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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成11年5月23日10時05分 長崎県三重式見港南西方沖合 2 船舶の要目 船種船名
遊漁船辰吉丸 プレジャーボートさつきII 総トン数 5.9トン 全長 15.40メートル 7.66メートル 登録長
12.38メートル 6.88メートル 機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関 出力 279キロワット
102キロワット 3 事実の経過 辰吉丸は、FRP製遊漁兼用船で、船体中央部から後方にかけて船室と同室より一段高くなった操舵室を順に配置し、操舵室内には、前部右舷側に操縦席を、左舷側に船室出入口をそれぞれ設け、操縦席の後方に周囲を仕切り、内側に洋式便器を備えたトイレを設置し、専ら遊漁に従事していたところ、A受審人が1人で乗り組み、釣り客4人を乗せ、船首0.45メートル船尾1.20メートルの喫水をもって、平成11年5月22日14時長崎港小江地区を発し、五島列島久賀島西方11海里ばかり沖合の西曽根上の釣り場に向かった。 同日17時A受審人は、釣り場に至り、釣り客とともに自らも釣りをしたり、釣り客のために食事を用意したり、その間に少し睡眠をとったりして過ごしたのち、翌23日07時釣り場を発進して帰途に就き、見通しの良い操縦席に腰掛けて操船にあたり、奈留瀬戸を通航した。 09時05分A受審人は、五島棹埼灯台から101度(真方位、以下同じ。)10.8海里の地点に達したとき、GPSに記憶させた小江地区沖合の地点に向け、針路を093度に定め、機関を常用のほぼ全速力前進にかけ、21.0ノットの速力として自動操舵で進行し、視程があまり良くなかったので、レーダーのレンジを0.75海里と1.5海里とに適宜切り替えながら使用したものの、0.75海里レンジにすると海面反射が画面の広範囲に出るので、感度のみを下げて海面反射を抑えたままとし、傍らの釣り客1人と雑談を交わしながら続航した。 その後、A受審人は、雑談を交わしていた釣り客が疲れたと言って他の3人が休んでいる船室に入ったので操舵室には1人きりとなり、貨物船などが南北方向に通航したり、三重式見港に出入りする漁船などが東西方向に通航したりする同港南西方の沖合にさしかかったころ、尿意を催すようになり、帰港まで20分ないし30分かかることから、10時03分ノ瀬灯標から231度3.9海里の地点に達したとき、トイレに行くこととしたが、正船首1,300メートルのところに、視界が十分でないながら漂泊中のさつきII(以下「さつき」という。)を視認し得る状況下、レーダーの感度を下げ過ぎていたためか、同船の映像が船首輝線に隠れていたためかして、1.5海里レンジに切り替えた画面でさつきの映像を捉えることができなかったうえ、前路をいちべつしただけでさつきを視認しなかったことから、少しの間ならば操縦席から離れても大丈夫と思い、機関を中立として停留するなどの見張りを中断するための臨機の措置をとることなく、操舵室を無人状態としてトイレに入った。 こうして、A受審人は、便座の周囲を汚さないように腰掛けてゆっくりと用を足していたところ、衝突のおそれがある態勢でさつきに接近することが次第にはっきりする状況となったものの、トイレに入っていたのでこの状況に気付かず、同一の針路、速力で同船を避けることができないまま進行中、10時05分トイレから出たとき、ノ瀬灯標から223度3.4海里の地点において、辰吉丸の船首が、さつきの左舷中央部に前方から70度の角度で衝突し、同船を乗り切った。 当時、天候は小雨で風力2の東北東風が吹き、潮候は上げ潮の初期で、視程は2.0海里であった。 また、さつきは、船体中央部に操舵室を設け、船外機を装備したFRP製プレジャーボートで、B受審人が1人で乗り組み、魚釣りの目的で、船首0.20メートル船尾0.70メートルの喫水をもって、同23日08時45分長崎県三重式見港を発した。 発進後、B受審人は、機関を全速力前進にかけて三重式見港の南西方沖合2海里ばかりの地点まで進行し、その後、機関を極微速力前進として2ノットばかりの速力で、魚群を探索するために蛇行しながら続航し、10時00分前示衝突地点に至り、折からの風を右舷正横から受けるように態勢を整え、機関を中立運転として漂泊を始め、周囲を見渡して他船がいないことを確認したのち、後部甲板上に置いていた重量約10キログラムの錨を左手で持ち、右手で操舵室の屋根の手摺りをつかみ、左舷側から右舷方を見て横歩きしながら船首方に移動し、船首端付近の甲板上で投錨準備を始めた。 B受審人は、船首方を向いて中腰の姿勢で、甲板下の物入れから先端に短い錨鎖が付いた合成繊維製の錨索を取り出し、錨鎖の一端をシャックルで錨に取り付けていたところ、10時03分半左舷船首70度970メートルばかりのところに、自船に向首する態勢の辰吉丸を視認することができ、その後、同船が衝突のおそれがある態勢のまま接近する状況となったが、投錨準備を始めたとき周囲に他船を見かけなかったことから、しばらくの間は接近する他船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、この状況に気付かないまま投錨準備に没頭した。 こうして、B受審人は、操舵室に備えたモーターホーンで注意喚起信号を行ったり、必要に応じて機関をかけて移動したりするなどの衝突を避けるための措置をとることができないまま投錨準備を終え、10時05分少し前船首端から投錨しようとしたとき、辰吉丸の機関音に気付き左舷方を見たところ、同船が200メートルにまで高速力で接近しているのを認め、操舵室の屋根の手摺りを伝って同室まで戻る時間がなかったので、手を振ったり、大声を出したりしたが、及ばず、衝突直前船首から海面に飛び込んだとき、前示のとおり衝突した。 衝突の結果、辰吉丸は、船底外板に擦過傷並びに推進器及び同軸に曲損を生じたが、のち修理され、さつきは、船体中央部が大破し、三重式見港に曳航されたが、のち廃船処分された。また、B受審人は、辰吉丸に救助された。
(原因) 本件衝突は、長崎県三重式見港南西方沖合において、小雨模様の天候で視界があまり良くない状況下、辰吉丸が、操舵室無人状態で、漂泊中のさつきを避けなかったことによって発生したが、さつきが、見張り不十分で、注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) A受審人は、小雨模様で視界があまり良くない状況下、長崎県三重式見港南西方沖合を東行中、尿意を催し、周囲を見ることができないトイレに行く場合、機関を中立としてしばらく停留するなどの見張りを中断するための臨機の措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、レーダーや肉眼で他船を見かけなかったことから、少しの間ならば操縦席から離れても大丈夫と思い、操舵室を無人状態とし、見張りを中断するための臨機の措置をとらなかった職務上の過失により、さつきの存在に気付かずに同船を避けることができないまま衝突を招き、自船に推進器曲損などを、さつきに船体中央部大破などをそれぞれ生じさせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 B受審人が、小雨模様で視界があまり良くない状況下、長崎県三重式見港南西方沖合において、漂泊して投錨準備中、周囲の見張りが十分でなく、注意喚起信号を行うことも、衝突を避けるための措置をとることもできなかったことは、本件発生の原因となる。しかしながら、このことは、辰吉丸が、操舵室無人状態で、高速力のまま短時間のうちに接近したことに徴し、同人の職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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