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2000年(平成12年)

平成11年広審第64号
    件名
旅客船ほわいとさんぽう2防波堤衝突事件

    事件区分
衝突事件
    言渡年月日
平成12年3月29日

    審判庁区分
地方海難審判庁
広島地方海難審判庁

釜谷奬一、黒岩貢、中谷啓二
    理事官
前久保勝己

    受審人
A 職名:ほわいとさんぽう2船長 海技免状:三級海技士(航海)
    指定海難関係人

    損害
ほ号・・・・・・左舷外板の水線付近全体にわたる凹損及び同後部に数箇所の亀裂
西宮防波堤・・・長さ1,300メートルにわたって堤頭部を損傷

    原因
台風接近時の走錨防止対策不十分

    主文
本件防波堤衝突は、台風接近時の走錨防止対策が不十分であったことによって発生したものである。
運航管理者が、走錨防止対策についての確認が不十分であったことは本件発生の原因となる。
受審人Aの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
    理由
(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成10年10月18日00時58分
尼崎西宮芦屋港
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ほわいとさんぽう2
総トン数 10,181.97トン
全長 155.60メートル
幅 23.60メートル
深さ 13.05メートル
喫水 船首5.05メートル船尾5.55メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 17,210キロワット
3 事実の経過
(1) 受審人等
ア A受審人は、13年ばかり外航船の甲板員を勤めたのち、昭和54年にR株式会社(以下「R社」という。)に甲板手として入社し、同56年に海技免状を取得してからは同年に進水したほわいとさんぽう2(以下「ほ号」という。)の航海士として職務に当たり、平成5年からはほ号の一等航海士となり、同10年4月から船長職を執っていた。
イ B指定海難関係人は、1,000トンクラスの内航貨物船の船長を3年ほど経験したのち、昭和47年にR社に入社して航海士として職務に当たり、平成8年ほ号一等航海士のとき運航管理者として選任され、松山営業所において同職務に当たっていた。

(2) R社について
同社は、昭和46年に愛媛県今治市に本拠地を置いて設立され、S株式会社との共同運航により今治−神戸間の一般旅客定期航路事業を開始し、その後航路を松山まで延ばして営業を続け、平成9年にはS株式会社からほ号及び海陸従業員を譲り受け、平成10年からは株式会社Tとのサービス共同化により、松山−今治−神戸間のサービスを開始しており、常時雇用する船員数は52人であった。
(3) 運航管理体制
R社では、運航管理規程に従い、運航管理者に選任されたB指定海難関係人を松山営業所に常駐させ、同所、今治及び神戸各営業所に副運航管理者1人、運航管理補助者1人をそれぞれ置き、輸送の安全を図ることとしていたが、実際には、B指定海難関係人と各船船長との電話連絡によりすべてが決定される体制となっていた。
(4) ほ号について

ほ号は、昭和56年2月に進水し、2基の主機と2舵2軸の可変ピッチプロペラ、バウスラスターを装備した多層甲板型旅客フェリーで、最下層のホールドスペースの一部とD、C及びB甲板を車両区域、A甲板及びプロムナード甲板を客室区域,最上部の船橋甲板を乗組員居住区とし、その船首側最前部に操舵室が設けられ、C甲板は全通甲板となり、最前部は船首部のムアリングスペース、最後部は船尾部のムアリングスペースとなっていた。
また、当時の喫水では、ホールドスペース甲板とD甲板の中間部分が喫水線となり、船橋甲板の海面上高さは約18メートルで、側面及び正面の風圧面積は、それぞれ2,723平方メートル及び547平方メートルであった。
(5) 気象海象
平成10年10月10日09時マリアナ諸島の西方海上で発生した弱い熱帯低気圧は、11日03時、フィリピンの東方海上で台風10号となった。台風は急速に発達しながら西北西へ進み、14日にルソン島北部に上陸したのち、進路を北寄りに変え、台湾の南海上を北東に進み、17日16時半ごろ、中型で並の強さの勢力で鹿児島県枕崎市付近に上陸した。台風は九州南部から日向灘へ進み、同日21時ごろ、高知県宿毛市付近に再上陸し、台風情報によると、その後四国、瀬戸内海を縦断し、18日00時ごろ岡山県に再上陸する状況となっていた。また、台風は17日15時観測の台風情報以降、その暴風域はなくなっていたものの、最大風速25メートル毎秒(以下「m/s」と表す。)、強風半径東側600キロメートル西側370キロメートルの勢力を保ったまま進行していた。

一方、神戸海洋気象台は、17日07時瀬戸内海海域に対する海上暴風警報を、同日15時20分兵庫県南東部に対する暴風高潮警報等をそれぞれ発令していた。
(6) 本件発生に至る経緯
ほ号は、A受審人ほか33人が乗り組み、乗客57人、車両12台を積載し、同月17日22時31分神戸港六甲アイランドフェリー埠頭を離岸し、沖合の錨地に向かった。
これより先、A受審人は、2日間の休暇ののち同日14時ごろ今治港にて前任の船長と交代してほ号に乗船した際、台風10号が同日夜半ごろ瀬戸内海を縦断する状況にあることを知って運航中止かと思ったが、B指定海難関係人から運航を継続するとの電話連絡を受け、若干の不安とともにそのまま神戸港に向け出港したところ、小豆島南方及び明石海峡西口付近では一時的に25m/s前後の強い東風を受けたものの、まもなく東風10m/s前後に収まり、21時51分同港に入港してB指定海難関係人に電話連絡した際、同港の台風対策委員会から全船舶に対する避難勧告が発令されたことを知ったが、同日15時観測の台風情報では暴風域がなくなったことも併せて聞き、当地の気象状況を踏まえて今後の動静について打ち合わせた結果、とりあえず神戸港を離岸して台風最接近が予想される翌18日01時ごろまで港外に錨泊避難し、台風の通過を待って今治港に向けることとしたものであった。
ところで、台風10号についての気象庁当日15時観測の台風情報では、暴風域はなくなったものの、最大風速は依然として25m/sを保ち、進行方向右半円600キロメートル以内では風速15m/s以上との予報がされ、進行速度が急速に増していたことから、予報のとおり岡山県付近を北上した場合、台風の中心から100キロメートル離れた神戸港周辺においても、台風の接近とともに南からの風浪が急速に強まる可能性があった。
また、錨泊中の船体に対して作用する力は、風による風圧合力、錨と錨鎖による係留力があるが、大阪湾のように南から外洋性の波が入り込む海域では、これによる漂流力も考慮しなければならず、仮にほ号のような風圧面積の大きな船舶が、風速30m/sの風及び同方向からの高さ3.5メートル程度のうねりを受けた場合、6節の単錨泊ではまず持ちこたえることができず、10節の片舷錨に加えて反対舷の振れ止め錨を入れても、風及び波の方向と船首方向とのなす角度が片舷10度を越すと、機関を補助的に使用しないと走錨する可能性があり、十分な走錨防止対策が必要な状況となっていた。

離岸後、A受審人は、港外に多数の錨泊船を認める中、22時45分西宮防波堤西灯台(以下「西灯台」という。)を左舷側に通過して錨地を探していたところ、西灯台の南南西1.6海里付近に共同運航船でほぼ同型であるクィーンダイヤモンドが錨泊し、同船の西宮防波堤寄りが空いており、多少防波堤に近いと思ったが、前示のように短時間の錨泊予定であったことから、尼崎西宮芦屋港第3区となる同地点を錨地として選定し、22時57分西灯台から165度(真方位、以下同じ。)1.0海里の水深15メートルの地点に投錨した。
その際、A受審人は、台風10号の暴風域がなくなって勢力が弱まったとの意識が念頭にあったうえ、錨地付近の風速が依然10m/s前後と変わらなかったことから、強い風は吹かないものと思い、航海士を配置した適切な守錨当直、機関の用意、錨鎖を十分に延出し、南からの風浪を予測して振れ止め錨を投入するなど、十分な走錨防止対策をとることなく、このころすでに南寄りのうねりが発生し始めていたことも認識しないまま、左舷錨鎖を6節延出しただけで、平素と同じく甲板手2人を当直に就けて錨泊を開始した。

そのころ自宅にいたB指定海難関係人は、A受審人から錨泊を開始した旨の報告を受けたが、その際、投錨地点を聞いて西宮防波堤に近いことを知り、南からの風浪に対して弱いのではないか等の意見を言ったものの、振れ止め錨の投入、適切な当直体制の確保、機関の用意等、万全の走錨防止対策を行っているかどうかを十分に確認せず、同対策を船長の判断に任せることとした。
錨泊後、A受審人は、ときおり昇橋して周囲の様子を見ていたものの、強い風は吹かないとの思いが先行し、23時30分ごろにはうねりが更に高くなって風浪の増勢を予測できる状況となったが、このことにも気付かず、翌18日00時ごろ当直の甲板手2人に何らの指示もしないままテレビで台風情報を見るため自室に戻った。
00時20分当直中の甲板手2人は、船橋周囲を吹き抜ける風音を聞いて急に風が強くなったことを知り、風速計を見ると風向が南に変わるとともに平均風速15m/sを示し、更に強まる傾向にあることを認めたが、A受審人に報告せず、同時21分ごろほ号は走錨を開始した。

甲板手2人は、レーダーにより船位を確認したところ、わずかに西宮防波堤に接近していることに気付いたが、走錨と確認できないまま様子を見るうち、00時25分平均風速は20m/sに達し、そのころ風の音に気付いて昇橋した一等航海士は、レーダーを見て船位のずれに気付いたが、船体の振れ回りによるものと判断し、同時30分には平均風速が30m/sまで強まったことから、A受審人に報告しようとしたとき、周囲の風の音で風速の増勢に気付いた同人が昇橋してきた。
しばらく風速計を見ていたA受審人は、相対風向が変わらなかったことから、すでに走錨中と判断し、00時35分船首スタンバイとともに機関用意を令したが、機関部員が揃うのに手間取り、同時40分ようやく機関用意となり、錨を巻こうとしたものの錨鎖が極度に緊張していたため巻けず、その後機関を前進、後進、バウスラスターの併用等多々使用し、同時52分錨鎖を10節まで伸出して再度巻こうとした試みもかなわず、028度の進路及び約1.7ノットの対地速力で西宮防波堤に接近し、00時58分西灯台から092度1,400メートルの地点において、092度を向首したその左舷外板が、西宮防波堤にほぼ真横に衝突した。

当時、天候は雨で風力11の南南西風が吹き、高さ3.5メートルの南からのうねりがあり、潮候は低潮時であったが、台風の接近により1.4メートルの海面上昇が発生していた。
最初の衝突後ほ号は、寄せ返す波浪により十数回にわたり防波堤に衝突を繰り返したが、まもなく揚錨が可能となり、01時30分ごろ錨を巻き上げるとともに機関を前進にかけ、左舷外板を擦りながら防波堤から離れた。
その結果、ほ号は、左舷外板の水線付近全体にわたる凹損及び同後部に数箇所の亀裂をそれぞれ生じ、西宮防波堤は、長さ1,300メートルにわたって堤頭部を損傷した。
(7) 事故再発防止対策
事故後、R社は、運航管理要員を2人増員するなど、運航管理体制を見直したほか、荒天対応マニュアルを作成し、さらに毎月1回安全運航についての座学講座を開設するなど安全教育の徹底を図り、事故防止に努めることとした。


(原因に対する考察)
1 原因判断
(1) 台風接近時の気象判断
A受審人が見ていたナブテックスによる台風10号進路情報では、10月17日15時観測、15時50分発表のもの以降、暴風域についての記述はなく、あたかも急激に勢力が弱まったような印象を受けるが、最大風速50ノット、30ノット以上の強風域は東側350海里、西側250海里との予報は続いており、その後気圧が5ヘクトパスカル上昇し、若干強風域が狭まる予報があったものの、15時以降はほぼ同じ勢力を保っている状況を報じている。継続的に台風情報を見ると、15時に北東40キロメートルであった進行速力が急速に増速し、同日20時には55キロメートル、18日00時には65キロメートルに達しているのが分かり、C証人の証言で明らかなように、風向風速が急変する可能性が十分にあった。
しかしながらA受審人は、暴風域がなくなったこと、投錨時点の風速が10m/sであったことなどから、台風の勢力が弱まって神戸港周辺では強い風が吹かないとの考えが強く、何らの走錨防止対策もとっていなかった。

一方、クィーンダイヤモンドにおいては、台風10号の暴風域がなくなり、最大風速が30m/sから25m/sに落ちた段階で、台風の勢力が弱まったと判断したにもかかわらず、17日23時ごろ南からのうねりが寄せるようになったのを認めたとき、風が強くなる前兆と判断し、更に同うねりが大きくなった段階で錨鎖の延伸、南風を予測した振れ止め錨の投入、機関用意等の走錨防止対策を実施している。
以上のことからA受審人の気象に対する判断が適切でなかったのは明確である。しかしながら、台風の接近する状況下においては、適切な守錨要員の配置、振れ止め錨の投入、機関用意などの対策を立てることが船員の常務としてより重要であり、気象に対する判断に不適切な点があったものの、これを本件の直接の原因とは認めない。
(2) 運航の継続
ほ号が今治港を出港する時点で、海上で風速26m/sから33m/sが予測される海上暴風警報がすでに発令され、運航基準に定めた発航中止条件である、「発航前において、航行中、風速23m/s以上となるおそれのあるとき」に該当し、運航を中止すべき状況であったと思われる。

しかしながら、神戸港までは無難に航行を続けたことに鑑み、原因とは認めない。
(3) 錨泊地点
当時、台風の予想進路からして南風が予測できた。また、「大阪湾における台風避泊に関する参考資料」によると、走錨を始めた場合、錨を巻き上げるなど、これに対する措置を完了するまで、1時間程度を要する場合が多く、一般に走錨速力は2ノット前後となることを考慮すると、北側の西宮防波堤までの距離が1海里というのは、投錨地点が同防波堤に近すぎたといえる。
しかしながら、付近で錨泊中であったほぼ同型船のクィーンダイヤモンドが適切な走錨防止対策により何事もなかったことを考慮すると、これを原因と認めるまでもない。
(4) 錨鎖の伸出
A受審人は、強い風は吹かないと思い、また、風が強まったら揚錨して港外へ出ればよいという考えから錨鎖6節で錨泊したが、進行速力が速い台風では風向風速の急変もあり得ることを考えると、揚錨する時間的余裕があるかどうか疑問である。とりわけ、本件の場合、風浪が急速に増勢してからまもなく走錨したと見られ、そのような短時間に6節を揚錨することは不可能であった。

また、「大阪湾における台風避泊に関する参考資料」では、単錨泊では走錨するケースが多く、双錨泊または振れ止め錨の必要性を強調している。
従って、急速な気象変化に備えて予め十分な量の錨鎖を伸出し、加えて振れ止め錨の投入も考慮すべきであった。
(5) 停泊当直体制及び当直者に対する指示
A受審人は、台風接近中にもかかわらず、自身が船橋にいるからと錨泊中の停泊当直に航海士を立てず、甲板手2人に任せ、18日00時ごろ彼らに何らの指示も与えないままテレビの台風情報を見るため自室に戻ったが、まもなく風向風速が急変した。
その際甲板手2人は、不安を覚え、また、レーダーで自船位置のずれを認識したにもかかわらず、指示がなかったためA受審人に報告していない。このとき航海士の当直であれば気象の急変及び走錨をより早期にA受審人へ報告することができ、人員の配置、機関用意等の措置をとれたはずであった。

(6) 指定海難関係人の走錨防止対策の確認
R社では、海上運送法及び同法施行規則に従って運航管理規程を定めており、その中では、運航管理者の職務の一部として「船舶の運航その他の輸送の安全確保に関する業務全般を統轄し、規程を遵守してその実施を図ること。」「船舶の運航全般に関し、船長と協力して輸送の安全を確保すること。」と定めている。
B指定海難関係人は、神戸沖で錨泊を開始したほ号から電話連絡を受け、その錨地が西宮防波堤に近いことを知った際、A受審人に対し、南寄りの風に対し弱いのではないか、との疑問を呈しているものの、走錨防止対策を実施しているかどうかの確認をせず、運航の安全確保という運航管理者の職務を果たしていない。船長としての経歴がまだ浅いA受審人に対しては、走錨防止対策実施の有無を確認し、適切な助言により早期の機関用意等その実施を促し、安全運航に努めるのが責務であったが、同人の判断のみに任せ、走錨防止対策の実施を確認しなかった今回の措置は、本件の原因と認めるのが相当である。

また、台風接近時の気象判断、錨泊時の台風対策などは、船長個人の経験だけでは対処できないことが多く、外部講師による講習会や「大阪湾における台風避泊に関する参考資料」等の配布による安全教育によってそれを補わなければならず、同社の運航管理規程にも、「運航管理者は輸送の安全を確保するために必要と認められる事項について安全教育を実施し、その周知徹底を図らなければならない。」旨定めているが、事故以前においてB指定海難関係人は、これらの安全教育を実施しておらず、これを今回の事件と直接関連づけることはできないにしても、運航管理者としての職務を全うしていたのか疑問の残るところである。
以上の点を総合的に判断すると、走錨防止対策が全般にわたり不十分であるとともに、B指定海難関係人のA受審人に対する走錨防止対策の実施確認が不十分であったことは明らかであり、これらを本件発生の原因と認めるのが相当である。

2 走錨に至る要因
(以下、メートルを“m”、キログラム重を“kgf”、トンを“Ton”、秒を“sec”で表す。)

以下余白

海底から錨孔までの高さを23mとし、錨鎖立ち上がり部の長さを錨鎖6節のとき63m、錨鎖10節のとき73mと推定すると、係留ライン方向に働く水平力(把持力)はそれぞれ72Ton、94Tonとなり、図2から6節投錨時の限界振れ回り角は各舷5度、10節投錨時は各舷10度となる。
D証人の、「振れ止め錨投入により船首の振れ回りを各舷20度に抑制することができた。」旨の証言から、前述のような強風に加え、大きな波が存在する場合、振れ止め錨を投入しても各舷20度程度の振れ回りが発生し、機関を補助的に使用する必要が生ずる。
3 走錨開始から衝突に至るシュミレーション
(1) 乗組員の証言によると、走錨開始から衝突までの時間が35分前後であること
(2) 走錨距離が1,950mであること
(3) 防波堤にほぼ並行に東方を向首して衝突していること
(4) 平均風速30mの南風及び周期7.7sec、波高3ないし4mの南からの波を受けていたこと


その結果、走錨開始時、右舷船首45度から風速30m/sの南風及び右舷船首55度から波長78m波高3.5mの波を受け、走錨開始から衝突まで約37分を要し、衝突速度は0.886m/sとなる。

また、最初に防波堤に船側が衝突し、その後、防波堤に当たった反射波によって生じる船体の左右揺れの振幅は3.34mとなり、脱出するまで再衝突を繰り返すことになるが、このときの1回の衝突によって失われる運動エネルギーは、走錨して最初に衝突したときに消費した運動エネルギーの約1.8倍に達すると推定され「最初に衝突したときより再衝突の方が衝撃が大きかった。」旨の乗組員証言とも一致する。ほ号の構造と損傷状況から推定した損傷エネルギー、船体の水平曲げによる弾性エネルギー及び西宮防波堤の破壊状況から推定した破壊エネルギーを検討し、船体が防波堤にn回衝突して船体及び防波堤が損傷を受けたとすると、その場合に持つ運動エネルギーの46.8パーセントが防波堤に衝突して消費され、衝突時の加速度は重力加速度の14/n倍となる。衝突時の衝撃が乗組員の証言のようによろめく程度のものであったとすれば、それは1重力加速度以下と考えられ、14回以上衝突を繰り返したものと見られる。


(原因)
本件防波堤衝突は、夜間、台風の進行方向右側半円強風域となる西宮防波堤南方沖合において台風避難のため錨泊する際、走錨防止対策が不十分で、走錨して防波堤に向け圧流されたことによって発生したものである。
運航管理者が、走錨防止対策についての確認が不十分であったことは本件発生の原因となる。


(受審人等の所為)
A受審人は、夜間、台風の進行方向右半円強風域となる西宮防波堤南方沖合において台風避難のため錨泊する場合、走錨防止対策を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、強い風は吹かないものと思い、走錨防止対策を十分にとらなかった職務上の過失により、急速に増勢した風浪に対処しきれず、走錨して西宮防波堤に圧流され、同堤との衝突を招き、自船左舷外板の水線付近全体にわたる凹損及び同外板後部に数箇所の亀裂をそれぞれ生じさせたうえ、西宮防波堤堤頭部に1,300メートルにわたって損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B指定海難関係人が、走錨防止対策についての確認が不十分であったことは本件発生の原因となる。

B指定海難関係人に対しては、本件後、運航管理者として安全講習会等を開催し、事故の再発防止に努めている点に徴し、勧告しない。

よって主文のとおり裁決する。

図1


図2






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