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(事実) 1 事件発生の年月日時刻及び場所 平成9年3月2日13時48分 熊本県柳ノ瀬戸 2 船舶の要目 船種船名
押船栄福丸 はしけ天生号 総トン数 16トン 登録長 11.91メートル 全長 40.00メートル 幅 4.40メートル
12.00メートル 深さ 1.78メートル 3.50メートル 機関の種類 ディーゼル機関 出力 592キロワット 船種船名
プレジャーボート有李? 登録長 4.44メートル 機関の種類 電気点火機関 出力
47キロワット 3 事実の経過 栄福丸は、船体中央に操舵室を設けた鋼製押船で、船首部にクレーンを装備した非自航型鋼製はしけ天生号とともに、主に熊本県三角港から八代海一帯の港に海砂などを運搬する業務に従事していたところ、A受審人及びB指定海難関係人ほか1人が乗り組み、船首1.4メートル船尾1.2メートルの喫水となった空倉の天生号の船尾凹部に船首部を結合して全長約48メートルの押船列(以下「栄福丸押船列」という。)をなし、天草上島北方の高杢島周辺において海砂を積み込む目的で、船首1.9メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、平成9年3月2日12時45分同県八代港を発した。 ところで、栄福丸は、天生号を押航するために操舵室を嵩(かさ)上げして甲板上高さ約5メートルのところに設けていたものの、天生号を空船状態で押航しているときには、クレーンにより水平線が少し隠れて船首方に死角を生じ、操舵室の幅が約1.5メートルと狭く、レーダースキャナーの高さが操舵室の天井から1メートル弱と低いことから、操舵室内を左右に移動しても、レーダーを利用しても、船首死角を解消することが十分にできなかったので、船首を振って死角を補う見張りを行っていた。 また、A受審人は、乗組員が休暇で下船した際には、実父の友人で旧知の間柄であるB指定海難関係人に乗船を依頼して運航していたが、同人が四級小型船舶操縦士の海技免状を受有していること、押船の乗船経験が豊富であることなどから、平素、同人と2人で単独の航海当直を行っていた。 発航時から操船にあたったA受審人は、13時10分八代港内の南島45メートル頂から197度(真方位、以下同じ。)200メートルの地点に達したとき、針路を熊本県大矢野島と天草上島間の大戸(うと)ノ瀬戸に向く280度に定め、到着時刻調整のために機関の回転数を全速力前進時よりやや下げて6.3ノットの速力とし、昇橋してきたB指定海難関係人に高杢島沖合に行くこと、左舷前方を同航する引船列に気をつけることを告げて航海当直を委ね、自らが昼食の準備を行うために天生号後部の居住区画へ退いた。 その後、A受審人は、昼食をとっているうち、13時35分上大戸ノ鼻を右舷船首前方0.5海里に見るようになり、左舷前方に引船列が並航する状況で、内航貨物船や漁船などが通航したり、プレジャーボートなどが釣りをしたりして船舶が輻輳(ふくそう)する大戸ノ瀬戸、柳ノ瀬戸と続く狭い水道に間もなくさしかかることを知ったが、天生号の舷窓から周囲を見て付近にそのほかの他船を見かけなかったことや、B指定海難関係人はこの海域の航行経験が豊富であることなどから、同人にそのまま単独航海当直を委ねていても大丈夫と思い、自ら操舵室で操船にあたって天生号の船首に見張員を配置するなどの適切な狭水道通航の指揮を執ることなく、時折天生号の甲板上に出て周囲を見渡すこととして、同人に操船を委ねたままとした。 B指定海難関係人は、航海当直交代後、遠隔手動操舵により同一の針路、速力で進行し、13時42分半薩摩瀬灯標から165度900メートルの地点に達し、針路を294度に転じたとき、左舷側50メートルばかりのところに引船列が並航していて船首を大きく振れず、死角を補う見張りができない状態で、前路1,060メートルのところに錨泊中の有李?(以下「有李」という。)が存在し、その後、衝突のおそれがある態勢で同船に接近する状況となったが、天生号のクレーンの陰に他船はいないものと思い、A受審人に昇橋を要請して自らが天生号の船首で見張りにあたるなどの船首死角を補う見張りを十分に行うことができる措置をとらなかったので、有李の存在に気付かないまま、引船列を追い越すことに専念しながら続航した。 こうして、B指定海難関係人は、有李を避けずに同一の針路、速力のまま進行中、13時48分薩摩瀬灯標から240度880メートルの地点において、天生号の船首右舷部が、有李の船首部に前方から平行に衝突した。 当時、天候は曇で風はほとんどなく、潮候は高潮期であった。 その後、栄福丸押船列は、衝突の事実に気付かないまま航行し、14時20分高杢島北北西沖合1,100メートルの地点に至って投錨し、荷役待機していたところ、海上保安部の巡視艇から衝突の事実を知らされた。 また、有李は、船体中央右舷側に操縦席を有するFRP製プレジャーボートで、C受審人が1人で乗り組み、船首0.05メートル船尾0.15メートルの喫水をもって、魚釣りの目的で、13時10分熊本県天草郡大矢野町鮗(このし)ヶ浦の係留地を発した。 C受審人は、丸子ノ瀬戸方面で釣りをしようといったん中島西方水域に達したものの、思い直して過去数回釣りをしたことがある柳ノ瀬戸の瀬島北端付近に存在する真珠養殖筏の北側水域に向けて進行し、13時30分前示衝突地点に至り、船首尾から重量各8キログラムの錨を投じ、錨索を船首方100メートル船尾方30メートルそれぞれ延出して船首を114度に向け、船体中央付近で左舷側を向いて竿を出して釣りを始めた。 ところで、有李は、乾舷が低く、水線から上方の船体全体を白色に塗装していたために目立ちにくく、操縦席のすぐ前に高さ約1.5メートルの細い金属製マストを備えていたものの、何らの形象物や音響による信号設備を所持していなかったから、通航船舶には十分に注意しなければならなかった。 13時42分半C受審人は、正船首方1,060メートルのところに、自船に向首する態勢の栄福丸押船列と、その少し右方に引船列をそれぞれ認めたが、いちべつしてそれぞれの船首が北寄りに向いているように見えたことから、自船の北側海域を航過して行くものと思い、その後の動静監視を十分に行うことなく、栄福丸押船列が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かなかったので、錨を揚げて速やかに移動できるようにするなどの衝突を避けるための措置をとらないまま釣りに没頭中、同時48分わずか前至近に迫った天生号を認め、驚いて大声で叫んだり、バケツをたたいたりしたが、及ばず、前示のとおり衝突した。 C受審人は、栄福丸押船列が、そのまま航行を続けるので、海上保安部にその旨通報した。 衝突の結果、栄福丸は、損傷がなく、天生号は、船首右舷部外板に擦過痕を生じたのみであったが、有李は、船首部圧壊や船外機損傷を生じてのち処分された。また、C受審人は頸椎及び腰部捻挫並びに右下肢末梢神経障害を負った。
(原因) 本件衝突は、熊本県大矢野島と天草上島間の船舶が輻輳する狭い柳ノ瀬戸において、栄福丸押船列が、見張り不十分で、錨泊中の有李を避けなかったことによって発生したが、有李が、動静監視不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。 栄福丸押船列の運航が適切でなかったのは、船長が、適切な狭水道通航の指揮を執らなかったことと、航海当直者が、船首死角を補う見張りを十分に行うことができる措置をとらなかったこととによるものである。
(受審人等の所為) A受審人は、天生号を押航した状態で、B指定海難関係人に航海当直委ねて航行中、熊本県大矢野島と天草上島間の船舶が輻輳する狭い柳ノ瀬戸にさしかかる場合、操舵室からの見通しが十分でなく左舷側の引船列を追い越す態勢であったから、自ら操舵室で操船にあたり、天生号の船首に見張員を配置するなどの適切な狭水道通航の指揮を執るべき注意義務があった。しかし、A受審人は、B指定海難関係人はこの海域の航行経験が豊富であって、天生号の舷窓から周囲を見て引船列のほか付近に他船を見なかったことから、そのまま同人に単独航海当直を委ねていても大丈夫と思い、適切な狭水道通航の指揮を執らなかった職務上の過失により、見張りが不十分となって有李との衝突を招き、有李に船首部圧壊及び船外機損傷を、C受審人に頸椎及び腰部捻挫並びに右下肢末梢神経障害を負わせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。 C受審人は、熊本県大矢野島と天草上島間の船舶が輻輳する狭い柳ノ瀬戸において、錨泊して魚釣り中、西行する態勢の栄福丸押船列を認めた場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、同押船列に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、いちべつして同押船列が北寄りに針路をとっているように見えたことから、自船の北側海域を航過して行くものと思い、その動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同押船列が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、衝突を避けるための措置をとらないで同押船列との衝突を招き、前示損傷等を生じさせるに至った。 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。 B指定海難関係人が、天生号を押航する状態で、熊本県大矢野島と天草上島間の船舶が輻輳する狭い柳ノ瀬戸を西行中、船首死角を補う見張りを十分に行うことができる措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。 B指定海難関係人に対しては、勧告しないが、単独航海当直中、他船が付近にいて船首死角を補うために船首を大きく振ることができないような場合、A受審人に昇橋を要請して自らが天生号の船首に立って見張りにあたるなどの船首死角を補う見張りができる措置をとるよう努めなければならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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