、当日の就労中の眠気発生の可能性は否定できない。 2 日中の眠気と生物リズム 人の眠気あるいは居眠りの発生には、24時間、12時間あるいは2時間の生物リズムが関与し、夜間に最も強い眠気のピークがあり、次に日中16時あたりに中程度のピークが認められ、更にピークとしては低いが約2時間周期の小刻みな眠気の変動がある。 日中の眠気のピークは、14時から16時に分布しており、また、14時の眠気は「食後の眠気」と呼ばれてきたが、食事とは関係なくこの内因性の生物リズムによって生起している。 本件は、A受審人の船橋当直中である14時ごろに発生したものであり、内因性の生物リズムが関係しているといえる。(別図?、?参照) 3 居眠りの予防策 居眠り防止策は、仮眠をとる方法と覚醒水準を高めて眠気を隠蔽するマスキング法がある。 (1) 仮眠をとる方法 日中の眠気は睡眠不足でなくとも条件が整えば発生するものであり、例えば7時間以上の睡眠をとった者の場合でも眠気は発生し、これを防止する手段として、生物のリズムを考慮した12時または14時に20分程度の短時間仮眠をとることが眠気の除去に有効であることが知られている。 20分程度の睡眠時間では睡眠の強さは中程度のもので、目覚めた後に残る睡眠の程度(睡眠慣性)は小さく、逆にこれを越えると脳は深い睡眠状態に入り、目覚め後も30ないし40分間眠気がとれず、逆に居眠りが発生し易い状態となるからである。 一方、連続作業など長時間の覚醒が続くとき、居眠りの発生頻度が高まることは1に述べたとおりであるが、この場合にも途中で仮眠をとることによって、一時的に眠気と疲労感を低減させ得る効果があることが明らかにされている。例えば20時間の連続作業後の早朝04時から07時まで仮眠をとつたのち、その後の12時間の作業を行うときにおける眠気を測定した実験作業では前記3時間の仮眠は、眠らずに休憩するだけのときよりも、眠気と疲労感を低減させる効果は認め得る。しかしながらその効果は仮眠後5から6時間持続するだけで、長時間持続するものではなく、現に同実験の被験者は、15時から16時にかけて強い眠気が発生していることが計測され、このような作業状況のもとでは、前示3時間の仮眠をとっても午後の時間帯の眠気が抑止することができない状況が明らかにされている。 本件の場合、A受審人は、12時又は14時に20分程度の短時間睡眠をとり得ず、15日から16日にかけての就労状況は前述のとおりで、これら諸状況を総合的に勘案すると、13時31分ごろ眠気を催したことは、生理的に否定し難い。 (2) 覚醒水準を高めて眠気を隠蔽する方法 居眠りの防止対策として精神面、つまり居眠りに陥ることのないよう気を引き締めて当直に当たるといった面のみを強調することは、人間の生理的観点からすると、前述してきたように万全であるとはいい難い。 居眠りによる事故は、船舶のみではなく、広い分野にわたって発生するものであるが、その有効な防止策は(ア)仮眠とコーヒー飲用の組み合わせによる方法、(イ)チューインガムなどを使用する方法、(ウ)外気にあたり手足を動かすか立位を保つことによる方法などが居眠り防止対策として有効であることが知られている。以下、これについて検討する。 (ア) 仮眠とコーヒー飲用の組み合わせによる方法 カフェインに覚醒効果のあることは周知されており、これと仮眠を組み合わせることにより、有効な居眠りの防止策が可能となる。 カフェインの覚醒は、経口摂取後約30分で効果が現れることから、眠気を感じて摂取したのでは、直ちにその覚醒効果は期待できないが、5分ほどかけてコーヒーを摂取後15分程度の仮眠をとることによって目が覚めた頃にカフェインの効果が現れ、仮眠の回復効果とカフェインの覚醒作用が相乗して快適な覚醒水準を維持することが可能である。 別図?「人の眠気に関与する3つの生物リズム」中で明らかなとおり、日中の睡眠のピークは16時を挟む数時間に発生しており、本方法はこの間における居眠り防止対策として有効である。 (イ) チューインガムなどを使用する方法 顎に力を掛けることにより脳に刺激を与え、覚醒作用を得る方法で、特にハッカを含むものは、それの持つ覚醒作用と共に居眠り防止対策として有効である。 顎に力を掛ける、動かす点では、チューインガムに限らず、菓子を食べること、2人直を実施し、相互に会話をしながら当直に当たるなども同様であるので効果がある。 前述したようにカフェインによる覚醒効果が直ちに現れないことと関連して、顎を動かす行為により、さしあたりの眠気をとり、これと平行してカフェインを飲用することを合わせ実行することにより眠気抑止期間を活用することは、居眠り防止策として有効である。 (ウ) 外気にあたり手足を動かすか立位を保つ方法 眠気を排除するには、刺激をとり込むことが基本であるから、外気にあたり、手足を動かす、歩き回るなどの居眠り対処方法は古くから推奨され、実施されてきたところである。 椅子に腰をかけ、しかも背もたれによりかかる姿勢、肘掛など上体を支える姿勢は居眠りを誘発しやすい。 また、共在他者がある場合よりも単独の方が眠る可能性が高く、単調な環境下ほど眠り易い。 居眠り防止対策としては、当直を複数で実施し、可能な限り外気にあたり、立位で行うことが有効である。 4 まとめ 以上の日中の眠気に関するメカニズムを考慮し、また、A受審人は長時間に渡って就労していること、及び非番時の日中に昼寝の習慣があり、日中に眠くなることを体験的に知っていたこと、及び同業他社の就労環境を総合勘案すると、航海中非番のとき20分程度の仮眠を積極的にとる、船橋に設置してある喫茶設備を利用してコーヒーなどカフェインの含まれた飲み物を眠くなる前に予防的に飲む、眠気を催したときに立位を保つ、又は、複数当直体制とするなどの措置をとって居眠りに陥るのを防ぐべきであり、また、当時そうすることが可能であったものと認めるのが相当である。
(原因) 本件衝突は、多度津港から福山港向け航行中、居眠り運航の防止措置が不十分で、錨泊中の雄海丸を避けることなく、同船に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為) A受審人は、単独の船橋当直に就き、福山港に向け航行中、眠気を催した場合、居眠り運航にならないよう、コーヒーを飲むか椅子から立ち上がって操舵を行うなど居眠り運航防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに同人は、まさか居眠りすることはあるまいと思い、コーヒーを飲むか椅子から立ち上がって操舵を行うなど居眠り運航防止措置をとらなかった職務上の過失により、居眠りに陥って居眠り運航となり、錨泊中の雄海丸を避けることなく進行して衝突を招き、雄海丸左舷前部に破口、たどつ丸左舷船首部に圧壊及び同船積載車輌10台に損害をそれぞれ生じさせると共に、たどつ丸乗組員1人及び乗客5人を負傷させるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
別図I 「睡眠時間と日中の眠気」
別図II 「ヒトの眠気に関与する3つの生物リズム」
別図III 「日中の眠気と半日リズム」 (4つの実験報告を1つの図に重ね書きしたもの)
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