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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成10年7月21日12時50分 長崎県樺島水道東北東方沖合 2 船舶の要目 船種船名
漁船金比羅丸 漁船美勇丸 総トン数 7.86トン 3.4トン 登録長 10.50メートル 10.07メートル 機関の種類
ディーゼル機関 ディーゼル機関 漁船法馬力数 90
70 3 事実の経過 金比羅丸は、船尾寄りに操舵室を設けた延縄漁業に従事するFRP製漁船で、船長B(昭和2年7月3日生、一級小型船舶操縦士の資格を有し受審人に指定されていたが、平成11年12月12日死亡し、同月21日その指定が取り消された。)が1人で乗り組み、平成10年7月4日05時00分熊本県天草郡大矢野町を発し、長崎県五島列島中通島周辺の漁場で操業してたい約20キログラムを獲たのち、同月21日07時00分同島新魚目町沖合を発進して帰途についた。 ところで、操舵室からの見通しは、船首先端部で水平線が隠れ、また、操舵室前面に装備した無線機や魚群探知機などで前方の窓枠内の半分ほどが塞がれていて悪いので、平素、B船長は、船首方の死角をなくすために操舵室の天窓や左右舷側から顔を出したり、船首を左右に振ったりして見張りを行っていた。 B船長は、樺島水道を通航したのち、12時17分少し過ぎ脇岬港南防波堤北灯台から141度(真方位、以下同じ。)820メートルの地点に達したとき、針路を早崎瀬戸に向く081度に定め、機関を全速力前進にかけ、8.5ノットの対地速力として遠隔操舵で進行し、立って昼食をとっていたところ、同時35分ごろ前方2海里ばかりのところに、数隻の漁船を認めたものの、まだ距離が十分にあることから、特に気にとめずに続航した。 その後、B船長は、右舷船首斜め前方でたちうお漁を行っている数隻の漁船を視認するようになり、12時46分少し過ぎ前路1,000メートルのところに漂泊状態の美勇丸を視認でき、その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが、右舷斜め前方でたちうお漁を行っている漁船のほか、前路に他船はいないものと思い、天窓から顔を出して前方を確認するなどの船首死角を補う見張りを十分に行うことなく、この状況に気付かないまま、食事の後片付けのために後部甲板上に出たところ、右舷後方から船尾方を横切る態勢の漁船を認め、同甲板上でかがんだ姿勢で食器を洗ったり、同船の監視をしたりしながら進行した。 こうしてB船長は、美勇丸を避けないまま、同一の針路、速力で続航中、右舷後方から接近していた漁船が左方にかわったので、12時50分わずか前操舵室に戻ったところ、前路至近に美勇丸を認めたがどうすることもできず、12時50分樺島灯台から069度5.8海里の地点において、金比羅丸の船首が美勇丸の操舵室左舷側外板に90度の角度をもって衝突した。 当時、天候は曇で風力2の南西風が吹き、視程は2海里ないし2.5海里であった。 また、美勇丸は、船尾寄りに操舵室を設けた雑漁業に従事するFRP製漁船で、汽笛などの音響信号を装備せず、A受審人が1人で乗り組み、たちうお引縄漁の目的で、船首0.30メートル船尾0.60メートルの喫水をもって、同日05時30分熊本県天草郡大矢野町を発し、樺島水道東北東方沖合の漁場に向かった。 ところで、熊本県のたちうお引縄漁は、長さ100メートルばかりのワイヤロープの先に50本ないし60本の釣り針を等間隔に付けた長さ500メートルばかりの合成繊維製縄に錘や浮きを取り付けて海底から一定の水深を保ち、1ノットないし2ノットの低速力でこれを引いたのち、漂泊して揚縄機で縄を巻き揚げるもので、同漁に従事中、船上に縦40センチメートル幅60センチメートルの赤旗を掲げるよう同県の指導があったものの、これは漁法の識別のためであり、引縄中も揚縄中も行動が比較的自由で、操縦性能が制限されることを表すものではなかった。 A受審人は、07時30分ごろ漁場に至り、船尾端マストの高さ4メートルのところに赤旗を掲げ、視界があまり良くなかったので黄色回転点滅灯を点灯して操業にかかり、12時15分ごろ樺島灯台から063度6.6海里の地点で、当日7回目の引縄を行うため縄を投下して南西方に向けて引き、同時40分ごろ前示衝突地点に達したところで機関を中立運転とし、風を左舷船尾斜め後方から受けて北北西方に向首した状態で漂泊し、同時47分わずか過ぎ操舵室後方右舷側で揚縄機を操作してワイヤロープを巻き揚げ、たちうおを取り込み始めたとき、左舷正横750メートルのところに自船に向首接近する態勢の金比羅丸を初認したが、自船は赤旗を掲げて黄色回転点滅灯を点灯しているので、航行中の同船が自船を避けるものと思い、その後金比羅丸の動静監視を十分に行わなかった。 12時49分半A受審人は、釣り針を35本ばかり巻き揚げて揚縄しながら美勇丸をいちべつしたとき、同船が同じ方向130メートルのところに接近していることに気付き、何か様子がおかしいと感じたものの、周囲の陸岸が見えなくて同船が帰途の方向が分からなくなったか、機関の調子でもおかしくなったかして自船に接近しているのだろうと思い、衝突を避けるための措置をとらず、釣り針を揚げる毎にたちうおが揚がってくるのでこれを取り込むことに専念していたところ、同時50分わずか前同船が至近に接近し、金比羅丸の操舵室に人がいる気配がないことから危険を感じ、クラッチを入れたり、手を挙げて大声で叫んだりしたが、及ばず、船首が351度に向いた状態で前示のとおり衝突した。 衝突の結果、金比羅丸は、船首外板に擦過傷を生じたのみであったが、美勇丸は、左舷船尾部外板に破口を伴う凹損などを生じ、僚船に熊本県富岡港に向かって曳航の途上転覆し、のち廃船となった。また、A受審人は、ほかの僚船に救助されて同県佐伊津漁港に搬送されたが、右胸部、右股部及び腹部挫傷並びに右膝挫創を負った。
(原因) 本件衝突は、長崎県樺島水道東北東方沖合において、漁場から帰航中の金比羅丸が、見張り不十分で、漂泊してたちうお漁を行っていた美勇丸を避けなかったことによって発生したが、美勇丸が、動静監視不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為) A受審人は、長崎県樺島水道の東北東方沖合で、漂泊してたちうお漁の揚縄中、自船に向首する態勢の金比羅丸を認めた場合、衝突のおそれがある態勢のまま接近するかどうか判断できるよう、同船の動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、航行中の同船が、漂泊中の自船を避けるものと思い、たちうおを取り込むことに専念し、金比羅丸の動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、衝突を避けるための措置をとらないまま、同船との衝突を招き、同船の船首外板に擦過傷を、美勇丸の左舷船尾部外板に破口を伴う凹損などを生じさせ、自らは右胸部、右股部及び腹部挫傷並びに右膝挫創を負うに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項に規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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